SideQuest パティ・バーグ

「おー・・・中はこんな風になってたのか・・・」


 少年は初めて訪れる店に圧倒されていた。

 並べられている商品の量、質、種類。そしてそれを求める人たちの活気。全てが他の店とは違う規模であり、そこから産み出されている雰囲気も、少年が知るものより一層濃いものだった。

 ムーンシャイン雑貨店。神都イリスティアに於いてもその規模は最大級であり、備えられている商品もそれ相応であると聞く。前々から存在こそ知っていはいたが、孤児であった時は外目に指を咥えて見る事しか出来ず、ある種の憧れとなっていたお店だ。

 しかし昔ならいざ知らず、今では躊躇する必要など何処にもない。何故なら今は孤児ではなく、きちんとした立場の証明だって出来るようになったのだから。思う存分に好奇心を満たす事ができるだろう。それに冒険者であれば、こうしたお店で装備を整えるのだって普通の事だ、という建前だってある。

 少年は興奮する心を落ち着かせながら、自身の憧れた冒険者としての一歩を踏み出す為に――半分くらいは欲望の為に、お店の奥へと足を踏み入れていく。






「うーむ。どうしても気になるなぁ・・・」


 少年は二階へと上がる階段の前をうろうろとしていた。


 初めて見るお店の中を探索するのに、まずは目標を建てずに見物し、その後は自身の本来の目的である冒険者の為の装備などを探しながら、十分な時間を使って好奇心を満たしていた。孤児であった身からすれば見るもの全てが新しく、たまに街中で誰かが持ち歩いていた物もここには揃っていた。まるで大きな宝箱の中へと入り込んだのではないかというくらいキラキラと輝いていて、とにかく好奇心の赴くままに、お店の中を歩き回っていた。

 しかし、それが出来たのは一階までだった。いざ二階に上がろうと意気込んだ所、スタッフの方からストップを掛けられてしまったのだ。二階からはどうやら会員証が必要となっているらしく、未だお買い物すらしていない一見さんはお断りらしい。

 どうやら上階には高級品などが揃えられているらしく、例え許可が降りたとしてもとてもではないが手が出る物じゃないだろう。

 孤児ではなくなったとはいえ文無しに近い状態だ。場違いではあると理解はしている。


「でもなぁ、気になるんだよなぁ・・・」


 どうにかして見学だけでも出来ないかと、階段を上っていく人々を横目に少年は考える。

 階段前で会員証の確認をしていたスタッフは、どう声を掛けたものかと困り顔で少年を見ていたが、そんな不審者にも近い少年に声を掛ける奇特な人物がいた。


「おや、君はもしかして・・・。うむ、やはりそうだ。君は噂の大紋章持ち君だね。こんなところで出会えるなんて私も運がいいな。いや、こんなところなんて言うのは不適切か」

「えっと・・・。貴女は・・・?」

「おっと失礼。名を名乗るのが先だったね。私の名前はパティ。このお店の職員だよ」


 少年の右腕に付いた白い紋章をじろじろと見ながら、赤髪の女性が声を掛けた。






「どうだ!ちゃんと持ってきたぞ!」

「うむ、流石だね。私が見込んだだけはある」


 少年はパティと名乗った女性からの依頼を受けた。

 内容は非常に簡単なものであり、駆け出しの冒険者であっても油断しなければ危険は一切ないようなものだった。

 少年もまだまだ未熟ではあるものの、一般的な駆け出し冒険者には当てはまらず、パティの想像を超える速度で依頼の完了を伝えてきた。


「それじゃ、約束通り会員証をくれよ!」

「勿論。ギブアンドテイクという奴だ。魔力だけちょっと拝借させてもらうよ・・・。はい、おしまい。どうぞ、確認してくれたまえ」


 少年が依頼品を渡す代わりに、パティから銀色のプレートを受け取る。魔法で個別のIDが記録されたそれがあれば、二階までの来店許可が降りる。


「うおお!これが会員証かー!これがあれば、二階へ行ってもいいんだな!?」


 少年は渡されたプレートを両手で掲げ、キラキラと輝く瞳でパティへと問いかける。


「本来なら会員証だけじゃなく、色々と審査も必要だったりするんだけどね。まぁ、君にはこれからも色々とお世話になりそうだし、権限を付与しておいたから問題ないよ」

「そうなのか?そんなことが出来るなんて、あんたもしかして、偉い人なのか?」

「それはまぁ、内緒ってことで。また依頼する事もあるだろうけど、その時はよろしく頼むよ」

「勿論。任せておきなって!」


 自信満々に答え、手を振りながら二階へと去っていく少年の姿に、パティは眩しいものを感じて目を細める。

 未来ある少年は、この先どのような道を歩んでいくのだろうか。

 彼女自身も一般的にはまだまだ未来ある若者ではあるが、それでも自分よりも若い者が前に進む姿を見るのが好きなパティは、期待をせずにはいられない。


「あの子も同じ学園みたいだけど、結局聞けず仕舞ね・・・。はぁ・・・」


 パティは数年前まで姉妹同然だった、双子の女の子の事を思い浮かべる。最初はそれが目的で少年に近づき、キリのいいところで聞こうと思っていたのだが、どうしても踏ん切りがつかずに口に出す事が出来ないでいた。

