はじめてじゃないおつかい
「おねぇちゃん、まだぁ?」
「ちょっと待ってね。いま準備してるから・・・!」
外へ出掛けるという事は、それなりの格好へと取り繕わなければならないということである。寝不足のせいでいつも以上に目つきが悪くなっているのは諦めるにしても、おめかしは欠かすことが出来ない。何故ならば、外見は女にとって一番重要なものであり、武器であるのだから。
昨日までのステラであればそう言って、いつも以上に気合を入れる事だろう。昨日までなら。
(そうよね。お洒落っていったらいつもスカートよね・・・。フリルもリボンも沢山ついてるわよね・・・はぁ・・・)
クローゼットからステラお気に入りの服を取り出して、鏡に映る自身を見ながら衣装合わせをする。
ふわりと軽いロング丈で白のワンピースに、フリル袖がチャームポイントの紺色のケープを上から羽織る。アクセントとなる赤いリボンで前を留め、革のベルトで腰を引き締める。妹と同じように髪を纏め上げ、空いた首元にお守り替わりの魔石のネックレスを付ければ、お出かけの準備の完成だ。。
お気に入りというだけあって当然ながらサイズはぴったりであり、まるでステラの為にあつらえたかのように似合ってはいるのだが、複雑な心境が彼女を蝕む。
何故ならば、お気に入りなのはステラであってステラではないからだ。前世の男の意識は、鏡に映る自身の姿に対して拒絶反応を起こしている。これを着て街中を歩かなければいけないのかと。
朝から色々と考え過ぎたせいで痛みを増していく頭痛が、更に悪化するのを感じるが、この程度で苦悩をしていてはこれから先やっていけないだろう。
「おねぇーちゃーん?」
「いまいくわよ!」
女になってしまったのだから仕方がない。むしろ似合っているのだからいいではないか。
気休めでしかない言葉を自信に言い聞かせるように反芻しながら、恥も外聞もかなぐり捨てて、妹の待つ玄関へと向かう。
「わぁー・・・すごい・・・」
ステラはお買い物先である商店街の景色に圧倒されていた。
洋風ファンタジー定番の街並みと言えば良いのだろうか。石造りの建物がずらりと並んでおり、前世のようなビル街や電化製品の類は一切見えないのだが、それに変わって魔力で動く、不思議な構造や光り方をしている看板などが掲げられている。青や紫といった純粋な魔石から放たれる寒色の光が反射しており、日中ながら場所によっては妖しい雰囲気を醸し出している場所も見える。
商店街というだけあって建ち並んでいるほとんどはお店なのだが、店頭の商品も見た事のない物が沢山並んでいるのは圧巻であり、特に魔道具を並べているお店は物珍しいものばかりで目を奪われる。
ステラとして生活してきた記憶や、ゲームで登場して使用をしていたものもあるので、知識としてはある程度は頭の中にある。なので、どんな性能や効能だったかと思い出そうと頑張れば、然程困ることはないのだが、実物をその眼で見るまではまるでテレビを通して見るもの同様に実体験とは言い難く、こうして実物を見て肌で感じるのは、やはり違った感慨深さがある。
それに加え、街を歩いている人々の姿もまた、ステラにとっては驚きに拍車をかけるものとなっている。
一般的な日本人の髪色である黒髪のの人などはほとんど見えず、ステラと同じような金髪を筆頭に、赤髪、青髪、緑髪など、バリエーション豊かなヘアーカラーが揃っている。服装もかなり個性が出ており、ステラのようにお洒落に気を遣っていそうな人もいれば、ローブに身を纏うだけのシンプルな人もおり、それどころか、鎧に身を包み武器を携えている人や魔女のような恰好で杖を持つ人、それは本当に服なのかと言いたくなるような際どい服装をしている人など、現世であれば職務質問間違いない人達が多く見える。
また、獣耳や尻尾などを生やしている、普人種とは違った特徴を持つ亜人種や異種族と呼ばれる人々も、まばらではあるがちらほらと見える。王国寄りに位置する場所であるがゆえに、その主体となっている普人種が多いのは間違いないが、それゆえに、普人種とは違った特徴を持つ人々の事を、ステラはどうしても目で追いかけてしまう。
ゲームでは描画しきることは不可能だったであろう、現世でも見た事のない街並みや商品、そして人々。
大勢が行き交い繁盛しているこの様子は盛り場というには十分であり、目に映る景色一つを切り取っても、異世界に来てしまったのだと言う事実を、ステラが実感するには十分だった。
「どうしたの?何か、珍しい物でもあった?」
まるで初めてこの場所に来たかのような反応を示すステラに対して、リリーが顔を覗き込んで問いかける。きょろきょろと辺りを見渡す、見ようによっては挙動不審な姉の行動は、気にせずにはいられないのだろう。
「寝不足の目には刺激的過ぎる景色だと思っただけよ。大丈夫、行きましょう」
「うん。いこ」
妹が隣にいる事を忘れるくらい没頭していたステラは、取り繕うように咳を一息いれて言い訳をしながら、妹の手を引いてお目当てのお店までの道のりを思い出しながら進んでいく。
「おねぇちゃん、はやくいこ?」
「リリー・・・ちょっとまって・・・」
ステラは初めこそゲームの世界でしか見たことがなかった景色に見惚れ、おのぼりさんの様にきょろきょろと辺りを見渡し、妹に指摘されてからはもう少し余裕を持って観光をしていたのだが、徐々にそんな余裕すら奪われるくらいの危機に襲われていった。
(歩きにくいったらありゃしない・・・!それに、脚がスースーして落ち着かないし・・・!なんなのよもう!)
今の格好は、女性であれば当たり前といっても過言ではない服装ではあるものの、ステラにとっては訳が違った。
前世が男であるという自覚を持ってしまったが故に今の服装に違和感を感じ、ひらひらと揺れ動くスカートの頼りなさにどうしても気にならずにはいられない。当然の話だが、男の時であればスカートなど履く機会は一度もなかったし、そうでなくとも容姿よりも動きやすさを重視していた為、お洒落の苦労などする事はなかった。
一度意識をしてしまえばそれまで。性別自体が違うので経験不足とは言い難いが、歩く度にひるがえってないか、自分の服装はおかしくないかと逐一確認しているステラは、気づいたらリリーと距離がどんどんと離れていた。
(なんでわざわざこんな動きにくい格好しないといけないのかしら・・・。ジャージとかでもいいじゃない・・・。まぁそんなものあるとは思えないけど)
ステラは前世で部屋着として愛用していた、スポーツブランドのジャージを思い浮かべる。
軽くて動きやすく、そして暖かい。今の服装と比べて軽さ以外は真反対の性能を持つそれは、今の自分に必要なものではないだろうか。ステラの容姿に似合うとは言い難いが、それもギャップとしてアリではないだろうか。
他愛もない現実逃避をする度に、お洒落好きを公言するような元々のステラの人格が心の中で叫んでいる気がするが、前世と混ざり切ってしまった今のステラの主体は男の意識であるため、中々思うように折り合いがついていない。
結局お目当てのお店に着くまでに、ステラはリリーに何度も振り返られ、その度に心配をされていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます