お買い物

 目的地に着いた時にはようやくステラの心も落ち着きを取り戻し、とにかくやるべき事に集中せねばという気持ちを胸にする。ようやく諦めたとも言えるが。

 そんな燻る思いを一旦胸の奥底に仕舞い、ステラは目の前の圧倒的存在感を放つ建物を見上げる。ここまで歩いてくる道すがらでも視界に飛び込んできていた建物であり、他の建造物等と比べても何倍にも大きく目立っている。多様な建築様式を組み合わせたデザインは他の建物と比べると奇抜に映るが、人の目を惹くという目的には確実に役立っているだろう。

 広大な面積をふんだんに使った三階建てのその建築物は、ここら辺では一番大きな雑貨店であり、ゲームでも登場した序盤から終盤までお世話になり続けるお店だ。


 雑貨店『ムーンシャイン』。


 大豪商ゴルドー・バーグが出資しているここは、神都イリスティアに於いてその名を知らぬ者はいないだろうと噂されるほど有名なお店であり、顧客との直接的な取引に重点を置くマリーゴールド家とは販売路線が少々違うものの、時には取引相手でもあり、時にはライバルでもある関係にある。

 ゴルドー自らが付けた雑貨店という名称は、何でも揃っているという自信の表れであり、実際にその通り、欲しいものがあったらここに来れば大体は揃うだろうと言わしめる程の取引量を誇っている。販売のターゲットもかなり幅広く、一番広い一階はすべての客層向け、二階は高級品や特別品を求める富裕層向け、三階はオーダーメイドなどの個別取引をするような上客向けとなっている。二階から上はある程度の身分も求められる会員制であり、上階に行くほど高級志向へとなっていくこの仕様は、この店に通う人々にとってはある意味でステータスとなっている。


 ステラがここに訪れた理由は非常に簡単だ。商人同士という関わりもあってここの重役とは顔見知りであり、ステラの持つ会員証ならば全ての階層でお買い物が可能である。そして、何度も訪れたことがあるお店なので、販売商品の大体の値段や種類は頭の中に入っている。なので、様々な種類が書かれたお買い物リストであっても、ここ、ムーンシャインならば簡単に揃うだろうという確信あっての事だ。

 人の行きかいが激しく活気のある場所は、人付き合いが苦手で根が暗いステラにとっては体力が削られる思いであり、本当ならばもっと小規模な店舗でお買い物をしたい所だが、色々なしがらみがあるのでそうも言ってられない。

 他の人々と同様、流れに乗るように店内へと足を運び入れる。


 ムーンシャインの店内は、白を基調とした壁紙と模様の揃えられた床板がこの店の清潔感を強調しており、一度迷子になったら現在時点を見失いそうなくらい広い。部屋の構造自体は複雑ではないものの、それ故にどこも似たような通路や壁で区画が作られており、身長の低い子供の視点では尚更だ。それに、本来であれば子供だけで訪れるような場所ではないので、案内板や規格は大人向けになっている事も要因だろう。前世の大きな駅程ではないが、元々の知識がなければ簡単に迷子になってしまうだろうと感じるくらいには、自身が子供であることを思い知らされる。

 ステラが広い空間に取り残されたかのような疎外感を肌に感じている中、隣では人見知りなリリーが身体を縮こめながらそわそわとしていた。なんとなくどうして欲しいかを察したステラは自身の手を伸ばす。


「リリー、手を繋ぎましょう」

「うん!」


 求めていた物が目の前に出され、リリーは嬉しそうにステラの手を握るので、ステラは迷子にならないようにその手をしっかりと握り返す。

 実際はステラ自身がそうしたかったという事もあるのだが、前世は立派な――というにはあまりにも情けない結末を辿っていたが、それでも大人であったという事と、妹の目前であるという建前が邪魔して強がっていた。だからこそ、リリーがこうして気を紛らわせる行為を求めてくるのは、ステラにとっては渡りに船であった。

 手を握り合った事で余裕を取り戻したステラは、懐からチェーンの付いた金属製の薄いプレートの会員証を取り出して、慣れた足取りで迷わず受付の元へと向かう。


「これ、お願いします」

「いらっしゃいませ、マリーゴールド様。本日のご用件はいつも通りで宜しいでしょうか?」

「はい」


 胸に三日月を模した、お店のスタッフである証のピンバッチを付けた受付係に会員証を渡すと、それを受け取ったスタッフは会員証をほとんど確認せずに、ステラの用件を確認する。

 子供であり、双子であり、常連であるステラ達は顔を当然のように覚えられており、また、父親の職業繋がりもあるせいかおかげか、色々と融通を利かせてくれている。商人として繋がりを大事にするのは当然なのだが、顔を覚えられているのはどことなく居心地が悪く、時に息苦しいものがある。

 幸いな事にステラやリリーにとっても目の前の受付係は顔馴染みと言っても差支えがなく、ある程度の日常的会話が行えるくらいには緊張をしないで済む間柄だ。実際にするかはともかくとしてだが。


「それでは係の者が案内しますので、少々お待ちください。・・・・・・貴女達がいつ来るかとパティさんがそわそわして、仕事にロクに手をつけてくれません。できればそちらも、よろしくお願いします」

「分かりました。ありがとうございます」


 話の最後に少し面倒な依頼を押し付けられたが、融通を聞かせて貰っている身からすれば必要経費といった所だろう。

 ステラ達は案内係の先導のもと階段を進み、二階を通り越して三階までゆっくりと上がる。






 ムーンシャインの三階はシックで暖かみのある暖色がメインとなっており、賑やかな客層と白で構成された明るめな一階とは違い、高級感はありながらも落ち着いた雰囲気がある階層となっている。商品は量を展示するよりも一つ一つをしっかりと押し出しているので、まるで美術館のような芸術性を感じられ、また、訪れている客層もそれ相応に着込んでいる人がほとんどである為、一角を一つ切り取っても中々絵になるだろう。

 貴族と言っても根は庶民なステラ達からすれば、かなり場違いなところではあるが、人が密集していない分下層よりはかなりマシな心境でいる。

 明らかに富裕層である人々を横目に、案内人に従って奥へと進んでいくと、他とは装いが少し違う扉まで案内される。そのまま開けて貰った扉の中へと入ると、一人の女性が二人を出迎える。

 

「おや、ステラちゃんとリリーちゃんじゃないか。待ち侘びたよ!今日もおつかいかい?偉いねぇ」

「こんにちは、パティさん。今日も訪問させて頂きました」


 メガネを掛けた短い赤髪のその女性は、暇そうに腰かけていた椅子から勢いよく立ち上がり、言葉を捲し立てながらステラ達に詰め寄る。デザインの統一されたスタッフ用の制服とは違う服装に身を包み、胸に付けたピンバッチは三日月の他に星の形が付け加えられている。明らかに他のスタッフとは違う雰囲気を持っている女性だ。

 赤髪の女の名前はパティ・バーグ。出資者であるゴルドー・バーグの娘であり、この雑貨店の実質的な支配者であり、要するにオーナーだ。ムーンシャインのブランドデザインや基本的な方針を決めている第一人者でもある為、名実ともにお偉いさんであるはずなのだが、それを気取ったところはなく、むしろサバサバとした性格であり、こうしてステラ達にも気さくに話をしたりする程、格式ばったものを好まない人間でもある。気分屋の気質があり、時折ぼーっとしては先ほどのようにスタッフに苦言を呈されている、世間一般では天才型と呼ばれる人間だ。お店のトップとしてそれはどうかと思ってしまうが、ある意味では慕われている証拠だろう。


「そんなに他人行儀じゃなくていいのに。私達の仲じゃない」

「親しき仲にも、です」

「相変わらずクールねー・・・。まぁ、そこが可愛いんだけど。リリーちゃんも元気だったかしら?」

「うん。元気だったよ」

「うんうん。やっぱり子供はそうじゃないとね」


 そんな彼女とステラ達はそれぞれの親同士の付き合い上、知り合い以上の関係である。一回り程歳が離れているにも拘らず、むしろそれ故にか、パティはまるで姉の様に双子姉妹を気に掛ける素振りを見せ、こうして来訪した際にも手を貸している。それはステラ達にとっても同様で、時には頼りになり、時にはやる気の出ていない彼女に発破を掛ける、姉のような存在ではあった。

 だが、それ以上に脳裏を刺激する記憶が、ステラを揺さぶり埋めていた。


「ステラちゃん、大丈夫・・・?ぼーっとして、何処か具合でも悪いの?」

「はい・・・。いいえ、大丈夫です」

「まぁ、そういう時もあるよね。私もさっきまでぼーっとしちゃってたから、わかるわー」

「パティちゃんは――――」

「あはは。そうともいうかも―――――」

「――――――――」


 それは、彼女がゲームであっても見覚えのあるキャラクターであった事だ。

 ゲームであれば彼女のクエストを攻略したり、珍しい資源を納品する事で、新しい商品の販売が増えていく。プレイヤーが操作をしないNPCでありながら、かなりの大きな役割を持ち、お世話になるキャラクターだった。

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