PLANET QWANT
ぽん
SS
荒野の果てにひっそりと息づく集落。
世の繁栄から置き去りにされたその場所に、星巫女の守る【珠夜の寺院(クワンタル)】はあった。
渇いた風に戦(そよ)ぐ大樹を尻目に、青年は扉の把手を引く。
荘厳な音を伴って開けた道の先でまずもって彼を出迎えたのは、葉薊(アカンサス)の彫飾りがあしらわれた巨大な石柱と、虚空を照らす満天の星だった。
「ようこそいらっしゃいました、旅のお方」
しんと静まり返った空間に、招きの言葉が溶ける。
瞬きを散らす屑輝(さいか)の中心に佇んでいた星巫女は、ヴェール越しに見える薄い唇に微笑を浮かべてゆるりと頭を垂れた。
噂と違わぬ崇高な場を一頻り眺めてから、青年は石畳を踏む。
薄衣を纏う手に誘(いざな)われるまま、広間の奥にある小さな木戸を潜れば、漆黒の闇と香草の匂いが彼の身体を包んだ。
灯りが設けられていない螺旋階段を彩るのは、数多もの名前。
石壁にぽつぽつと浮かび上がってきた文字を指でなぞって、青年は紅色の瞳を細める。
「みな、久方ぶりの御客人を喜んでいるようですね」
純白の衣を滑らせて先を行く星巫女は、自らが描いた〝軌跡〟の反応に嬉しそうな囁きを落として、華奢な腕を宙へと伸ばした。
「私が貴方様に授けられる珠刻(リカト)は限られています。貴方様が何処へ誘われるのかも、廻り星と、彼の者だけが知ること」
薄闇の中を漂っていた指が、淡い光を引き連れて壁の余白へと宛がわれる。
「貴方様の想いが報われるや否も、不測のこと――」
望むべきものが書き添えられる場所に目を留めた青年は、星巫女の苦言を遮るかのように、外套の袖に縫い付けてある麻袋を引きちぎった。
「……では、彼の者の名を」
長い旅路を共にしてきた〝それ〟を差し出せば、殊夜(しゅや)の儀式は始まる。
まるで冥府を具現化したかのような【祭杯の間】――
幾つもの魂が眠る神聖な地に星巫女が新しく連ねた名に触れ、青年は瞼を閉じる。
今ここで、桧未(ひみ)のオトンとオカンに問う。
「……ふふふ……海だぁ……酔いしれる海だぁ……」
貴方達は、一体全体どういう風にこいつを育てているのですか。
「……待って……オレのロマネコンティ……」
現在、夢の中で超高級ワイン様と追いかけっこをしてるらしいお宅の息子さん。
俺のベッドを占拠して、ごろんごろんと転がってるのはいいんですよ。
いいんですけどね。
抱き枕が、空の一升瓶なんですよ。
ちなみにあれ、俺がさっき酒蔵住吉で買ってきた、五千円の麦焼酎なんですが。
お宅の息子さん、部屋に入るなりロックというかラッパ飲みでぐいっと一気にいっちゃいまして。
遊びに来て三十分で、自分の世界に逝っちゃってる感じなんですよね。
俺、有り金全額叩いたのに一口も飲めてない挙句、今ひとりぼっちでコーラとあたりめ食してるんですよ。
暇だし空しいし不味いし、そろそろ我慢の限界なんですよ。
ということで。
これから俺は、貴方達の不貞息子の服を引っぺがしますが、文句は受け付けません。
多分泣きながらお家に帰ると思うので、その時に「榎(か)穂(すい)くんは狼なのよ。今度から気をつけなさい」って慰めてあげて下さい。
ついでに、お酒はみんなで楽しく飲むものなのよ、一応未成年なんだからもう少し控えなさいって感じの一般教養も、しっかりがっつり、教え込んでおいて下さい。
「……玄海灘に打ち寄せる白波ぃ……飲みきってやるぜ……」
……………………つーかさ。
普通、初めて来た友達の家で、豪快に酒かっくらって寝ますかね?
おまけと言っちゃ難だけど、この部屋で桧未が最初にした発言「……ふふふ……海だぁ……酔いしれる海だぁ……」だからな、流石にどう切り返せばいいのかわかんねぇよ。
せめて「かんぱーい」くらいあってもよくねぇか。そんなに俺と喋りたくねぇのか。どんだけ酒好きなんだよ。イメージ変わったわ。
泊まりに来いって誘ったら超挙動不審になって三日間返事待たされたから、これはいけると期待した俺は、思い込み激しい奴ですかはいそうですかごめんなさい。
正直なところ隙あらばを狙っていましたが、隙ありすぎてなんかがっかりです。
駆け引きもスリルもドキドキ感も無いから楽しさ半減だっつの。
まぁ最初の五分くらいはさ、アウェイ感出したいのかなーとか思いもしたんだけど。
ここまで無防備かつ我が道を行く的な態度取られたら、ああ、うん、ってなるわな。
今日土曜日なのに、高校のジャージ着てきちゃってるし。
泊まりなのに、所持品携帯電話だけだし。
うん。
着替えくらいいくらでも貸すけどさ……
一週間前から楽しみにしてた俺に言わせてみれば、マジ残念。
現在進行形でものすごーく萎える間抜け面で爆睡してるから、このまま放置してやろうかなって、ちょっと思ってきてる自分が嫌だ。
「……赤兎馬……お前はオレの胃に収まる運命だー……」
…………ここでひとつ、夢の中にいる桧未に聞きたい。
ロマネコンティと玄海灘と白波は、どうした。
今度は九州名産の芋焼酎追い詰めてるっぽいけどさ、さっきの三つはどうしたの?
