第3話 すべて捨て去ってしまえたら

 何時間が経過しただろうか。店に入った時はざあざあ降りだった雨も、今は弱まって青をちらつかせている。

持ってきた文庫本はあと数ページで終わりを迎えようとしているので、そろそろ帰ろうかと顔を上げた。

温かいうちに飲めるか不安だったコーヒーは、本を読み始めて17分程度で飲み干してしまった。飲みすぎてしまった感が否めないが、この店のコーヒーはすごく私好みだった。


思い出したように彼の方を見ると、彼は変わらずに頬杖をついて窓の外を眺めていた。視線を辿ってみても、特別面白そうなものは見当たらなかった。

「ねぇ、」

声を掛けると、彼は窓の外を眺めたまま独り言のようにぽつぽつと話始めた。

「俺さ、好きな人が居たんだ。でも、好きだと思ってただけで、なにか話したりしたわけじゃなくて、ただただ一方的な片想いだったんだけど…」

どうして今、私にそんな話をするのか全く解らなかった。彼は私に何が言いたいのだろう。

別れ話がしたいのだろうか。私が嫌いだって言いたいのだろうか。いつの話をしているのか判らないけど、あまりいい気はしない。

目の前にいるのは私なんだから私の事を考えてほしい。過去の想い人も、今だけは記憶から抹消してほしい。私のことを見てほしい。私の前で知らない女の子の話なんてしないでよ…。


そう思うのは辞められなくて、自分はなんて醜いんだと自分自身を罵った。自分のこういうところが一番嫌いだ。

私だけが、彼を大好きだなんてそんなのは、酷く哀しくて恥ずかしくて、それを知ったときに寂しさばかりが込み上げて来てしまうだろうから。

そんな思いはしたくないから、だから自分はどれだけ彼のことが好きでも、素っ気なく振る舞った。

でも、どれだけ素っ気なく振る舞うようにしても、心の中は彼への想いが日に日に増す一方で、どんどん溢れていった。

本当はもっとくっつきたいし、甘えてみたりしたかった。ドロップ缶のアメにこだわる理由ももっと詮索したかったし、私の珈琲トークを彼が飽き飽きしながら聴いているシチュもしてみたかった。

どれもこれも嫌がられたらとか、嫌われたらどうしようとか、そんなことばかりが気になって直前で踏み止まってしまった。


何にせよ、私が好きな気持ちだけではこの関係を続けることはできないから、

私たちの終わりは近いのかも知れない。



その時は、最後に珈琲味のキスが欲しい。

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アメと珈琲 冬白海月 @littlestar0612

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