第3話 明太子の温やっこ

 俺は下田しただ いさむ。最近とみに豆腐が旨いと思うようになったアラフォーサラリーマンだ。

 そんな俺も、日常の機微で文学を綴れるのではないかと思い、日々の食事かてについて書いている。



 今日は何だか体が重く感じて、仕事が終わってから夕食の買い物もせずに帰ってきてしまった。レトルトカレーなりカップラーメンなり、何かしら食べるものはある。それよりも早く帰って休みたかった。


 ところが家に帰ってみると、確かに食べるものは色々ある。レトルトカレーもカップラーメンも買ってあるのだが……食べたいものがない。


 嫌いだからとかそういう訳じゃなくて、気分ではないというか。食べる前から体が受け付けない。これが大人の体というものか……。


 冷蔵庫に野菜室、レトルトやインスタントの食品棚、缶詰を入れてるカゴ、菓子を入れてるカゴ……特に目的もなく漁るが、これといった成果はない。最後に冷凍庫を見る。正直、冷凍庫は氷とアイスぐらいしか入ってないのだが。


「あっ……」


 明太子がある。先日社長が、福岡に旅行した時のお土産にくれたものだ。1人で一度に食べ切れる量じゃないから、半分冷凍しておいたんだった。


「明太子か……そういえば豆腐も1パック残ってたし、温やっこでも作るかな……」


 豆腐に出汁だから、野菜を添えれば食事として十分だな。出汁に明太子を入れてとろみをつけた餡の優しい旨味を、想像しただけで体が安らぐ気がする。

 思わぬ発見に、俺は少し前向きになって食事の準備に取り掛かった。



□□■


 食卓とキッチンを拭いて準備をしたら、いつもの特用昆布を鍋に入れ、出汁を取る。水は200グラムくらいでいいか。

 出汁が取れるまでの間に、野菜を切って洗っておく。冷蔵庫に残っていた小松菜と白菜をキッチンバサミで適当に切って、鍋に引っ掛けられる茹でザルに入れる。


 出汁が取れたら、鍋に豆腐と野菜の入ったザルを入れる。しばらく沸騰しないぐらいの火加減で、豆腐にじっくり火を入れる。豆腐と野菜は電子レンジで温めても良いのだが、出汁で煮た方が味の一体感が出る気がするんだよな。


 明太子は電子レンジで解凍する。今日使うのは1本の半分ぐらいなので、残りは一口サイズに切って冷蔵庫にしまう。使う明太子は、皮を外してほぐしておく。あと、出汁にとろみをつける用の水溶き片栗粉も用意しておくといい。


 豆腐と野菜に火が通ったら出汁は鍋に残したまま、軽く水気を切りながら器に盛り付ける。あとで餡をかけるので、少し深めの器にしておくと安心だ。


 鍋に残った出汁に明太子を加えてかき混ぜると、サラサラと桜色になって舞い上がる。とろみを付けるために火を強めて温度を上げながら、一口すすってみた。


「はぁ……うまぁ……」


 じわぁっと広がる昆布出汁の旨味と、明太子の塩気と辛味。汁気が多くなると味が損なわれるかと思いきや、明太子からも出汁が取れるのか想像以上の旨さになる。味は少し薄く感じるが、とろみを付けると塩味を強くなるのでこのままにしよう。


 出汁の旨みに浸ってる間に、鍋のふちからグツグツと泡が立ち沸騰直前になっていた。火を止めてお玉で鍋の中をかき混ぜながら、水溶き片栗粉を回し入れとろみをつけていく。ダマにならないようにキレイにとろみがつけられるか、緊張の瞬間である。


 ゆっくりと糸のように水溶き片栗粉を流し入ながら、優しくお玉で混ぜる。サラサラと舞っていた明太子が、とろみがつくにつれてゆったりと漂うように浮かんでいく。

 再度火をつけて、鍋を混ぜながら軽く沸騰させる。お玉で餡を軽くすくってたらしてみると、つややかに光を照り返しながらゆったりと流れていく。ダマもなさそうだし、我ながらキレイな餡ができたと感動する出来栄えだ。