てか、現状見て気づいたんだけど。
もしかしてこいつ、俺じゃなくて俺の家とお近づきになりたかったのか?
ちなみに、俺の名字は住吉っていいます。
身内からもしっかりちゃっかり代金せしめる酒蔵住吉の、跡取り息子です。
やたら酒の名前を知ってるのはお家柄だから、目の前でにやにやしてる補導されちまえばいい未成年とは違いますよろしくね。
「…………ひみー」
暇潰しに名前呼んでみても、無反応。
相手して欲しいなーって本音は、声に出すだけ空しくなるからやめとくけど。
せめて。
この、あたりめとコーラの糞不味いコラボレーションを、一緒に試飲食して欲しい。
欲を言うなら。
俺が今日のために用意した●●●●●●を着て、●●●●●●●して欲しい!
…………ピーな部分は(完璧に俺得でしかないお楽しみ企画なので)ご想像にお任せしますひゃっほーう。
「……ひみー。ひーみくーん。寝てる?」
本来の目的思い出したから、今度は確かめるために名前を連呼。
ほっぺた突いても、起きません。
親御さんへの断りも、さっき脳内で入れました。
よし、やっちまえ俺。
ベッドの下に隠しといた紙袋引っ張り出してくれば、準備は完了。
あとは……
「……うふふふふ。溺れちゃうー……オレ泳げないのにー……」
楽しそうに寝言呟いてるテニス部の部長様から、鈍器ならぬ凶器を奪い取るだけ。
よく考えたら、ここが一番の難点なんだよな。
ボールと間違えて頭カッチコーンてされたら、俺、間違いなくユートピア逝き。
他の部員曰く、桧未のサーブは速度100km強らしいので、下手したら頭部もげる。
ので、細心の注意を払って、息も止めて、そーっとベッドに乗っかります。
続きまして、大事そうに抱えてる一升瓶をそーっと奪い取って……
「んー…………」
…………………………って、どんだけがっちり持ってんだよ。
唸るなよ怖いよ奥歯に力込め過ぎてあたりめ千切れただろばーかばーか。
一旦小休止を入れてから、瓶の口を掴んで再チャレンジ。
でも、離さない・取れない・ややこしい・間違いない。
はとやまさんを体現中の桧未、正当防衛を主張すべく護身具渡してくれません。
起きてないと、思うんだけどなぁ。
仕方ないから、先に服を剥ごうと思う。
こう見えて俺も一応、空手部員。
真正面からこられたら、避けられるくらいの反射神経は……あると思い隊。
しかしほんと……ジャージだけはやめて欲しかった……
ジッパーとかボタンとかついてる、脱がせやすい服にして欲しかった……
っても、桧未が制服以外の前開きの服着てるとこなんて、見たこと無いけどな。
いっつもだるーんとしててだぼーっとしたジャージかトレーナーかシャツしか着てないけどな、あーもう何でもよくなってきた。
●●●●●●を着て、●●●●●●●したり「●●●●●●ッ!」って言ってる桧未を想像したら、テンション上がってきた!
半年前に同じクラスになってから常々妄想してた●●●●●●な桧未をこの目で拝むべく、俺は今から、未知の世界へと飛び込みたいと思います!
「ひみくーん。ばんざーいしてー」
これまた一升瓶が邪魔してきて、脱がすのめちゃくちゃ苦戦したけど。
「あとで二〇〇五年産のシャトー・デュケム飲ませてやるから」
って言ったら、酔っ払いはいとも簡単に防御解除してくれました、やったね。
…………そんなプレミア付きの高級ワイン、うちにあるわけないってのな。
嘘も方便です、起きない桧未が悪い。
飲みてぇなら銀座のキャバクラかホストクラブ行け。
……しっかし俺、酒屋の息子で良かったなぁ。
なんか、頼み込まなくても●●●●●●●して貰えそうな気がしてきた。
とりあえず、剥ぎ取ったジャージをポイして、紙袋から●●●●●●を出して。
「ひみー。ばんざーい」
今度は大吟醸の「牡丹」で釣ってみる。
予想通り、桧未はにこにこ笑って一升瓶握ったまま万歳してくれたけど。
高い酒なら何でもいいのかって、着せ替えしながらちょっと呆れた。
が。
この、夢にまで見た愛らしい姿を前にしたら、んなことどうでもよくなった。
………………やばいやばいやばいこれはやばい。
想像以上に似合いすぎてて吐血しそう絵文字のハートマーク連打したい。
ちゃんぽん酒豪なとこに好感度五〇〇下げられて、●●●●●●での寝姿に滾る度数一〇〇〇引き上げられた感じ。
折角なので、一緒に買っておいた●●●●●と●●●●●も装着してみる。
「……うあー……」
ちょっと抵抗されたけど、全然オッケイ!
