三姉妹

「ステラちゃん・・・?おーい、ステラちゃん?」

「・・・はっ。あ、えっ・・・!?な、なにかしら・・・?」

「また心あらずって感じだったわよ?大丈夫?」


 ステラが遠い世界の事に意識を飛ばし、思考を巡らせていると、気づいたときには目の前にパティの顔があった。

 放心していたステラの顔を覗き込んだパティは、ステラの顔色が青ざめているようにも見え、心配そうに声を掛ける。


「おねぇちゃん、朝からなんだか調子が悪いの」

「そうなのかい?確かに、顔色もあまりよくなさそうだし、いつも以上に目つきが悪いね。体調が悪いなら、きちんと休んでないと駄目よ?」


 パティはステラの鋭く尖った眼を見つめる。

 何も知らない人が見たら確実に不機嫌だろうと感じるその表情は、パティにとっては慣れたものではある。しかし、目の下に浮かぶ隈がいつも以上にそれを目立たせ、綺麗な顔をしているがゆえに、余計に際立っている。

 お洒落を欠かすことのないステラならば、目つきの悪さはもう少しプラスへと働かせるはずだが、その形跡は見当たらない。コンプレックスでもある素顔を晒したままでいるのは不思議だが、とはいえ、化粧でどうにかなるレベルを超えているのは確かだ。


「違います。ちょっと考え事をしてしまって・・・。あと、目つきが悪いのは生まれつきです」

「あはは。まぁそろそろ君達も10歳を迎えるだろうし、色々と考えてしまっても仕方ないだろうね。多感な時期という奴だろう」

「そういう訳では・・・」

「聖紋祭も近いし、ステラちゃんのようになる子は珍しくないよ。結構君は色々と気にしすぎるきらいもあるしね。さもありなんというところだろう」

「もうそれでいいです・・・」


 諦めたように項垂れるステラを見てパティは一人納得したように頷き、それ以上は追求しない。

 この世界にとって10歳前後というのは非常に重要な意味があり、それに悩む少年少女は何人も存在する。その多くを見てきた彼女にとって、ステラの現状はなんら不思議なものではない。特に聖紋祭が近づくにつれて浮足立つ子や不安になる子、天啓のような不思議な現象に出会う子など、話に事を欠かない。むしろ完全な無関心でいるリリーの方が、稀な存在と言えるだろう。


「それで、今日は何をお求めなんだい?お姉さんに見せてごらん?」


 多感な少女に対してあまり深堀するのは好ましくない。パティはあまり触れられたくない話だろうと一旦話を打ち切り、ステラ達がここへ来た本来の目的へと方向を促す。






 パティがメモの商品を読んでいる間、ステラは人との距離感について考える。

 人と話すのは苦手だ。特別にパティが苦手という訳ではなく、人とコミュニケーションを取る事自体が苦手なのだ。むしろパティに対しては知り合いだからこそまだまともに話せてはいるが、これが初めての相手であれば、口を開いても一言くらいで済ませてしまうだろう。

 それは前世でも悩み、結局直すことの出来なかった悪癖であり、今世でも変わる事のない呪いのようなものだ。

 目つきの悪さはいつも通りにしていても、不機嫌だとか敵意を放っていると誤解を招きやすいし、そもそも言葉を紡ぐのが上手ではなく、誤解はいくらでも生まれる。

 頭の中で考えたものをうまく表現できない。


「おねぇちゃん、また何か考えてるの?」

「えぇ、ちょっとね・・・。パティの言った通り聖紋祭が近いけど、リリーは何か悩みはある?」

「ううん。でも、おねぇちゃんと一緒がいいな・・・!」

「そうね。そうなれたらいいわね」


 聖紋祭。

 先程パティが言葉にしたお祭りは、この世界では人生が決まる程の一大イベントを意味するものだ。

 ゲームの世界でもそれは物語の中核となるものであり、このイベントがあるからこそ、主人公が主人公として台頭する事になり、ステラ・マリーゴールドがただのステラになったとしても、主人公と同じ学園に通うことの出来る理由となっていた。


「うん、これなら問題なく用意できるわ。でも食材だけはいつも通り別で買うといいかもしれないわね。新鮮さは直販のお店と比べてどうしても劣ってしまうから。それ以外ならウチで用意できるけど、どうする?」


