異世界召喚されたんだが女神様が超めんどくさい

六森涼介

1.女神ナートゥルナ


「スナカミ・スグル。現代地球の高校生。間違いない?」


 気づくと目の前の女の子がいて、僕に言葉をかけていた。


 杖を持っていて、ローブから僅かに後光が差している、そんな子だ。

 夜色の髪には艶があって、アンニュイな顔に前髪がかかり……片方の目許が僅かにだけ隠れている。


 僕と大して変わらないくらいの年齢だろうか。

 まあ、可愛い――というか、人間離れしたような綺麗さに僕は直感していた。


 この人女神だな?


「あなたは私、女神ナートゥルナによって召喚された」


 やっぱりな。

 異世界召喚だ。

 確か家から買い物に出て、その途中だったはずだった。そこで眩しい光に飲み込まれて、意識を失ったんだったか。


 周りを見ると、淡い光の差した空間で……何かの世界を現した地球儀みたいな、巨大な投影図が浮かんでいた。


 彼女――女神様は、僕の視線に対して説明を返すように言う。


「あなたは勇者として、これから向かう世界――ファンタジーワールドを救う運命となった」


「ファンタジーワールド?」


「そう。魔王討伐に向かう心の準備をして」


 この投影図がその世界ってやつだろう。

 安直な名前だなと思って、僕は今一度それを観察するけれど――


 うーん。

 そこで違和感。

 いや、最初から違和感はあったが……。

 まず、投影図にザッピングされるように世界の景色が映っているが、その中身である。


 馬車にギルドに武器屋に魔法使い、ドラゴン風モンスター。

 洞窟風ダンジョンに迷いの森風ダンジョン。

 見えるものが全て……何の特色もないファンタジー世界なのだ。


 何千万回こすられたんだというような、ステレオタイプをそのまま煮詰めてみましたみたいな、あらゆる要素がどこかで見たことある、そんな景色である。


 大体が冒頭から感じていた事だった。

 女神様が説明を続けようとするので、僕は遮る。


「あの……今どきこんな普通の異世界召喚あるんですか」


「……何?」


 女神様がこちらを見つめる。元々そうなのかどうかローテンション気味だ。

 だがテンションの低さなら僕も同じだった。


「何ていうか……特徴のない異世界召喚なんてもう下火じゃないですか」


「……」


「今は普通に現地民がそれなりの紆余曲折でギフトを得たり、悲惨な状況から立ち上がったり、もう遅いしたりするのが流行でしょ」


 いや、もう遅いすら既に過去のものになりつつご時世だ。

 まあ……辟易したように言っても、理解されないだろうなぁとは思っていたけれど。


「それは私も分かってる」


 えっ?


「分かってるの?」


 女神様は頷いた。


「典型的な異世界召喚は、こっちでも既に古いものとして扱われてる。天界でも今は、新しい体制に移行している所」


「新しい体制、ですか」


「そう。何なら女神制も廃止しようという流れになっているの」


 へー。

 そうなんだ。

 僕が感心してると、女神様は小さなため息をついた。


「実際にクビになっている女神もいる」


 何か、いやに厭世的な雰囲気を醸し出してきた。


「私自身も危うい所。最新の体制の方なんて任せてもらえないの」


「女神様にも上下があるってことですか……」


「……私は落ちこぼれ。だから、こんなグレードの低い案件を任された」


 グレードの低い案件って……あ、今僕が行こうとしてる世界のことか。


「つまんなそうな世界だなぁって思いましたけど、要はハズレ案件てことですか……」


 なんだか知りたくないことを知ってしまった。

 のっけから不安である。


「つまんないだけならいいですけど。変に理不尽な世界だったりしないですよね?」


「世界は無数にあるから。私も森羅万象を把握している訳じゃない」


「そうなんですか」


「ただ、ファンタジーワールドは古い世界」


 女神様曰く、各世界も時代によって新しく更新されてゆくものらしい。

 例えば一度救った世界をもう一度救うことになった場合、その世界は前と同じじゃなくて最新版になっている、というわけだ。


「この世界が最後に救われたのはずっと前。相当以前からバージョンアップされてない場所も沢山あると思う」


 下火なネトゲみたいな言い方……。

 僕は今一度確認するように問うた。


「これ、もしかして誰もやりたがらない、窓際部署みたいな仕事なんですか?」


「だからそう言ってる」


 断言されましても……。

 少々言い返してやりたくなる。


「そしたら、そんなとこに召喚される僕は何なんですか?」


「……」


「仮にも僕は、勇者としてそれなりの時間をこの世界に使うことになるんですよね?」


「……」


「そこに『ハズレですけど頑張ってくださいね』って言葉をかけるんですか?」


「……」


「まあ、仕方のないことなのかも知れないですけど。う~ん、でも正直、何だかモチベーションが上がらないんですけ――」


 ――バンッ!!!!!!!!


 うおっ!?

 びっくりした。

 女神様が突然、その辺にあった机を叩いたのだ。


 耳がきんきんと鳴って、驚きに脈拍が爆上がりする。


「あ、あのー、女神様?」


「私だってやりたくなかった」


「え?」


「こうならないように一生懸命仕事してきたの。誰も始めから出世コースから外れようなんて思って働いてない。精一杯やって、それでこんなことになると思ってない。私だって、自分が出来ないとか思いながらやろうとしてない。結果がこうなってしまっただけ。私だけのせいにされても困る」


 女神様は泣いてはいないが、変に眼光が鋭くて、目が血走っている。

 見るとふるふると震えているようで感情を抑えきれていないのがありありと表れていた。


 一気に言われて正直飲み込み切れない。

 だが、とても怒っているらしいとは分かった。


「す、すみません」


 思わず謝ってしまうと……女神様はそこでハッとした。


「ごめんなさい」


「……え?」


「怖かった? ごめんなさい。私――こういうところあるの」


 女神様は免罪を請うような、同時にそれが当たり前に訪れると分かってるような、何とも奇妙な態度で薄い笑みを浮かべた。


「許してくれるよね」


 ――ああ。


 僕は何だか、とても不安になってきた。

 大丈夫なんだろうか、この女神様。


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