大きく振り被られなければ、桧未なんて怖くないもんね!
てゆうか完全形態●●●●●●に萌え殺されるわ馬鹿野郎ォオオオ!
もう一升瓶抱えててもいいや。間抜け面でもいいや。涎垂らしててもいいや。
俺の脳内、オプション設定に強いから何でもかんでも都合いい感じに変換されるし。
ってことで写メ撮っちゃえありとあらゆる角度からいっちゃえ連写機能どれだぁああ!
………………とか。
テンション任せにボタン連打してたら、二分でフォルダが満タンになりました。
……あー……後ろ姿と横顔、まだ堪能できてないのに。
ま、続きは写真整理したあとでのお楽しみに取っとこうかな、うん。
…………つーかさぁ…………●●●●●●にジャストマッチしてる桧未のふわふわ猫っ毛が、堪らなく魅力的に思えてきたんだけどどうしよう。
触りたい衝動がこう、めきめき湧いて…………自重するのが難しく…………
「…………抱きつきたい…………」
ついつい口が緩んで、いけない感じの独り言も零れてしまう…………
「…………」
「…………」
……………………って、ん?
なんか……………桧未の目が、いきなりぱっちり開きました?
寝惚けてやんのー……とは笑えない具合に、じーっとこっち見てるなうなうなう?
……………えーっと…………あー、これはあれだ。
待ちに待った、駆け引きありきのスリル満点でドキドキな展開だ☆
ぶっちゃけ今更いらなぁあああああああああああああああああああああい。
何でこのタイミングで起きるかな。何であと一分待てないかな。何でわざわざ、人が馬乗りんなって至近距離観察してる時に覚醒するかなぁああああああああああああああ。
恐ろしいことに、真っ向からバジリスク効果を体験中のため身動きが取れません。
でも、今すぐ桧未の上から降りなきゃ命が危ないってことはわかります。
流石に、勝手に着せ替えしても怒られない、なんつー自信はねぇもん。
ここでまずもっての問題は、現状、俺の下敷きになってる酔っ払いが…………
スポーツテストの全項目で、三年連続、校内首位をキープしてる狂人ってことです。
腕力・握力・反射神経、全てにおいて敵わない上に、酒と一緒に常識フライアウェエイしてるっぽいから、いつ攻撃されるのか予測不可能。
要するに、俺が動きを見せた時点で何かしらの終わりが始まるというアンビリバボ。
もし言い訳出来たとしても、今の体勢に疑問を持たれた時点で、バコンでゴロンでチーンな展開は避けられない。さっきの迷言とか聞かれてたら、もう完璧アウト。
でもでもでも、自分が何を着てるか認識した後の酔いどれ桧未のミラクルスマッシュ想像したら、弁解せずに今一撃食らってフェイドアウトした方が、マシな気も……する……
って、どう考えても悪い方にしかいかないじゃねぇかよこの野郎ォオオオオオ!
ということで。
死にたくない俺は、先手必勝の法則に従って桧未の効き腕を上から押さえ込んでみる。
なんかきょとんとしてる! ついでに無抵抗だぜ! やったねやってやった!
…………とか、脳内で生還祝いしてたら。
おっそろしいくらいに清々しい顔で、笑いかけられて。
まさかまさかの物凄い反発力がきましたぁあああああああああああああああ!
一応抵抗してみるけど、駄目、無理、何この馬鹿力。
結果、両手+重力VS片手の勝負に一〇秒そこらで呆気なく敗れ去った俺は、情けねぇええええとか心の中で叫んでる内に、ベッドに沈められていた。
押し倒された反動で、齧ってたあたりめが喉に詰まりそうになる。
真上でぴょこぴょこ揺れる●●が可愛くて、一瞬、緊迫感とかいうものが消えたけど。
すぐさま視界を横切ったのは、禍々しいオーラを漂わせる、例の鈍器で。
これは間違いなく、連続ラリーの練習台な方向です。
もれなくご臨終フラグが立ちました、ありがとうさようなら現世。
「…………ああ、なるほど。似てるというか……同じだな」
形勢逆転、俺の腹の上に跨ってきた桧未は、酔っ払い上等な珍言を発して。
「おはよう、カスイ」
今までに見たことがないような、冷めた感じの笑い方をしてのけた。
「オハヨウ、ヒミ」
笑えない。マジ笑えない。
とりあえず挨拶してみたけど、冷や汗がえらいこっちゃ。
てゆうか、普段「よっちゃん」て呼ばれてるんだけど、何で今に限って名前。
…………やっぱり、右手にがっつり一升瓶持ってるし。
………………覚醒してるっぽいから、安易に高い酒で取り引きも出来ないし。
…………………………うん。
「すいませんごめんなさい許して」
ここは素直に降参しておこうと思います、明後日発売の漫画読みたいし。
先に謝っとけば、鏡見たあとで来る怒りも減るだろうと大いに期待してるよ、桧未。
あたりめ味しなくなってきたなーとかいう無意味な現実逃避をしながら、テニスボールの代行を避けるべく、両腕を駆使して頭を隠してみる。
「何処のお前も、変わらないんだな」
そしたら何でか、ちょっと離れたとこで妙なことを呟かれた挙句、盛大に笑われた。
「怒ってないから。大丈夫」
内心かなりビクついてると、急に髪をわしゃわしゃと撫でられる。
怒ってないってんなら一升瓶捨てろよこの野郎と罵倒したい気持ちを押さえて片腕外してみたら、想いが通じたのかあら不思議、からっぽな両手が視界に入ってきた。
あっれー……?
