泥棒
「さぁ、後はお野菜だけ買って帰りましょうか」
「うん!」
ステラとリリーの二人は、手を繋いで商店街を歩いていく。
ムーンシャインで大きなお買い物を終えた後、彼女達はリストの残りを埋める為に、それぞれの食料品を専門としているお店へと顔を出していた。現在ではお買い物リストの大半は埋まっており、残すところは新鮮なお野菜を購入するだけだ。
「リリー。重かったら代わるからいつでも言うのよ?」
「だいじょーぶ!もうわたしも子供じゃないもん」
「そうね。もう大人だものね」
「うん!」
姉妹は仲良く手を繋ぎながらも、購入した商品の入った紙袋を代わり番こで運んでいく。足取り軽く進んでいく彼女達は、端から見れば間違いなく、仲の良い姉妹そのものだろう。
(前世では兄弟姉妹もいなければ、こうして一緒にお買い物をする人もいなかったけど・・・。童心というのはこういうことを言うのかもしれないわね。悪い気分じゃないわ・・・)
大人としての記憶があり、こうしたお買い物程度で心躍らせるような事はないと頭では思っているが、それに反して、心の方ではこの時間が心地よいものだと、ステラは感じている。
隣で楽しそうにしている妹に対しての庇護欲のようなものも、今までは感じることのなかったものであり、戸惑いといった感情も強く湧いてくるが、それ以上に彼女を守らなければならないという使命感が支配する。
(使命なんて大層な事を信じる程迷信深いわけじゃなかったはずだけど、不思議なものね。まぁそもそも、この状況そのものが不思議だから、それについて考えても答えは出ないでしょうけど)
「おねぇちゃん。クレープ買っていい・・・?」
リリーがステラの手を引きながら、上目遣いにおねだりをする。
クレープという前世でもよく見たお菓子がこの世界にも売っている事は意外に思うが、ゲームの世界であればおかしくはないのかもしれない。
ステラは前世の記憶があるせいで、無駄遣いをすることに躊躇いを覚えるが、可愛い妹からの願いは強く断ることが出来ない。
(まぁ、少しくらいならいいわよね。お父さん達も、お小遣いとして渡したものだし・・・)
「あんまり食べちゃうとお夕飯食べられなくなっちゃうから、半分こにするならね?」
「はぁーい!」
妹にどう接するのが正しいのか、どう扱うのか正しいのかを掴めていないステラは、ただその時の感情の赴くままに流されてゆく。
「おいしいね!おねぇちゃん!」
「そうね。果物も沢山入ってて、美味しいわね」
リストの残りのお野菜を買って用事を全て終えた後、ステラはリリーにお財布を渡して近くの屋台でクレープを買わせに向かわせた。
嬉しそうに注文に向かい、しばらくしてリリーが買ってきたクレープは、クリームに包まれた苺とバナナがたっぷりと入った極上の甘味菓子であり、近くの石垣に腰掛けながら、二人で仲良く千切って食べる。一つ口に入れただけで広がる甘さに二人は顔を綻ばせる。
(こんな甘味を口にしたのはいつ以来でしょうね・・・。本当に、甘くておいしい・・・。今まで食べてきた物よりも、本当に・・・)
自覚のないままにステラの口は段々と弧を描いていく。
幸せな時間をゆっくりと過ごし、交互にクレープを渡して食べ合えば、幸せを与えてくれた甘味はすぐになくなってしまい、残る余韻に二人は浸る。
商店街の街並みは聖紋祭が近づいているという事もあって、クレープ屋のような屋台形式のお店が多く出されており、少しずつ暗くなってゆく景色につれて、煌びやかな明かりがポツポツと点灯していく。この世界にとっては普遍的な景色でしかないが、ステラにとって目を奪われる幻想的な景色に変わりなく、いつまでもこのままの気分に浸っていたいという気持ちもあるが、それを振り払ってステラは立ち上がる。
「さぁ、おうちに帰りましょう、リリー。あんまり遅いと、お父さん達が心配しちゃうわ」
子供が出歩く時間というには少々遅くなってきたため、ステラはリリーの手を取って帰宅を促す。
「うん!お父さん達にも買っていった方がいいかな?」
「それはまた今度にしましょ。やっぱりああいうのは、作りたてが一番だと思うもの。それに、どうせならおうちで作ってみるといいかもしれないわ」
「おうちでも作れるの?」
「まぁ、多分、作れると思うわ。お母さんに聞けば、教えてくれるでしょうし」
「ほんと!?たのしみー!」
コロコロと表情を変えるリリーは年相応に無邪気で可愛らしく、そんな彼女をステラは微笑ましく思いながら、姉妹は家に帰る為に商店街を抜けようとする。
そんな彼女達の背後から、全力で走り向かってくるような足音が響く。勢いあるその足音は明らかに二人に向かっているものであり、もしかしたらぶつかってしまうのではないかと警戒してステラは振り返るが、その行動は少しだけ遅かった。