 メモを読み終わったパティが頭の中で算段を付けたのか、顔を上げてメガネを直した後、メモをステラに返しながら提案する。


「いつもすみません。それでは、食材以外はお願いしてもよろしいでしょうか」

「もう、そんなに他人行儀にしないでいいのに。これくらいお安い御用なんだから。むしろ私のお店に来てくれないと困っちゃうわ」


 パティがここで販売した商品は、ステラの父によって王国貴族へと渡っていく。

 転売のような形にはなるがこの世界では普通に行われている商法であり、王国貴族への伝手がないパティにとっては自身のお店を宣伝する機会でもある為、むしろ喜々として、こうしてステラ達が訪れた際には質の良い物を用意している。どちらも利益を享受し合う、良い関係性だ。

 そんな表立ってはWIN-WINの関係であるが、実際はパティがただ、妹分の役に立とうと張り切っているだけなので、


「そういえばパティさん、お仕事はしっかりしたほうがいいですよ。スタッフの方が困っていました」


 ステラが思い出したように、一階でスタッフにお願いされた言葉を告げる。

 心当たりが沢山あるパティは気まずそうに顔を背けるが、先ほどと打って変わって顔を覗き込まれる立場になったことで、諦めたように頬を欠いて言い訳を始める。


「えー・・・そう言われてもねー・・・。ほら、私って言ってしまえばお飾りじゃない?あんまりやる気がないっていうかー・・・」

「それでも、パティさんじゃないと出来ない仕事だってあるはずです。わざわざ伝える私の身にもなってください」

「お飾りってところは否定してくれないんだ・・・」

「事実でしょう?実際に力を持っているのは貴女の父親であるゴルドー氏であり、パティさんが白といっても彼が黒と言えば黒になりますので」


 だからこそ、ゲームではステラは救われる事がなく、パティが救う事もできなかったのだから。


「自分のお店を持ちたいって思ってたんだけど、想像してたものとはちょっと違かったわ。中々うまくはいかないわよねー・・・」

「パティ・・・」


 ステラの口から思わず素の声が漏れる。

 ゲームで見捨てられたのはステラであったはずだが、パティもまた、自分の思う様にすることが出来ず苦悩をし続けたのだろうか。


「まぁでも、こうして人が大勢来てくれるくらいには業績は鰻登りだし、このまま順調にいけばお父さんを超える事だって夢じゃないわ。それにステラちゃんやリリーちゃんがこうして来てくれるんだから、いまのままでもいいかなー」

「あのねぇ・・・。心配して損したわ・・・」

「あはは。こうして心配してくれる妹を持って幸せ者だわー」


 パティがステラの頭を撫でる。

 ステラは妹扱いや子ども扱いをされることに反応に困り、複雑な心境に顔が歪んでしまうが、その手を振り払う事はなくただ受け入れる。




「それじゃ、依頼された商品は重い物もいくつかあるし、後でそっちに纏めて送るわね。ご両親には領収書だけ渡してあげてね」

「ありがとうございます、助かります」


 今日の購入商品は魔道具や魔石などの嵩張る上に重い物が多く、何度か家まで運んで往復するべきかとステラが思案していた所、パティから助け船が出される。ここに来るまでに自身の身体の貧弱性には薄々と気づいていたステラは、リリーに多くの負担を掛ける訳にもいかない為、有難くその申し出を受ける。

 しかし、返答を受けたパティは何処か不満げに口を尖らせ頬を膨らませる。


「もう、口調がまた戻ってる・・・。せっかく昔みたいな甘えっ子に戻ってくれたと思ったのに」

「甘えていた時期などありません。それに、今は一応はお仕事中ですので」

「じゃあ、お仕事じゃなきゃいいのね!それなら、聖紋祭のメインイベントが終わったら、一緒にお出かけしましょ。例え祝福を授かってもそうじゃなくても、お祭りには変わらないわ。盛大に騒ぐとしましょ」

「リリーは・・・?」

「勿論リリーちゃんも一緒にね」

「うんっ・・・!」

「聖紋祭が楽しみだねー」

「楽しみー」


 ステラが返事をする前に、パティとリリーによってあれよあれよと話が進んでいくが、その事を主張出来る程主体性がある訳ではない彼女は、ただ流されるままにそれを眺めるしかなかった。


(まぁ、リリーが喜んでいるし良いとしましょうか。聖紋祭の後は色々と必要な物が増えるでしょうし、ちょうどいいかもしれないわ)


 ステラは頭の中で先ほどの話を噛み砕き、予定を立てる。

 言葉には出さないものの若干の賛成意見を心の中で出す彼女は、端から見たらコミュ障そのものだ。

 話の輪から外れて一人で考え込んでいるステラを見て、パティは呆れたように苦笑いをし、リリーは比較的に物静かで騒ぐことを得意としない姉の顔色を窺うが、それでも否定的でない事をきちんと察し、来る日を楽しみに待ち望む。

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