あれだけ大事にしてた抱き枕兼防具兼凶器が、呆気なく床の上転がってくよー……
何かよくわかんないけど、横腹わしわし撫でられてるよー……
…………一体何がしたいんだろう、こいつ。
まぁ推測するに…………どうやら桧未は、暴れ馬じゃなくて絡み屋っぽいね。
これはラッキー、今の内に逃げよう。
「やめろ。鬱陶しい」
窮地脱せたから遠慮なく手を払いのけると、桧未はちょっと残念そうな顔をする。
俺が愛玩するのはいいけど、●●●●●●なお前にガチで愛玩されるのは厳しいもんがあるんだよ、酒入ってるとしても無理だ、許せ。
今度●●●●●●バージョン着せた時にくっついてきてくれ、よろしく。
とか、心の中で捨て台詞吐いて起き上がろうとするがしかし。
「……カスイは、撫でられるの嫌いだったのか?」
恐る恐るって感じの言葉が似合いそうな手つきで、桧未はめげずに髪を撫でてくる。
嫌いも何も、俺はお前とこうゆうスキンシップしたことねぇよ。
つーか重いんだよどけこの野郎!
…………ってめちゃくちゃ言いたいんだけど! 今すぐにでも押し退けたいんだけど!
何かこの触られ方、和むというか、意外と悪くないと思う自分がいたりして。
極めつけに、泣きそうな顔で首傾げられるという催促の仕方されたもんだから。
俺は「嫌いじゃない」って言ってしまった。
…………のが、失敗だった。
何だろうなー……この妙な状況。
今ここに親入って来たら、完璧に卒倒するだろうなー……
でもって勘当されるだろうなー……でも抵抗する気になれないんだよなー……
という感じで、あれから十五分弱。
俺はまだ、桧未に頭なでなでされてます。
肘伏せ体勢疲れたらしい桧未が寝返り打って腹の上に乗っけてくれたので、もれなく●●●●●●のふわふわ生地が俺の枕になってます。
あー……あれだ、毛づくろいされてる猿ってのは、こんな気分なのかね。
むちゃくちゃ気持ちいい上に、やばいくらい眠い。
おまけに桧未の匂い、なんか落ち着く。
俗世界なんてもうどうでもいいや。このまま安眠したい。おやすみ。
「昼間の木陰なら、もっと良かったんだけどな」
意外と手ェ大きいんだなーとかぼんやり考えてたら、十五分ぶりに喋りかけられる。
うとうとしながら顔を上げれば、桧未は撫でるのをやめて脇の下に腕を回してきた。
ずるずるーっと引っ張られる形で抱えあげられて、つむじに顎を乗せられる。
……俺はぬいぐるみか。まぁいいけど。
つーか桧未、まだ酔い冷めてねぇのかよ。
とか今更ながらに思ってふわふわ生地から頬を離してみたら、予想以上に至近距離で笑い掛けられて、びっくりした。
「お前ともう昼寝出来ないのは、淋しいよ」
流れ作業みたいな感じでデコチューというものをされて、流石に俺の目も覚める。
さっきから昼昼連呼してるけどさ、今、深夜の二時なんだよな。意味が分からん。
こいつ、酒飲んだらいつもこんなんなのか。
心無しか、普段は腑抜けてる顔も凛々しく見え…………
………………なくないこともなくない、同じだ変わらない何も違わない。
って自己暗示掛けてみるけど、頭の中で点滅する危険信号が一向に消えてくれません。
湧きあがってきた諸々の考えから逃げようと思って伏せの体制やめたら、またもや視界が反転して、ガチで泣きたくなりました。
それこそ思い込みが激しいぞ、俺☆って自分で自分慰めてる間に、下敷きにされて、腹くすぐられて、腰撫でられてェエエ!?
絡み屋の桧未が、どうやら俺で遊ぶ気なんだってことを今更ながらに悟りました……
これは完璧に、殴打より恐ろしい展開が待っている!
