沈黙に積雪 ~梅の精~

桜庭ミオ

沈黙に積雪 ~梅の精~

 立春。

 春人はるひとは楽しそうな歌声を耳にし、目を覚ます。

 香名かなだ。彼女が歌を歌うのは久しぶりで、聴いているこちらまで嬉しくなった。


 春人は布団から出ると、寝間着のまま部屋を出る。

 今年は珍しく雪が多かったが、この数日は暖かかった。

 ようやく花が咲いたのだろう。


 春人は口角を上げたままの自分に気づいたが、喜びを隠さず進むことにした。

 縁側のカーテンを開けると、梅の木のそばに、艶やかな着物姿の香名がいるのが見えた。彼女は歌うのをやめると、こちらを向き、ふわりと笑う。


 そんな彼女に微笑み返し、春人は窓を開けてサンダルを履き、庭に出た。

 梅の木に近づくと、上品な香りがした。梅の精である香名が纏う香りだ。


 梅の枝に、可憐な花。


「ねぇ、綺麗でしょう?」


 香名がうっとりとした顔で囁くので、春人は「そうだね」と頷いた。


***


 数日経ち、また寒くなった。

 春人が目を覚まし、部屋のカーテンを開けると、雪が降っていた。


 春人は香名のことを想うと顔を歪ませ、寝間着姿のまま部屋を出る。

 寝間着のまま急いで縁側に向かい、カーテンと窓を開けてサンダルを履き、庭に出ると、春人は雪が降る中を早足で進む。


 せっかく咲いた梅の花に、降り積もる白い雪。


「香名」


 名を呼んでも返事はない。

 沈黙の彼女を想うと切なくて、春人は空を仰ぐ。

 白い雪を降らせる鉛色の雲を見上げたあと、春人は梅の幹にやさしく触れた。


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