 最後にもう一口味見をしてみる。


「風味が少し足りないか……」


 俺は醤油をほんの少しだけ――量ったとしたら小さじ1/2程度――入れた。これだけなのだが、味がしっかり締まってまとまって良い感じだ。



 出来上がった餡を、先ほど盛った豆腐と野菜に回しかけて明太子温やっこの完成だ。桜のような薄桃色の餡は、まるで花筏のようで美しい。


 冷めないうちに食べようと、ご飯を盛って食卓へ向かった。これはレンゲを使って食べよう。



□■■


 今日は白米と、優しい色合いの明太子温やっこ。豆腐と一緒に盛った白菜と小松菜の緑色も、何だか春っぽくて和む。


 豆腐をレンゲですくうと、うまくとろみのついた餡が豆腐の断面にキレイに流れていく。その出来栄えに満足しながら、俺は豆腐を口に運んだ。


「はぁ……旨い……」


 昆布の旨味に優しく包まれた明太子の餡がふわっと広がり、口の中でとろけた豆腐の甘味が体に染み渡る。野菜のほのかな苦味とシャキシャキした食感も、明太子の餡によく合って美味しい。


「はぁ……」


 味も香りも舌触りも優しいこの味に、今日食べたかったのはこういうのだったんだなぁっとしみじみ思う。心なしか白米を食べるスピードも、いつもよりゆっくりだ。一口食べるごとに、安堵のため息をついている気がする。


 ゆっくりと味わいながら食べたが、餡のとろみが優しい温かさを保ってくれた。


「はぁ……旨いなぁ……」


 食べ進めるごとに体の力が抜けていくのを感じる。今日は食べ終わったら早めに寝よう。そう思いながら、器に残った餡をすすって飲み干した。



■■■


 食事の片付けをして風呂に入り、上がったころにはすっかり眠くなっていた。

 食後は体が温まって少し元気が出た気がしたのだが、今日最後の体力が絞り出されてただけだな。


 布団に入って横になり、あれこれと思いを巡らせる。

 今日の明太子の餡、美味しかったなぁ。出汁でのばすとあんな優しい味にもなるんだから、明太子も奥が深い。それにしても明太子は、白米を何杯でも食べられるご飯のお供だと思っていたのに……今は一本食べるだけでも、二~三日かかっちゃうからなぁ。

 半分残った明太子はどうするかだが、おにぎりにしてお弁当に持って行くかな。合わせるのは大葉にしようか、マヨネーズにしようか……。


 そしておにぎりの味付けは決まることなく、俺は夢の世界に落ちていった。



==================


明太子の温やっこ美味しいです!

角切りにして、マーボー豆腐みたいにして作っても美味しいですよ。



■食材


・豆腐 150g~300g程度

・だし汁   200g

・明太子  40g程度

・片栗粉   大さじ1程度


■使う道具


・片手鍋

・水溶き片栗粉を作る小皿



■調理手順


1.片手鍋にだし汁を200g作る。昆布や鰹節からとっても、顆粒だしでもOK。


2.だし汁に豆腐を入れ、鍋の縁がふつふつする程度の弱火で加熱する。


3.明太子の皮を外し、中身を取り出しほぐす。


4.豆腐を鍋から取り出し、器に盛る。


5.鍋のだしの中に、ほぐした明太子を入れて混ぜ加熱する。


6.沸騰したら火を弱め、鍋をかき混ぜながら水溶き片栗粉を回し入れる。片栗粉を入れたら、沸騰するまで加熱する。味見をし、味が薄い場合は醤油か塩で調整する。


7.豆腐の上から6のだし餡をかけて、完成。

お好みで茹で野菜を添えても美味しいです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

拙作グルメ~お魚好きのおじさんが、ごはん作って食べるだけ~ 明桜ちけ @hitsukisakura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