えーっと、俺が買える範囲の酒でこいつが欲しがりそうなものを交換に……
って、さっき所持金全額使ったから財布からっぽだよ誰か助けてぇええええええええ!
「……カスイ」
力いっぱい暴れ……たら、オカンがうるせぇんだよって乗り込んできそうなのでそれなりにもがいてると、神妙な声が降ってくる。
「お前、オレと一緒にいて……楽しかったか?」
ちょっと迷った感じに質問してきた桧未は、糞馬鹿力で俺をねじ伏せたあとで、両手で頬を挟んで顔の向きを固定してきた。
楽しくない、物凄く怖い、●●●●●●着てるのに全然可愛くない。
そもそも、これは人にものを尋ねる時の態度じゃねぇだろ。
そこに落ちてる一升瓶拾ってきてやるから、とりあえず離せ。
……って、すげー言いたかったんだけど。
というか、言うつもりだったんけど。
真上にある顔見てたら、いわゆる罵詈雑言は全部、喉の奥に引っ込んだ。
「…………何でそんな、淋しそうな顔するかな」
思ってたことが勝手に口から出たけど、まぁしゃぁない。
「あぁ。……悪い」
いつもぼけーっとしてる桧未の泣き笑いとか、初めて見たから。
「……言葉が通じるというのは、いいな」
どうした、って聞いてやるべきかなって思ったけど、嬉しそうに俺の手握って遊んでる酔っ払いとは真面目に話するだけ無駄だろうから、やめておく。
相変わらずちんぷんかんぷんなことを言ってる桧未は、いつもの三倍くらい情けなくて甘えたな癖に、いつもの五倍くらいおっとこまえに見えるから、扱いにくかった。
「そうだ。カスイ」
声を掛けようか放っとくか迷ってたら、いきなり顔を覗きこまれる。
「お前、オレに何を…………いや」
飽きもせずに、髪の間に指を突っ込んでかいぐってきた桧未は……
「お前、オレが目を開ける前、何て言った?」
何を思ったのか、自分から始めた和みの時間を、自分でぶち壊した。
これはまさか…………臨戦態勢突入への合図ですか。
…………いやいや。まさかまさかの、あの独り言聞かれてた感じがムンムンしますね。
もしかして、写メ撮ってたこともバレてる感じですか。
とすると、今自分がジャージではない何かを着てることも、御察しの上で?
よもや、今までの頭なでなでは昇天への序章で、さっきの「楽しかったか?」は、あの世へ旅立つ俺に贈る最期の言葉ですかまぁじでぇええええ。
「……え? いや。何もイッテナイヨ。てゆうかオモイダセナイあはは」
数分前に箱に詰め込んで封印札を貼った迷言は、記憶を遡らなくても思い出せる。
でも言えない。言いたくない。言ったらここではないどこかへ逝くのが目に見えてる。
「……」
「…………」
無言の圧力に耐え切れなくなって明後日の方向に目をやると、後々凶器になるだろう茶色い瓶が視界に入ってくる。
悪足掻き、するだけするけどさ。
言っても言わなくてもこの部屋が血の海に沈むなら、俺は男らしく、黙して果てるぞ。
だからお前も男らしく、やるなら一撃で頼む。
でもって●●●●●●な自分の姿を見たあとの怒りは、屍となった俺にぶつけてくれ。
「っておまえこらぁああ!」
なんて一世一代の決意を人が固めてる最中に、桧未はとてつもない珍行動に出る。
あの、テレビとかでよく見る、あれ。
動物の機嫌取るために喉元ごろごろーってやるやつを、やっぱり酔いどれは、真顔で俺におためししてきます。
「やめろ馬鹿! 蹴るぞコラァァアア!」
顎掻かれても、俺はにゃーにゃー鳴かねぇし機嫌も良くならねぇよ!
むしろ恥ずか死ぬわ何だこの羞恥プレイ!
とりあえず暴れてみるけど、この怪力男、ビクともしねぇ。
胸に肘つかれてるから息苦しいし、喉くすぐったいし、たまったもんじゃない。
ついでに耳の後ろまで撫でられたもんだから、もう限界。
俺はやっぱり、黙して果てるのやめます。
羞恥死より、戦死を選びます。
「だ、抱きしめたいっつった! 悪いかこの野郎!」
開き直って叫んでみたら、案外すっきりする。
よーし、これでさじは投げられた。
いや、サイは撫でられた。
………………桧未の反応にビビって、チキン丸出しのファインティングポーズ取ってる時点で、瞬殺されるの決定だけどなあはは。
グッバイ☆俺の人生。
短かったけど結構楽しかったよ。
…………とかね、覚悟してたんだけどしかしこれ?
「そうか」
何をお考えなのか、桧未は一言ぼそっと呟いて、さっさと俺から離れてくれましたよ。
おおおおおおおおおおお?
もしかして引いてる? ドン引きしすぎて殴る気も起きない?
