最終章 誠
閏4月の末ごろ、夜、会津天寧寺の住職、吟月和尚は、物音に気づいて外に出た。本堂の外には、若者がひざまづいていた。
「誰か?」
と和尚が聞くと、
「こちらに、近藤勇の墓があると伺いまして、埋葬をしていただきたく、罷り越しました。私は近藤の下僕にございます」
若者は頭を下げたまま、言った。
「墓は、土方どのが、若松城の大殿さまに願い出て、建てられたものです。が、ご遺体はございません。あなたは、そこに何を埋葬するおつもりなのか?」
和尚は静かに聞いた。
「
それを聞いた和尚は、少し驚いたようだったが、また元の表情になった。和尚はそれ以上、なにも聞かず、
「……わかりました。お預かりいたしましょう」
と答えた。若者は顔をあげ、うやうやしく、白布でくるんだ首桶を差し出した。そして刀を手に取り、
「この刀は、近藤が最後に手にしていたものでございます。近藤はこれを身代わりとして、会津の地に送りたいと申しておりました。どうかよろしくお願いいたします」
と『
「これは、あなたが、新選組の方にお渡しになればよいのではありませんか?」
と、和尚は言ったが、
「自分は影の者であるため、新選組の方々に逢うことができません。この刀は、どうか新選組の隊長を務める方に、お渡しください。では、失礼いたします」
そう言うと、若者は消えた。
後日、和尚は、その刀だけを、斎藤
そして、9月5日。斎藤たちの苦戦を知り、如来堂に向かって走りながら、三郎は思った。
(俺は今まで、何が『誠』なのかわからなかった。だが、白虎隊のやつらや、会津に残った斎藤さんを見て、俺のするべきことがわかった。俺も、俺の『誠』のために戦う。韋駄天小僧、最後の仕事だ!)
敵の目を盗んで忍び込むことはお手のもの、だった。三郎はお堂の床板をはずし、そこに逃げ道を作った。
「ここから土手を下り、阿賀川沿いに逃げろ。川の中までは、あいつら追ってこねぇよ。その先に城跡がある。そこまで逃げろ」
と三郎が言うと、斎藤は、
「逃げることはできない。三郎、ならば一緒に戦おう。俺は、ここを俺の死に場所とするつもりだ」
と言った。すると、三郎は、
「馬鹿言ってんじゃねぇよ!」
と斎藤に向かって怒鳴った。他の者も、斎藤の方を見た。
「あんたは、生きて帰らなきゃならねえんだ。約束してんだろう?かわいい人と」
三郎に言われて、高木時尾の顔が斎藤の脳裏に浮かんだ。それは、斎藤が会津で出会い、強く心を動かされた女性であった。斎藤が、徹底的に守りたい、と望んだ女性であった。
斎藤が答えないので、三郎が続けて言った。
「あんたは、生き証人だ。新選組が何をして、何を守ってきたか、正しく次に伝えなきゃならねえ。勇先生は……勇先生の作った新選組は、逆賊じゃねえからな!……俺は、ただの盗賊崩れとして、幕府軍の死体のひとつになるだけの男だ。俺は新選組の隊士じゃねぇ。だが、俺にも『誠』はある。山崎さんとあんたに生かされたこの命、無駄にはしねぇ!あんたを生かすことが、今の俺の『誠』なんだ……!」
それは、一度も新選組隊士になりたいと言わなかった男の、新選組への思いだった。
「三郎……お前……」
斎藤は三郎を見つめた。
「いいか、生きてくれよ!生きて、やつらの作った組織に入り込んで、やつらがどんな国を作るのか、見届けてくれ。さあ、早く行ってくれ。敵の攻撃は待ってくれねぇぜ!」
三郎の必死の言葉に、斎藤は
「わかった」
と頷き、床下に入った。続けて何人かも、斎藤に従った。
「三郎……お前も、必ず俺たちのあとから来いよ!」
斎藤が抜け出す際に言うと、小幡は、
「俺は韋駄天小僧だ。逃げるのはお手の物だぜ!」
と笑った。
斎藤と数人の隊士が、如来堂を抜け出し、土手の陰に隠れるように、川伝いに下った。離れた所から如来堂の方を見たとき、何発もの銃声が轟くのを聞いた。
「三郎!!」
斎藤は、他の者たちを先にやり、少しの間、その場に隠れて待った。だが、三郎が来る様子はなかった。
斎藤たちが逃げたのを確認し、最後に外に出た三郎を待っていたのは、一斉に銃を構えた新政府軍の小隊だった。近くには、床下から出たところを見つけられたのか、新選組の袖章をつけた隊士が倒れていた。たとえ韋駄天小僧でも、もう、逃げることは無理だった。
いくつもの銃弾を体に浴び、薄れ行く意識の中で、三郎は思った。
(勇先生、斎藤さん、山崎さん……俺、これで恩返しができたかな……?……りょう、もう一度会って、昔話がしたかったなあ……幼なじみ……と……して……)
斎藤は、後ろ髪を引かれる思いを断ち切り、走った。
(三郎!俺は、生きるぞ!逝ってしまった仲間の分まで、生きて、やつらの中に入って、見届けてやるからな!局長、山崎さん、新選組のみんな……三郎を仲間として迎えてやってくれ……!)
如来堂に残っていた新選組は、全滅した、と伝えられた。
斎藤一は、やがて名を変え、警察官として、新政府の組織の中で生きた。斎藤が、如来堂での戦や、三郎のことを語ったという記録は一切ない。
小幡三郎……
生まれ年も、出身地も、剣術の流派も、入隊時期も、記録にはない。しかし、新選組の歴史の中で、たったふたつだけ、しっかりと彼の名が記録されている。
慶応3年12月に薩摩陣営に潜入した人物として。
そして、
『会津・如来堂の戦い』で戦死した新選組隊士、として。
小幡三郎は、新選組隊士である。
終わり
※ この物語はフィクションです。実在の人物や場所との関係はありません。
『誠』の韋駄天 葵トモエ @n8-y2
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