 マリーゴールド家の双子姉妹。

 商人貴族という珍しい家柄であり、ほとんど毎日のように顔を出していた彼女たちの事を、ムーンシャインでは当然ながら知らない者はいなかった。

 本当ならば彼女達も、少年のように未来に向けて歩んでいる所だったはずなのに。

 家の没落。家族の死。交流の断絶。

 あの日から全てが壊れてしまい、そのまま疎遠となってしまった。


「一体どうしているんでしょうね・・・」


 戻りはしない過去を懐かしみながら、彼女は自分の仕事へと戻る。






「ステラ!!貴女が来てくれるなんて!!」

「ん?ステラと知り合いなのか?」


 何度かパティからの依頼をこなし、冒険者としても素人から抜け出した少年がパティが再び邂逅した時、傍には別の少女の姿があった。

 非常に長く伸ばしっぱなしで、身嗜みなんて言葉は捨て去っているだろうボサボサの髪を揺らし、濁った瞳を隙間から覗かせている少女。

 彼女の名はステラ。元あったマリーゴールドという家名はなくなり、大罪人の娘として噂されている少女だ。


「私はこいつの付き添いで来ただけよ。そうじゃなければ、ここに寄る事なんてなかったわ」

「うっ・・・。そ、そう・・・」


 パティから声を掛けられたステラは手の甲にある黒い紋章をさすりながら、拒絶するような声色で答える。言葉の節々に棘を感じたパティはどう答えていいかも分からず、濁した言葉の後には二人の間にはしばらく沈黙が落ちる。

 しかし少年は、二人の気まずい関係など気にしたような事はなく、嬉しそうに話を続ける。


「ステラは一人で冒険者やってて、色々と装備やアイテム類に詳しいみたいだから頼んだんだ。魔法錬金でも手伝ってもらったし、お陰で助かったよ」

「別に、大したことじゃないわ。こんなのは一般常識でしょ。だけど貴方は、もっと勉強した方がいいかもね。そんなんじゃいつか死ぬわよ」

「いやー・・・。勉強ってどうにも苦手でさ。俺はもっとこう、身体を動かす方が性に合っているというか」

「なら野垂れ死ぬだけね」

「ひぇー・・・。ステラは厳しいなー・・・」


 決して仲の良い会話とは言えないものの、少年は少女の言葉を聞いても引かず、少女はそんな少年に呆れながらも言葉を繋げる。

 深い絶望に沈んで自暴自棄になっていた時と比べて、幾分か顔色も良くなったように見える。


 今ならば、あの頃言えなかった言葉を伝える事が出来る。

 パティはそう思ってステラの心へと一歩踏み入れるが、返ってくる言葉は残酷だった。


「ねぇステラ。貴女さえよければ・・・」

「必要ないわ」


 パティが最後まで言い終える前に、鋭い言葉が突き刺さる。

 先ほどよりも強い拒絶と深い闇を宿した瞳に見つめられ、今度こそパティの言葉は止まってしまう。


「貴女が何を言おうとしたかは想像がつくけど、今更手を差し伸べてどうするつもりなのかしら?」

「私達、昔は姉妹のようだったでしょ・・・?だから、またあの頃のように・・・」

「過去に戻る事なんでできないわ。それに、初めに拒絶したのは貴女達バーグ家よ」

「そ、それは・・・」


 ステラの父親が嫌疑を掛けられた時、真っ先に手を切ったのはバーグ家だった。

 濡れ衣という訳ではなく罪はあり、罪はありながらも情状酌量の余地があった宙ぶらりんなマリーゴールド家。刑が執行された事で大罪が覆ることもなく、そこにたった一人残されたステラを助けようという人間は誰もいなかった。パティはどうにか手助けしようとしたが、父の意向によって結局は見捨てざるを得なくなった。

 助けを求めていた妹分を裏切ってしまった。その時の表情は、いつまでも胸に残るしこりとなってパティを苦しめていた。

 しかし、あの頃とはもう違い、損得だけでモノを測る父に頼る必要も、その意向に従う必要もない。一人立ちをし、力を付けた今ならば、彼女を助けることが出来る。

 パティはそう思っていたのだが、時間は残酷に二人の関係を修復不可能な所まで追い込んでしまった。


「姉妹のようだったなんて嘘っぱち。元から他人だったのが戻っただけよ。貴女と私はもう関係ないわ」


 一度全てを失ってしまったステラの心を、パティでは取り戻すことはできなかった。

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