それともあれか。凶器にするべく俺に買わせたラケット拾いに行くか。
よしよしよし行け、その隙に、俺はここからトンズラすr
「良かった」
…………ん?
なんだろう。今、ものすごーく不穏な言葉が聞こえた気がする。
でもって、引かれるには引かれた。
…………俺の手が。
うーん…………これは、ちょっとどころか、全くもって予想外の展開だぁ。
俺のこと起こして向かい合って座って、何をするんだろうなぁって思ってたら。
「おいで」
笑顔で両手広げて、何か変なこと言い出したしな、この酔っ払い。
あぁそうだったね、シラフじゃない君は絡み屋なんだったね、忘れてたよ。
うわー……………………どうしよう。
正直なところ、無防備に寝てる●●●●●●に抱きつきたかっただけで、桧未本体には全く興味無いんだよな、俺。
はっきり言ってやるべきかな、いやでも折角の危機回避のチャンスは逃したくない。
じゃあやっぱり、自分の言葉に責任持って、抱きしめてやるか?
でもよー、こんなキザな笑い方する●●●●●●、ぜんっぜん萌えねぇんだもん。
とか、頭の中で悶々と葛藤してると、またもや喉をごーろごーろと撫でられる。
…………だから、これでは俺のテンションも機嫌も上昇しないから。
つーか、何を思ってこんなことしてんのか、いっぺん聞かせろ。
「やめろ。ウザい」
思案タイム邪魔されて本気で腹立ったから、立場わきまえずに一喝してみる。
そしたら、ガチで嫌がってるの察したのか、桧未はあっさり手を引いてくれて……
代わりにあの、何ともいえない頭なでなでを、再開してきた。
ほんっっっっとに、めげねぇな桧未。
鬱陶しいくらいにタフだな。
でも…………
この愛玩方法は、嫌いじゃないから面倒くせぇえええええええええええええ。
「おいで、カスイ」
糞おっとこまえな笑顔で言われても、ムカつくだけなんですけど…………
こいつの手は、マタタビ効果でもあるんじゃねぇかと思うくらいに、誘惑性が強い。
目の前にいる●●●●●●、全く可愛くないけど…………こう、さっきみたいに枕にしてもふもふするのは…………悪くない…………
…………ついでのついでのついでのついでに…………桧未に頭わしゃわしゃってされながら、うとうとしたい…………………………
………………もっかい、腹の上に乗せてくれねーかなー………………
………………
……………………
…………………………てか、俺が抱きつけば、可能じゃね?
桧未も、それをお望みなわけですよね。
本性MDOだから、飛んだとしても多分そこまで酷いことはしないだろうし。
口だけは堅いから、公言もしないだろうし。
誰も見てないし。
フルボッコにされるより、全然マシだろ。
で、これを期に●●●●●●脱がして寝かせて隠蔽しちまえばいいんじゃん。
最終的には、明後日発売の漫画も読めるよ、俺。
万々歳じゃねぇか、うん、ナイスな打開策。
ということで。
俺は本能に従っt自分の発言に責任を取るべく、桧未の元にダイブしたいと思います。
えーい!
「…………お前は本当に、可愛いな」
何か、男に対する侮蔑用語が聞こえたけど、どうでもいいや。
待ちかまえてた桧未、ものっそ嬉しそうに頭撫でてくれたから、こっちも満足した。
しかしほんと…………妙な癖つきそうだな…………
…………なんぞこの気持ちよさ…………
「カスイ」
名前呼ばれたかと思ったら、両手で髪の毛掻き上げられて、頬ずりされる。
あー………………ま、いっか。
嫌じゃないし。
「世界で一番愛してるよ。オレの相棒」
あー……今度はデコじゃなくてほっぺにチューすんのね…………ま、いっか。
我慢出来るレベルだし。
……………………って、こいつ、今なんつった?
さらっと、ありえない感じの愛を語ってなかったか?
つーか顔が近けぇえええええええええええええええええええええええええええ
マタタビ効果も忘れて挙動不審ってると、頭じゃなくて背中をわしわし撫でられる。
どっか寂しそうで、でも嬉しそうにじゃれついてきた桧未は、俺のテンパり具合を完璧に無視した上で更に距離を詰めてきて。
そらもう当たり前だけど、俺は、即刻視界をシャットダウンしました。
まさか、初キッスを酔いどれ桧未に奪われることになるとは思っても無かったけど…………今後のことを考えたら、背に腹は代えられない。仕方ない。諦めろ。
今こいつを突き飛ばしたら、キスどころか誰とも何も出来なくなる。耐えろ、俺。
あー……さようなら、可愛らしいレモン味の空想ー……多分確実に間違いなく酒臭いー……願わくば、0コンマ00三秒で終わることを期待するー…………
…………うわー…………何か…………デコにゴチンって衝撃が…………きて…………
…………きて…………
……あれ?
そのあとは?
何も起き無いんだけど。
…………これ…………目、開けるべきかね。
とか思ってたら。
いきなり鼻噛まれたぁああああああああああああああああああ!
