キラーチュー
ゆうみ
キラーチュー
誰でも簡単に、彼女に惚れてしまう。だけど、それって本物なのか?
彼女の名前は君塚美紀。我が高校一の有名人である。理由は明快、彼女は有名アイドルグループの人気メンバーで、ドラマやバラエティなどにも引っ張りだこの芸能人なのだ。
だから、登校してくる頻度は非常に低い。彼女の顔を見た日は幸運だなんて言われるくらいだ。最近はテレビの時代は終わったなんて言われているけど、結局どいつもこいつもミーハーじゃないか。
「なあ、今日君塚さん来てるらしいぞ」
「本当か! 今教室にいる?」
「いや、なんかドキュメンタリー撮ってるらしくて、学校中回ってるんだってさ」
「よし、探しに行こうぜ」
教室が彼女の話で湧いていた。
俺は白けた目で興奮している奴らを見る。こいつらは、彼女の何を知っているというのだろう。
テレビ画面を通して見る人間なんて、虚飾の極みに決まっている。綺麗な笑顔も猫なで声も、芸能界に少しでも残存するという欲望を成就するための生存戦略だ。それを真に受けて、「かわいい」だのなんだのと言っている奴は、考えると言う能力をノックアウトでもされているのだろうか。
僕は時計を見て、席を立った。昼休みはあと二十分ほどある。ちょっと、校内の巡回でもしようか。ずっと教室に残っても、次の授業の単語テスト対策くらいしかやることがないのだし。
廊下に出ると、スピーカーから彼女のソロデビュー曲が流れ出した。グループとしてではなく、初めて一人で歌った曲だ。彼女はそもそも、お世辞にも歌が上手いとは言えないし、かと言ってダンスが達者というわけでもなかった。努力で見られる水準にはなっているとは思うけど、プロというにはちょっと無理がある。
そんな状態でのソロ曲だ。たくさんの批判がネット上には溢れていた。だけど、ファンはそんな批判に見向きもせず、ただひたすらに彼女の「かわいさ」を褒め称えていた。ソロデビューおめでとう、いい曲だね、これからも頑張って、連なるコメントは、表面上は絶賛の嵐に見えるけど、なんだか僕には途方もなく空虚に見える。
「体育館にいるらしい」
「よし、行くぞ!」
三人くらいの男子生徒の群れが騒ぎながら走っていった。第二後者の二階でその声を聴いた僕は、急に外の空気が吸いたくなって外に出た。ちょうど、雑草の緑で溢れる体育館裏なんて、ちょうどいい空気がたまっていそうだと思う。よし、行こう。
百人はいるかもしれない。体育館の入り口には、夏場のアリの巣みたいに人間が群れていた。僕は彼らの後ろを大きく回って、体育館裏の方へと向かった。そこにも何人か人はいて、裏口から中を覗いているようだった。
「見えるか?」
「ちょっと、でも遠い……!」
「双眼鏡でも持ってくればよかった!」
「そんなの学校に常備する奴いねえよ」
僕は彼らの後ろに生える樹に上り、枝から裏口の上に張り出すでっぱりに飛び乗った。黒い黴か何かで汚れた場所だが、吹いてくる風は気持ち良いため、総合評価としては居心地が良いと言えるだろう。僕はポケットから双眼鏡を取り出して、体育館の中を覗いてみた。
バスケットゴールのすぐ下でドリブルをしている生徒がいた。制服のまま、慣れていない様子でボールを叩いている。数回だけ弾ませると、手に取って、ゴールに向かってシュートした。リングに当たってあらぬ方向に飛んでいく。彼女はそのボールを慌ただしく追っていた。そしてボールを拾って顔を上げた時、僕の方を見た。
彼女は驚いたようにちょっと仰け反ったけど、すぐに気持ちを切り替えて、にっこりと笑ってみせた。だけど、撮影クルーに悟られないよう、大きなアクションは起こさないまま、何事もなかったかのようにカメラの前に戻っていった。
風が凪いでいたようだ。僕は黒い黴だらけの場所から飛び降りて、雑草のクッションの上で足を挫いた。痛みに悶えながらも、声は漏らすことなく、その場から立ち去った。
少し前の話になる。
彼女が新たなドラマに出演することになった。大手出版社の出すこてこての恋愛漫画だった。既刊を全て読んだけれど、男が読むにはちょっときつかった。こんな男がモテるのか? どうせイケメンに限るんだろうが。そんな感想しか出てこなかったからだ。
まあ、面白さはどうでもいい。問題はキスシーンがあることだった。
主人公とだけじゃなくて、このどんくさいヒロインは、サブの男たちからも唇を奪われてしまう。
ドラマでやるなら、おそらく七巻くらいまでだろう。それまでに存在するキスシーンは計三回。だけどドラマというのは視覚的な効果を強調しようとするから、原作なんか無視して勝手に付け足すかもしれない。
これで彼女はまた、多くの人から愛されることになるのかもしれない。どこまでも軽い「かわいい」という言葉が溢れ出す、そんな未来が見えた。
そして、それに相関するように、侮蔑的な言葉が増えていく。彼女は演技だって上手くはないから、宣伝効果しか狙ってないキャスティングだとか、そんな風に言われる未来は誰にだって予見できる。
彼女だって、予見できる。バラエティの所為で、彼女は馬鹿に見えているのかもしれない。でも、人の心に敏感だからこそ、彼女は自分を商品としてに
金儲けができているのだ。
「もう撮影終わりで帰るって」
「へえ、よかった」
教室は女子ばかりだった。男どものむさくるしさはない、けれど決して空気が良いわけでもない。どうにも椅子に座っているのが苦痛で、だけど遠くに行く気分でもなくて、僕は廊下に出た。階下にシルバーのバンが止まっているのが見えて、そのバンをじっと眺めた。
「お疲れ様です」
と言いながらスタッフに頭を下げている彼女がやって来た。車に乗り込みながら、見物する生徒に手を振っている。僕は頭を下げて彼女の視界から消えた。車のエンジン音が聞こえた時、もう一度窓の外を見た。
「お疲れ様」
僕がそう言うと、逃げ出すようにバンが発進して、校門の外の世界へと消えていった。
キラーチュー ゆうみ @yyuG_1984
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