第2話 白子の昆布焼き


 俺は下田しただ いさむ。中小企業に勤めながらも土日祝日は休みのアラフォーサラリーマンだ。

 そんな俺も、日常の機微で文学を綴れるのではないかと思い、日々の食事かてについて書いている。



 土曜日は午前中に洗濯や掃除といった家事を軽く済ませ、散歩をしながら駅前へ行きパフェやケーキなどのスイーツを食べる。甘味に満足したら、日用品や夕食の買い物を済ませて帰宅するのが定番プランだ。


 昼のスーパーは夜と違って商品が充実している。加えて土曜日ということもあって、平日に比べてやや豪華な食材が並んでいるのが見ていて楽しい。

 鮮魚コーナーにはブリしゃぶセットにあんこう鍋セット、冷凍じゃない丸ごとの蟹も売っている。この店、蟹とか買えたんだな。


 鍋やパーティーで食べるような贅沢な食材が並ぶ中、俺はお宝――大好物の真ダラの白子――を見つけた。白子ポン酢にタチ鍋に白子天ぷら、食べたい料理が山ほどある。1月も末になってくるとシーズンオフが近い。この冬に悔いを残さないためにも満喫しなければ!


 実は、かねてから食べてみたい料理があるのだ。昆布の上で白子を焼くというごくごくシンプルな料理なのだが、どう考えたって美味しいに決まっている。今日の白子は量も状態もとても良い。しかも387円とは――高いと1000円近くすることもあるのに――今夜はこれで決まりだな。



俺は白子をカゴに入れると、湯豆腐用の豆腐と鍋用のカット野菜を加えてレジへと向かった。



□□■



 帰宅したのは十七時を少し過ぎたころ。夕飯には少し早いが、準備に手間取りそうなので支度に取り掛かるか。


 手洗いをして部屋着に着替えたら、片付けより先に昆布の準備をする。昆布の表面を、キッチンペーパーで拭く。湯豆腐用の小鍋に1枚、昆布焼き用に小さめのバットへ3枚の昆布を入れる。


 小鍋には300グラム程度の水を入れ、火をかけて出汁をとる。

 バットには料理酒を入れる。昆布が戻る程度に浸かっていればいいので、50~80グラム程度を入れるといい。こちらは20分ほど浸けておく。

 昆布焼きには大きい昆布を使った方が見栄えがいいのだが……その為だけに買うのも勿体ないので、家にある5センチ程度に切られた徳用昆布を重ねて使う。


 ここまで準備したら、今日買ってきたものを片付ける。夕食に食べるものは調理台の上に置き、そうでない食材は冷蔵庫へ。ついでに食卓を拭いて、カセットコンロを出しておく。

 それからすぐにお湯を湧かせるように、電気ケトルに水を満たす。熱湯を使う料理は、電気ケトルを使うとグッとラクになる。


 下準備もできたところで、料理にとりかかろう。

 出汁の取れた小鍋に、豆腐野菜を入れ弱火で火にかける。こちらはこのまま火が通ったら完成。


 白子は、まず海水の塩分濃度の水で洗う。海水の塩分濃度というのが大体3%ぐらいなのだが、家では500グラムの水に大さじ1杯分の塩を入れて溶かすとちょうど良い具合だ。ここに白子を入れて手でまぜると、水があっという間に濁っていく。洗い終わったらザルにあげて水を切る。


 次にキッチンバサミで白子を切っていく。白子のプクプクした部分を繋いでる薄い膜のようなものがあるのだが、これの黒い部分を取り除いて行く。黒い部分が無くなったら、あとは食べやすい一口サイズにちょんちょん切るだけだ。


 そしてサッと熱湯に潜らをせる。先程準備した電気ケトルの水を沸かし、ボウルに熱湯を入れ白子を30秒ほど浸す。長く浸けすぎると白子が固くなってしまうので気をつかう。

バットの昆布を見ると、いい感じに柔らかく戻っている。そして料理酒が思った以上に昆布に吸われず残っているな。この酒、出汁が取れて美味いんじゃないか?ちょっと舐めてみるか……。


「うんっまぁ‼︎」


 俺は下戸なので料理酒でも喉がチリチリするのが苦手なのだが、それを超えて旨いと言ってしまうほど旨味が凝縮されている。白子を焼くときに上から酒をかけて蒸し焼きにするのだが、これはかけたら絶対旨くなるやつ‼︎

 思いがけず出来た旨味たっぷりの昆布酒を、ウキウキしながら日本酒用の片口に移す。うんうん、器も含めてさらに美味しさが増した気がするな。


 昆布はバーベキュー用の直火OKなアルミ皿の中央に広げて敷く。そして昆布の上に白子を乗せて、昆布焼きの準備完了。昆布を3枚戻したのは多すぎかと思ったが、丁度いい塩梅に白子が盛れた。ヘヘ……これ全部食べちゃっていいんだよな。