ステラが振り返った時には足音は接触する間近まで近づいており、人込みがちらほらと見えるとはいえ視界が悪すぎる訳でもないのにも関わらず、そのままリリーへと、足音を鳴らしていた人物がぶつかる。
「きゃあっ!!」
「リリーっ!!?だ、大丈夫!!?」
勢いよく接触したリリーはそのまま道の脇へと弾き飛ばされたが、ステラが握っていた手をしっかりと掴んで抱え込んだことで、石壁や床へと衝突する事は避けられる。
リリーの身体に怪我がないか診て無事を確認した後、あまりにも危険な行動をしてきた人物に対して、ステラは鋭い眼を更に細く怒りを込めて睨みつける。
眼の中に飛び込んできた不埒者はボロボロの布切れに帽子を目深に被っており、背格好などから少年のように見えた。その少年は謝る事もなく、ステラやリリーにぶつかったことなどなかったかのように無視をして、そのまま全力で走り去っていく。
「なんなのあいつ・・・!」
「お、おねぇちゃん・・・」
「リリー、大丈夫?怪我はないわよね?」
憤懣仕方なしといった表情で怒りを隠そうとしないステラは、それでもリリーに向ける時は極力気を付けて声色を優しくしながら、安堵させるように話しかける。
ステラがしっかりと抱え込んだお陰で怪我をする事はなかったリリーだが、懐に入れていた大事な物がなくなっている事に気づいて顔を真っ青にする。
「う、うん・・・。で、でも・・・お財布が・・・。と、盗とられちゃった・・・!」
「・・・えっ!?」
「ポッケにいれてたのに・・・ないの・・・!」
自身の身体をくまなく触って何度も探すリリーを横目に、ステラは少年が走り去っていった方向を見つめる。
意図的にぶつかったのは気のせいでなく、スリを働く為の悪意ある行動だったのだろう。現代日本では実際に目にすることはなかった犯罪だが、それは治安が良かったからに過ぎない。今いる世界ではごく普通に起こりうることなのが、頭からすっかりと抜け落ちていた。
(今すぐ急げば、まだ間に合うはず。なんとかして取り戻さないと・・・!)
お金の大事さ、大切さを知っており、前世の貧乏生活によって執着とも呼べる域まで達しているステラは、頭に血が上り少年が走り去っていた方向へと追いかけ向かおうとする。
「おねぇちゃん、ダメだよ!あっちは行っちゃいけないってお母さんが!!」
リリーがステラの手を強く引っ張って引き留める。
少年が逃げ去っていった方向は自由区域という名の建前で区分けされている、所謂暗黒街と称される場所だ。
神都イリスティアは来るものを拒まない自由都市となっているが、その中での格差がないという訳ではなく、むしろしっかりとした地位や、成り上がれるだけの実力がない者に対しては非常に厳しい。実際に差別をされているという訳ではないのだが、ただでさえ国ごとの区分けが大まかにされている中でそんな者達が往来を表立って歩けるわけがなく、隅に追いやられ、また、自ら陰に潜んでいった結果、その者達で構成される暗黒街が出来上がっている。
イリスティアのルールがありながら、暗黒街だけのルールも存在する。都市を管理している者達も、必要悪として暗黒街の存在を黙認している為、当然、そこで起きた事は暗黒街のルールが適用される。
その為、子供達には自由区域へ近づいてはならないと、口酸っぱく忠告するのが、この都市での常識だ。
そんな、良識ある大人なら近寄る事も忌避するような場所に、子供だけで入るのは自殺行為だろう。
ステラは現状を理解しながらも、どうにかできないかと手を強く握り考え、その思考が言葉として漏れていく。
「でも、お財布を取り返さないと・・・。あれは、お父さんが私達を信頼して預けたものなのに・・・」
「・・・・・・ごめんなさい、おねぇちゃん。ごめんなさい・・・」
そしてその呟きを聞いたリリーは、自身が犯してしまったミスを強く自覚してしまい、その眼からは段々と涙が溢れていく。
不用意に発してしまった言葉がリリーを責めるものとなってしまった事を理解したステラは、慌ててリリーを抱きしめると、落ち着かせるように背中を撫でる。
「ち、違うのよ!リリーのせいじゃないわ・・・!ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったの・・・」
「でも、わたしのせいで・・・!」
(あんな事いったら、リリーが気にするに決まってるのに・・・。それに、妹をほったらかして犯人を追おうだなんて、どこまで私はバカなのかしら・・・)
「いいえ、妹を守れなかった私の責任よ。取り合えず、今はおうちに帰りましょう?お財布よりも、貴女に怪我がない方が大事よ」
「・・・うん」
ステラはリリーの頬に流れる涙を拭って前を向かせた後、今度こそリリーをしっかりと守りながら、家までの道をとぼとぼと歩いていく。
毒花の人生にも彩りを てふてふてふ @mimikinngu
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