かなりびっくりして条件反射で開眼しちまったよ、なにしてんだよこいつ馬鹿か!
痛くなかったから痛いとも言えないし、どうしたらいいんだよ意味わかんねぇよ!
あああああああああもう何より勘違いした自分を海に沈めたいいいいいいいいい!
自己嫌悪中の俺なんてお構いなしに、桧未は暢気に鼻と鼻をごっちんしてくるしな。
本当、普通にチューされた方がマシですってゆうか俺自身の間抜け具合を晒さないためにもがっつりやっちゃって下さいお願いします。
って、心の中でどんだけ叫んでも無駄なんだけど。
自分からしてくれとか言えないし、言う気もないし、これはもう唇死守出来てラッキーとか都合よく考えるしかねぇなちきしょうめ。
つーか、何を考えて鼻と鼻でスキンシップしてんだよ。
なめてんのかコラ。
ということで、諸々の鬱憤晴らすために、桧未が俺にしたことを倍にして返す。
鼻捥いでやる。噛みちぎってやる。もう知らねぇ。
「はは。痛いよ」
だがしかし、渾身の力で噛んでるのに、桧未は楽しそうに笑ってます。
あー、こいつマゾか。ドがつくMか。そうかそうか。
むっかつくなぁああああああああああ。
からかって気が済んだのか、また頭なでなでしてくるしな。
マジでタチ悪い。
もう、絶ッ対家には泊めねぇ……………………ことも…………なくない…………
うあー…………だーめーだー…………良いように遊ばれてるってわかるのに…………
…………この掌の気持ちよさには抗えない、駄目な俺…………
桧未に髪撫でられてたら、何か全部どうでもよくなるから、摩訶不思議すぎる。
相変わらず顔近いけど……まぁ、どうせ大したことしねぇだろうしなー……
とかね……
「ありがとうな、カスイ」
気ィ抜いてまったりしてたら、脈絡もなく間近にある目が細くなって。
「此方でも、オレの傍にいてくれて」
断りも糞もなく、0コンマ00三秒以上の口チューを、がっつりされた。
おまけにその直後に。
「…………えぇえええええええええ!? うわぁああああああああああああああ!」
桧未は、いつもの桧未に、戻った。
「……」
なんだろうな。
目ェ見開いたかと思ったら、いきなり発狂して後退りして、ベッドから落下?
どこのお笑い芸人だよってツッコみたくなる、ベタな反応してくれやがって。
俺、今さっき、油断しててお前に初チュー奪われたんだけど。
「ごめんよっちゃん! オレ、オレ……うわぁああどうしよおおおおお」
…………怒る間もなく、土下座ですか。
テンパりたいのは俺の方だよ、何でお前がそんなにキョドってんだよ、てか酔いって一気に冷めるもんなの、俺とのキスはそれほど革命的でしたか。
何気に突き飛ばされたから、腕痛いし。
…………つーか、そっちから仕掛けてきといて、この態度はねぇよなぁ。
「謝るくらいなら俺のファーストキス今すぐ返しやがれコラアァアアアアアアアアア!」
「ごめんなさいいいいいいいいいいいいいいいいい」
あー…………今までのお前はどこに行ったと言いたいくらいに、無様な謝りよう。
これぞ、俺のよく知ってる桧未。
…………一体俺は、このヘタレのどの部分に怯えてたのかな、全くもってわかんねぇ。
高速土下座する●●●●●●、いいねー、うん。
やっぱ似合ってる、桧未には●●●●●●がスゲー似合ってる。
初キス無理矢理奪ったって既成事実盾にしたら、勝手に着せ替えしたことも怒れねぇだろうし、●●●●●●●もしてくれるだろうし、写真撮影もらっくらくで一件落着!
