第八幕 未来への旅路
ナイフの柄を通じて手に伝わってくる鈍い感触。それを感じると同時に、俺はもはや踏ん張ることも出来ず勢いのまま床に倒れ込んでしまった。
直後、覆面男の悶え苦しむ声が聞こえてくる。そしてヤツは鋭い眼光でこちらを牽制しつつ、這々の体でフロアから逃げ出していく。今の状態でルナを相手にするのは、分が悪いと踏んだんだろう。
だが、逃げてくれてこっちとしては助かったかもしれない。俺はもう指一本動かせない。
そんな俺のところへビッテルが血相を変えて駆け寄ってくる。
「バラッタっ! 無事ですかっ?」
「これを見て……無事だと思うか……?」
「ですよねっ! すぐに回復魔法をかけますっ! ――生命を司る大樹の精霊よ、傷付きし我が友に癒しの奇跡を!」
ビッテルが俺の傷口に手をかざしながら
すると彼の手のひらに金色の淡い光が生まれ、俺の体は優しい温かさを感じるようになる。そして痛みは徐々に薄れていく。
まるで痛みがその光に吸い出されているかのような感覚。スッゲェ気持ちいい……。
「もう大丈夫ですよ、バラッタ」
「……サンキュな」
回復魔法が終わった時にはすっかり傷口が塞がり、俺は覆面男と戦う前の状態にまで戻っていた。疲れもほとんどない。
今まで回復魔法なんてかけられたことがなかったから、その効果に俺は驚きを隠せない。
「そうか、ルナにも回復魔法をかけたんだな? それで覆面男に不意打ちを食らわせられたのか」
「でも体力を回復させる余裕はなかったので、とりあえず傷口だけを塞ぎました。体力も回復させられれば、もっと簡単に倒せたんでしょうけどね」
「まさかお前が回復魔法を使えるとはな。とんだ隠し球だ」
「覆面男は僕のことを戦力外だと油断したのが命取りでしたね。ふふっ」
得意気に微笑むビッテル。敵を欺くなら、まずは味方からとでも言いたげな感じだ。
まったく、コイツには色々と驚かされる。ボケーッとして頼りなさそうな優男かと思えば、覆面男へ突進したり自分の夢を叶えるために強い意志を持って行動したり、なかなか興味深い野郎だ。
商人は依然として嫌いだが、ビッテル個人としては……気に入った……かもな……。
「――で、ビッテル。これからどうする? 交易船へ盗みに入った俺を役人に突き出すか?」
「っ? 言っている意味が分かりません。だってバラッタはルナさんと一緒に、僕を助けに来てくれただけではないですか。友達として、ね?」
ビッテルはすっとぼけた顔をしつつも、『友達』という部分だけは俺の目を真っ直ぐに見ながら強調して言った。
参ったな、コイツにゃ勝てねぇわ……。
この状況でそんな言動をされたら、友達だって認めざるを得ないじゃねぇか。根負けだ。
俺が旗を巻いて大きく息をつくと、それを見ていたルナがクスッと吹き出す。
「――ビッテル、今回のことは借りだ。何かあったら遠慮なく言ってくれ」
「そうなんですか? 別に貸し借りとかって意識なんて全くないんですけど……。ま、せっかくですからそのご厚意を受け取っておきましょう。では、早速ですがお願いごとをしてもいいですか?」
「あぁ、聞いてやる」
「僕と一緒に旅をしてくれませんか? 夢を叶える手伝いをしてほしいんです」
「っ!? お前の夢って、世界一の商人になりたいってヤツかっ?」
想定外の申し出に、俺は当惑して思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
だってお願いごとって、せいぜいボディーガードをしろとか荷物の積み卸しを手伝えとか、そういうことだと思っていたから。
一方、ビッテルは平然としたままゆっくりと首を縦に振る。
「はい。僕は世界一の商人になって、貧しい人たちや悪政に苦しむ人たちを助けたい。おそらくそれには数多の困難が待ち受けているでしょう。でもバラッタとなら越えていけそうな気がするんです。それにバラッタなら、僕のお目付役としても最適そうですし」
「お目付役?」
「もし僕が今の心を忘れ、私利私欲に走った時には遠慮なくこの命を奪ってください。僕も人間ですから、迷ったり道を踏み外したすることがないとも言えませんので」
「お前……」
「僕にはあなたの力が必要です!」
そう言い切ったビッテルの瞳には、嘘偽りがないように感じた。そして強い決意と覚悟がひしひしと伝わってくる。
ここまでの男気を見せられたら、以前の俺なら一も二もなく頷いていただろう。だが、今はどうしても躊躇してしまう。なぜなら、今回の一件を通じて自分の未熟さを痛感したから。期待に応えられる自信がない……。
俺は胸が塞がる想いを抱えつつ、ビッテルに向かって正直に今の気持ちを伝える。
「誘ってくれたのは嬉しい。だが、俺みたいな未熟者が一緒にいても足手まといになるだけなんじゃないのか?」
「未熟でいいんですよ。そして自分の未熟さを自覚したバラッタは、またひとつ成長しました。人は未熟だからこそ、そうやって少しずつ成長していくんです。むしろ世の中に完璧な人なんていませんよ」
爽やかに微笑みながら、俺を見つめてくるビッテル。マジにコイツは打てば響く野郎だ。小気味いい。一緒にいてこんなに晴れ晴れとした気分になれるヤツは、ルナに続いてふたり目だ。
俺はなんだか嬉しい気分になってくる。思わず頬も緩んでしまう。
「……そこまで言われちゃ、断れねぇな。だが、この町を離れて一緒に旅をするには、お頭に許可をもらう必要がある。説得するのは一筋縄じゃいかねぇぞ?」
「あ、その心配はありません。だって――」
そこまで言ったところでビッテルは不意に小さく息を呑み、わざとらしい咳払いをした。そして目を丸くしながら少し狼狽える。
「あっ! えっと、その、僕にはギルドマスターを説得してみせる自信があります! そ、そんなことよりもルナさん! あなたも僕たちと一緒に旅をしませんか?」
「あたしもっ!? ……うーん、そうだなぁ。バラッタが行くのなら、あたしも行きたいかも。もちろん、お頭の許可が下りればの話だけど」
「では、決まりですねっ!」
やけに明るく振る舞うビッテル。なんか話が勝手にトントン拍子に進んでしまった。ま、俺としてはこの三人で旅をするのは面白そうだから良しとするか。
――こうして運命を共にすると誓い合った俺たちは今、遙かなる未来へと船出する!
(了)
月影の盗賊と陽光の商人 みすたぁ・ゆー @mister_u
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