2.怒涛の通知
何にせよ、僕は勇者にならなければいけないらしい。
なので一応、女神様に聞いた。
「あの、古き良き異世界召喚だというなら……何かこう、チートのようなものは?」
「そういうのはない」
ないかー。
チート無しそのもの自体は、今も昔も珍しくないだろう。
けれど、今回に限っては一層不安を増す要素でしかなかった。
すると女神様が僕の態度を感じ取ってか、安心させるように言った。
「一応、勇者は女神のサポートが得られることになってる。仕事はするから」
つまりナートゥルナという、この女神様が助言はくれるらしい。
まあ、僕一人よりはマシ……かな?
期待はさせてもらおう。
そうして女神様に随伴する形で、僕はファンタジーワールドの中へ。
これも定番と言える、森の中へ降り立った。
ただ女神様はすぐにさっきの場所――天界に戻ってしまうらしい。
別段、つきっきりで助けてくれるわけじゃないようだ。
そう思うとまた面倒さが勝ってくる。
「そういえば、どうやったら僕は元の世界に帰れるんですか?」
「世界を攻略したら」
女神様は去り際にそう言った。
一度世界に入ってしまうと、その世界の人間として存在が確定し、外に出ることは出来ないということらしい。
地味に、魔王を倒すしかないのか。
女神様がいなくなると、僕は仕方なく歩き出した。
ファンタジーワールドの景色は、全くもって普通だ。
まず近くの街に着くと……石畳を馬車が走っている。そして冒険者と思しき装備をした人間が行き交っている。
本当に、今どきMMOでもソシャゲでもなさそうなコテコテのファンタジー世界だ。
調べると、冒険者になるにはギルドに登録する必要があるらしい。
なので目指すことにした。
ただ、街並みはアニメでみたようなものの再現にしか見えなくて、正直新鮮さは皆無だった。
その割に街は妙に広くて、ギルドにたどり着くだけでも相当苦労した。
着いたら着いたで、手続きの仕方もよく判らず……「常識がない」みたいな扱いをされてかなり手間取った。
僕は勇者ではなく、勇者にならなくてはならないだけの存在らしい。
結局、人に聞いたりしながら苦戦しつつも登録を済ませた。
何だか情けない気分だった。
と、不意に内ポケットが震えた。
なんか入れてたっけと思って、手を差し込むと――
「あれ、スマホがある?」
僕のではない。
取り出して画面を見てみると――メッセージアプリが通知を告げていた。
迷った末に開いてみると、メッセージが表示された。
『読める?』
いきなりのシンプルな文章にちょっと怖くなった。
だが、すぐに次のメッセージが来る。
『私、女神。ナートゥルナ』
あ、女神様からメッセージが来たのか。
何だか変な気分だな……。
まぁアプリは普通に使えそうでもあったので、とりあえず返信してみた。
『スマホ使えたんですか?』
すると少し間があってから、返信。
『これで女神は勇者とやりとりする事になっているから』
曰く、前は独自規格のシステムを使っていたらしい。
だがある時、僕らの現代地球から技術が流入して……以降、スマホが利用されているとか。
地球も役に立ってるんだなぁ。
『これで手助けしてくれるんですね』
『そう。古いけど、最初の街の周辺の地図はあるから、渡せる』
地図か。
もうちょっと早くしてほしかった気もする。もう街を何周もしてしまったから。
それでもあって困るものでもないので、『じゃあ送ってください』と打ち込んだ。
すると――
驚いた事に、送られてこない。
急に女神様からのメッセージが来なくなったのだ。
僕はかなり焦れてから『どうしたんですか』と送った。
すると、また間をおいてからメッセージがやってくる。
『使い方確かめてる』
……確かめてる?
スマホの?
『女神様、勇者とこれでやり取りするんですよね。普段から使ってるんじゃないんですか』
その言葉への返信は――『ちょっとまって』。
この辺りから理解したが、端的に言って女神様は手際が悪かった。
僕が『早く』と催促すると、『急いでやってる』と返ってくる。
それすら相当に遅いのだ。
『何か問題でも起きたんですか?』
『普段使わないから』
やっぱり、スマホの操作がおぼつかないらしい。
仕事でしか使わない道具というのは、そういうものなのか?
分からないが……とにかく、単純にレスポンスが遅かった。
『いつまで待てばいいですか?』
『やってる。せかさないで』
質問の答えも返らない。
僕は――ここで、なんというかアレだ。
微妙にだが、イライラし始めた。
地図的なデータが有るならそれを送信すればいいだけじゃないのかと思ったのもあるが……。
いや、これに関しては僕も悪かったと思う。
ただ、この時は僕も精神が疲れていた。
異世界召喚といっても小説や漫画、アニメのようにテンポよくは進まない。
あらゆる事が知らないだらけで、ギルド登録だけで苦労したのが実状だ。
未知の世界を歩くというのは思いのほか、ストレスが溜まるもので。
「これから先どうなるのか」とか「生きて帰れるのか」とか、そんな思いが相まって……こっちも不機嫌気味だった。
そこにあの女神様である。
勝手に召喚して、「サポートする」と言っておいてそれすら満足に出来ない。
僕はその事に少々、女神の適格を問いたい気持ちだった。
で、そのへんを纏めて『どうなんですか』と送ってみた。
ぽん、とメッセージが返ってきた。
『もういい』
もういい!?