「よっちゃん。ほんと、ごめんね」
………………呼び方「よっちゃん」に戻ってるし。
「でもオレ…………何であんなことになったのかとか……覚えてないけど、オレ」
覚醒前に、こちらでも、とか妙なこと言ってたし……………………
本気で、何だったんだろうな、あれ。
「…………ほんと、ごめんね」
色々考えてたら、しつこく謝り続けてた桧未が、顔色伺うようにこっちを見てくる。
「桧未。ちょっと、頭撫でてくんねぇ?」
「へ? え、えっと……うん?」
我ながら、思い切ったこと言ったけど。
桧未は、わけわかんねー的な顔しつつも、手ェ伸ばしてきてくれた。
かなり控え目で迷ってる感じの撫で方は、さっきまでの「あれ」とは、全然違う。
でも、マタタビ効果は…………ちょーっとだけ健在。
「…………どこの誰なんだろうなぁ、あれ…………」
まぁ、言ってはみたけど、ぶっちゃけどうでもいい。
桧未は、桧未だし。
「……ねー、よっちゃん」
あー…………でもなー………
「オレ、覚えてないから……よっちゃんの初チューもっかい仕切り直ししない?」
「は? 無理。絶対嫌」
どさくさに紛れて戯言ほざいてくるヘタレ桧未に、安眠枕の役割は果たせねぇな。
さっきと同じことしろって言っても無理だしな、まず俺が。
とりあえず一升瓶回収して、桧未にあたりめとコーラ腹下すまで試飲食させて、そのあとで●●●●●●の撮影会しよーっと。
「じゃあよっちゃん! コンビニにお酒買いに行こう! 二人で飲み明かそう!」
あーあ。
黙ってりゃいいのに、やっぱ馬鹿だなーこいつ。
会話の流れ的に、何考えてんのかバレバレですがな。
一升瓶ラッパ飲みした理由も、悟れてしまいましたがな。
寝込みさえ襲わなけりゃ俺がお前に振り回されることもねぇし、酒の力を借りきれねぇお前が俺に何かしでかすのも、まず不可能だ馬鹿め。
あの「究極なでなで」習得するまでは、俺が良いように遊んでやるから覚悟しとけ。
今日されたことは、これから三倍にしてお返ししてやる。
…………うーん…………
こいつ、いつ「あれ」くらい包容力ある男になんのかなー…………
壁面を照らしていた小さな光が、ふとして輝きを失う。
「…………どうでしたか?」
階段の片隅で沈黙を守っていた星巫女は、薄闇の中に赤い色が帰ってきたことを確認するなり、おずおずと口を開いた。
束の間の沈黙をおいて、【祭杯の間】に微かな忍び笑いが反芻する。
岩板に記された〝Kasi〟という白文字を愛おしげに撫でた青年は、口角を上げることで星巫女の問いに肯定の意を返した。
「…………彼の者の〝最期の想い〟は、貴方様にとって、良きものでしたか?」
「あぁ」
筋張った指が、生者の後悔を払拭すべく生み出された〝軌跡〟から離れてゆく。
「それは、良かったです」
至極満足げな横顔を目にした星巫女は、客人の新たな旅立ちに敬意を示すため、薄衣の裾をたくし上げて優美なお辞儀をした。
陶器細工のような掌に収まっていた預かり物が、持ち主の元へと返される。
星と星の「名」を紡ぎ繋いだ、小さなひとかけ。
数刻の時を経て自らの手に戻った〝Kasi〟の一部を軽く握りしめて、青年は【珠(ク)夜(ワ)の(ン)寺院(タル)】を後にする。
天を司る巫女が魅せた泡沫の幻想を、幸と取るか厄と取るかは、人其々。
それでも「珠夜」という名を持つ古の奉(ほう)供(く)を頼りこの地を訪れた者たちは、各々が得た〝言葉〟に支えられ、着実に前へと進んでゆく。
使い古された銅貨が、繰り返し宙に舞う。
小銭を指で弾きつつ砂利を踏んだ青年は、質素な色合いに満たされた集落でただ一つ、緑色の葉を茂らせる樹木の下へと踏み込んでから、大欠伸を零した。
薄暗い空間から出た反動で白ばむ視界を瞬きで正して地面に胡坐を掻くと、どこからか小鳥の囀りが聞こえてくる。
空を漂う綿雲が誘うまどろみに乗じて幹に凭れかかれば、木陰を吹き抜ける風が身体に篭った熱を浚ってくれ、地を枯渇させるばかりの陽光も少しばかり心地よく感じられた。
うつらうつらとする瞼を閉じると、ふいに腹元を圧迫される。
諮ったかのように安息を邪魔された青年は、渋々ながらに片目を開けて溜息を吐いた。
突拍子もなく現れたそれは、腹の上に両脚を乗せて顔を覗きこんでくる。
爛々と輝く双眸とは相反してやせ細った体躯は、この地にいるなら仕方ない、と思える半面で、見るに堪えないという憐れみを誘った。
威勢よく風を切る尻尾を流し見て、青年は外套の下を探る。
「…………これしかないぞ?」
懐から引き出してきた茶色い小瓶を振ってやると、地面に行儀よく鎮座したそれは水音に反応してか耳をしきりに動かし、小首を傾げた。
コルク栓を抜きつつ頭を撫でてやると、はためく尾が砂埃を巻きあげる。
柔らかい毛に指を埋めて、まずは一口と自分の喉を潤した青年は――ふと思い立って、手を宛がう先を変えてみた。
指で喉元の毛を掻いてやると、丸い目がきゅっと細くなる。
「あー……悪い」
逃げはしないもののそっぽを向いたそれに笑い混じりの謝罪をして、青年は、ご機嫌取りのために瓶の中身を掌に開けてやった。
「……あの顔は、嫌な時にするもんなんだな……」
無事に水分補給を終えて去りゆく背中を、しみじみとした独り言が追いかける。
「悪かったな、カスイ」
宙に翳した小さな骨に苦笑を向けた青年は、自らの傍にいた〝Kasi〟の代弁をしてくれた違う星の元の〝カスイ〟に感謝しつつ、残り少ない酒を煽った。
PLANET QWANT ぽん @pontanooshiri
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