 食事の前に調理で使った調理器具をササっと洗い、食卓の準備をして早めの晩餐を始めた。



□■■



 食卓にはカセットコンロに焼き網を乗せ、その上に山盛りの白子が乗ったアルミ皿。傍には湯豆腐の入った一人鍋用の小さな金色アルミ鍋。こういう赤提灯の木造居酒屋で出てきそうな雰囲気、良いよなぁ。



 ツヤツヤの白子の上から片口の昆布酒を回しかけ、カセットコンロの火を着ける。ほんの数秒で昆布酒はプクプクと沸き出し、皿の端の薄く酒が広がった部分は焼けて焦げが出来る。

 白子が程よく半分ほど乳白色に焼けてきたら、全体を割り箸でひっくり返して更に加熱する。あまり強火で加熱すると白子が硬くなってしまうので、弱火寄りの中火でじっくり加熱していく。


「そろそろいいか」


 いよいよ実食。まずは一口、何も付けずに食べてみる。


「うんんん……‼︎」


 口に広がる熱々クリーミーな白子、昆布と合わさった濃厚な旨味。想像を遥かに超える味に、思わず唸ってしまった。


「はぁ……何だこれは……神の食べ物か……?」


 これは旨すぎる、旨すぎて食べることだけに脳が集中してしまう。クツクツと焼ける白子を眺めながら、塩や醤油をかけながら食べる。なんて幸せな時間なんだ。


 はたと白子を食べるのに使っていた小皿を見ると、醤油や白子のくずがたまってタレのようになっていた。


「これを湯豆腐にかけたら美味しいのでは?」


 美味しいに決まっている。俺はとんすいに湯豆腐と白菜を盛り、上から白子のタレをかけた。まずは白菜から食べてみる。


「はふっ……うまぁ……‼︎」


 顔が自然と上を向いて、肩の力が抜ける。濃厚さと塩味に、白菜の甘味が加わり口に広がる。そしてジュワッと滲み出した出汁の温かさが、優しく体に染み渡る。滋味だなぁ……。

 次は豆腐にかけてっと。


「うんまい」


 自分でも顔がクシュっとして笑顔になってるのがわかる。旨いわぁ、本当に旨い。箸が止まらない。白子と一緒に、湯豆腐をあっという間に食べきってしまった。


 そして食事の〆の白米。もちろん白子で食べる。

 醤油を付けた白子を白米の上に乗せ、米と一緒に口へ運ぶ。白子のクリーミーさに包まれながら、慣れ親しんだ米の甘味が口いっぱいに広がっていく。


「ああ……ここは天国か…………」


 これは好きな白子料理ランキング1位を更新してしまったな。これはもう、毎年作るしかない。熱々の白子と白米を、次から次へと口に運んで幸せを噛み締める。

 ただ思ったより焼き色が着かなかったんだよな。今度、炙り用のガスバーナー買っちゃうか。大した金額じゃないんだが、家でそんなに回数使うか考えると買い控えてしまっていたが……このためだけに買っても良いかもしれない。


 そうこう考えているうちに、俺は白米も完食していた。



■■■



「意外と食べきらなかったな……」


 腹が十分に満たされたころ、白子は三分の一ほど残っていた。まぁ、湯豆腐と白米も食べてるからな。

 美味しいものはいくらでも食べられると思っていたが、大人はそういう無茶はしちゃいけない。食事との適度な距離感も、また美味しさの秘訣なのだ。


「残りは明日、味噌汁にして食べよう」


 アルミ皿に残った白子と昆布の旨味たっぷりの残り汁に、味噌の風味が合わさる。味噌味で食べる白子も旨そうだな。


 明日に続く余韻を楽しみながら、俺は食卓を片付け始めたのだった。




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真ダラの白子大好きです!!

シーズンオフになる前にこの話を掲載したくて

連載早めました。

良かったら試してみてください!




■食材


・真タラの白子 200~300g

・昆布     乾燥状態で10㎝程度

・料理酒    昆布を戻す程度(80~100g)




■使う道具


・昆布を戻す容器

(作中では小さめのバットを使用)

・ボウル

・ザル

・キッチンバサミ

・電気ケトル

(熱湯の用意に使用。鍋でも良い)

・直火OKのアルミ皿

・カセットコンロ

・焼き網




■調理手順



1.昆布を容器に入れ、料理酒に浸けて戻す。


2.ボウルに海水の塩分濃度の水(水500gに塩大さじ1を溶かしたもの)を作り、白子を入れて洗う。洗らい終わったら白子をザルにあげ、水を切る。


3.白子をキッチンバサミで、膜や黒い部分を切り取りながら一口大に切り分ける。


4.熱湯を用意する。白子を30秒ほど熱湯に浸し、ザルにあげて湯を切る。


5.アルミ皿の中央に戻した昆布を敷き、昆布の上に白子を乗せる。昆布を浸けていた料理酒は残しておく。


6.カセットコンロの上に焼き網を乗せ、その上に白子のアルミ皿を乗せる。白子の上から昆布を浸けていた料理酒を回しかけ、コンロの火を着ける。


7.白子を両面しっかり焼いたら完成。お好みで塩や醤油をかけてたべても美味しい。

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