どういうことだ……。
困惑をそのままメッセージとして送ってみると、即座に返信。
『わかんないの?』
するとそこから、いきなり信じられない速度で次の通知が鳴った。
『人が一生懸命やってるのに、催促ばっかりしてこっちの気持ちを考えてくれないの、って言ってるの。私だってやりたくないのにやってる。そもそもこの世界は私だって慣れてるわけじゃないのに、こっちだって不安なの。それを少しは気遣ってくれないの? 私、別に優秀な女神じゃなくて落ちこぼれって言ったよね。自分でだってこんなこと言いたくないのに。沢山のことを期待されても困るんだけど』
怒涛のメッセージだった。
「うわぁ……」
どうしよう。
僕は困ってしまい、暫しの間返信が出来ないでいた。
するとかなりの間があってから、ぽん、とまたメッセージ。
『ごめんなさい』
え?
ぽん、とメッセージ。
『そんなつもりじゃないの。困らせようとか思ってない』
何だ……。
『こういう時に言い過ぎちゃうの。心からひどいこと思って、言ってないから』
あの……。
『本当なの。信じて』
『わかってくれるよね』
『ごめんなさい』
『ごめんなさい』
ちょっと……。
僕は少々固まってしまっていた。
他にどうしようがあろうか。
そのまま返信も出来ないでいると――またメッセージ。
『なんで返信してくれないの』
ひっ……。
『怒ってる?』
『謝るからなんか言ってよ』
『何も言ってくれないの?』
『無視?』
『違う、私のせいだよね。またひどいこといった』
『ごめんなさい』
『ごめんなさい』
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい』
「うわぁぁぁあああッッ!!!????」
あまりの恐怖と驚きに、思わずスマホを取り落してしまった。
怖っ!
怖い、というか、女神様――メンタル不安定すぎだろ!
その間も無限にスマホが通知を告げているので、僕は慌てて『ちょっと待って下さい、別に責めるつもりはありません』と送った。
すると一旦向こうからのメッセージが止まったので……僕は脳をフル回転させて、どんな文面を送るべきか考えた。
これほど頭を使ったことはここ最近なかったろう。
過去に見たヤンデレものの作品のやりとりとかまで思い出しつつ……何とかメッセージを書いて送った。
『女神様が頑張ってくれてるのはすごく良く分かります』
『僕も不安で、言い過ぎました』
『女神様みたいな人が助けてくれるだけで、僕は嬉しいですから。自分のペースで、いいと思った時に送ってくれると助かります』
それから最後にもう一言付け加えておいた。
『困らせてすみませんでした。大変だって、気持ちは分かります』
それを送ってから、暫くは反応がなかった。
だがここは待ちの一手に徹していると……ぽん、と新たなメッセージが来た。
『あなたは私のこと分かってくれるんだね』
怖っ。
ただ、機嫌は直してくれたようなので、やんわりと催促してみると……また女神様は若干不機嫌になってしまった。
『結局地図のことしか考えてないじゃん』
地図が欲しいのだから当たり前なんだけど……。
ただこれ以上へそを曲げられても困るので、素直に謝る事にする。
と、早めの返信。
『自分が悪いってわかってくれた?』
ぐんぬぬぬ……ッ。
この時点で、というより――正直に言おう、この世界攻略全編通して、一番めんどくさかったのが女神様の相手である。
僕はこれからそれを存分に味わう事になった。
一先ず非を認めて、『どうすれば許してくれますか?』と送った所――
『この世界でしか取れないお茶があるはずなの』
貢物をよこせって事らしい。
『女神様はそういうの自由にゲットできないんですか?』
『できない』
曰く、僕と同じように、女神様もまた担当する世界に紐付けされるらしく……その世界に関しては直接的に超常的な力を発揮して影響を与えられないという。
要は、女神様もファンタジーワールドに関しては普通の人間と変わらないようなものらしい。
ん?
『え、じゃあそのお茶とかいうの、僕がとってこないといけないんですか?』
『いけないって何。何その言い方』
また地雷を踏んでしまったようだ。どないせいっちゅうねん。
『嫌々行くみたいな感じだされても嬉しくないんだけど』
この女ァ……。
と思ったが、僕も地図は欲しい。
感情を抑えてお茶の場所を聞くと、メッセージ。
『山』
……。
山らしい。
ここから七キロ北にあるらしい。
「うぉおおおぉおおお!」
僕は森林を走り回って自生する茶を一晩探した。
ちなみにまだモンスター一匹倒せていなかった。
異世界召喚されたんだが女神様が超めんどくさい 六森涼介 @rokumori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。異世界召喚されたんだが女神様が超めんどくさいの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます