刑務所でも執筆を続ける極道だけどあまり環境がよくないから知略を尽くして改善する話

暮伊豆

知略を尽くして

儂の名は瀧川剛三たきがわごうぞう。泣く子も黙る関東一の広域指定大組織、極悪組の組長だ。

最近の儂の話を聞かせたろう。


大手出版社の受付で迂闊にも名刺を出してしまった儂は、あっさりと通報され逮捕された。儂ら極道は素人さんに名刺を出すだけで有罪とされる世の中なんじゃあ。


なぜ儂が出版社なんぞに行ったかって?

そんなもん決まっとろうが。儂が『瀧川チェリー』名義で書いた小説『地味系リケジョの私がイケメン極道を助手に雇ったら超肉食系で雪だるまも溶けるほど愛を囁いてくるの! やめて! 私のハートが臨界しちゃう!』が!

森の妖精社ラブラブラズベリー杯で大賞をとったからじゃあ! そして儂はお気に入りの紋付き袴で森の妖精社本部ビルの授賞式に赴いた。そこで浮かれていた儂はつい、普段の名刺を出してしもうた。


もちろん授賞は取り消し、儂は収監された。


だが、世の中悪いことばかりじゃないようでのぉ。刑務所ムショでは独房、刑務作業も免除。どうもお上はとことん儂を隔離したいようでのう。まあおかげで思う存分新作を書くことができるってわけなんじゃあ。


そんな順風満帆に見える儂だが、やはり甘くはなかった。紙と鉛筆が足りんのんじゃあ!

担当センセイが言うには『規定通りにしか渡せん』じゃとよぉ。

くっそ、儂の溢れるアイデアをどうすりゃあ形に残せるんじゃあ! 刑務作業がないせいで適当にくすねることもできゃあせんし!


だから儂は考えた。

今までのように思い付いたままを書くのではなく、頭の中でしばらくキャラを動かしてみてストーリーを練る。

儂の心の師匠『ラズベリー桜子』先生によると『プロット』たら言うもんを作ることが大事らしい。いきなり書いて、だめならやり直す方法も悪くぁねぇが、今の儂には余分な紙も鉛筆もねぇ。一文字一文字を大事に書く他ねぇ……


これが儂にはえらく難しいんじゃあ……




そんなある日、ラズベリー桜子先生から新刊と手紙が届いた。授賞式があったあの日、本来なら儂は先生手ずから賞状を受け取るはずだった。先生も儂の作品をお読みくださり、面白いと言ってくだすったそうだしの。

そんな桜子先生はこうして新刊が出るたびにわざわざ手紙を添えて送ってくださる。儂なんぞにたいがてぇことよ。


おっ、前回儂が送った新作『博徒系極道の儂が腹ペコ系リケジョを餌付けしたら超感謝されてお礼に白い薬を精製しようとしやがる!やめろ!うちの組はお薬ご法度だ!』の感想を書いてくだすってるな。ありがてぇありがてぇ。




ああ……もっと書きてぇなぁ……

娑婆しゃばにいた頃ぁパソコン使ぉて小説投稿サイト『小説家になったれや』に投稿していたもんだが……

ムショからじゃあ無理だ。こうして紙に書いて、桜子先生に読んでもらうことしかできねぇ。


何かいい方法はないもんかのぉ……




「むっ? 5910番! その本は何だ!」


こんな独房にも週に二、三度は立ち入り検査が来る。熱心なこって。


「おや担当センセイ、検閲されたのではなかったですかい?」


「いいから見せろ!」


「どうぞ。」


「むっ? これはどうしたことか! なぜこんなに大きくサインが入っておるか!」


「そりゃあ桜子先生のサービスなんじゃないんですかい?」


おやおや? この担当もしかして桜子先生のファンかぁ?


「桜子先生がこのサイズのサインを書いたなどと聞いたこともない! 言え! どんな手を使った!」


1ページをまるまる埋め尽くすサイズのサイン。おまけに花押まである。くくく。


「どんな手も何も、儂はただ先生の弟子ってだけですぜ? ムショに入った儂を哀れに思った先生が気を利かせてくだすっただけじゃないんですかい?」


「なっ!? 一番弟子だと!?」


そんなことは言っとらんし弟子ってのも儂が勝手に思い込んどるだけ。この担当は本当に先生のファンなんじゃの。こりゃあ使えるか?


「こうして儂の作品の感想と批評まで寄越してくださるんですぜ。頭が上がりませんや。で、担当センセイ? もしかしてアンタぁラズベリー桜子先生の大ファンなんで?」


「なっ、ち、ちがっ……」


「そうでしたかい。そりゃあ失礼しやした。いやぁもしファンだったら一緒に先生を囲む会なんかに出席するのもいいなぁと思ったんですがねぇ?」


そんな会があるのか儂ぁ知らんがなぁ。


「ぬおっ!? な、なんだと!? そ、そんな会に、お、俺が!?」


「いやぁファンでないなら関係ありゃせんねぇ。いやぁ残念残念。それにどうせ儂が出所してからの話ですしねぇ。いやぁ残念だのぉ。まだまだ刑期ベントウが残ってますけぇねぇ?」


儂は模範囚のはずだし、あと一年もすれば出られるとは思うが……実際はそうはいかんわなぁ……お上はここぞとばかりに極悪組うちを叩いておきたいだろうしのぉ……


「むっ、そ、そうだな、まだ、先の話だな……」


「ところで桜子先生の次回作に興味はないんですかい?」


「なんだとぉおおおーー! 新刊が出たばかりでもう次回作だとぉおおおーー!? い、言え! どんな作品だぁ!」


「落ち着いてくださいや担当センセぇ。まだ出回ってない情報ですぜ? 絶対誰にも言わないって約束できるなら儂だって話せるってもんでさぁ。もし担当が本当に桜子先生のファンならね?」


出回ってない情報だから儂も知らんがな。


「言えぇえええーー! 俺は十年前からラズベリー桜子先生の大ファンなんだよおおーー! デビュー作の『恋のラズベリー大作戦』に始まり『ラブラブラズベリーキッス』シリーズだって全部持ってる! 最新作『傾国のラズベリー』だって発売日に買った! そうだよ! 認めるよ! 大ファンなんだよおおおーー!」


くくく。そうかいそうかい。いけねぇなぁ担当よぉ。極道に弱みぃ見せたら……とことん搾り取られるぜ? くくく……


「そうですかい。そんなにも大ファンでしたかい。それなら桜子先生もさぞかし喜んでくださるでしょうとも。儂が一言言っておけば囲む会に出席できる可能性もありやすぜ。まあ確約なんぞできやせんがね?」


「言え! 条件を! 何が欲しいんだ! 言えぇーー!」


くくく。落ちたな。所詮は若造だな。極道の世界を生き抜いてきた儂から見れば甘い甘い。桜子先生の作品ほどではないがな。あの格調高い作品世界のとろけるような甘美さと比べたら、いたずらに砂糖をぶちまけただけの甘さよぉ。


これでこいつはもう儂に逆らえない。さぁて何をさせてやろうかの。仮釈放の申請だって可能だのぉ。くくく。




「5910番! 補充だ!」


「これは担当センセイ。いつもありがとうございます。」


くくく、こいつを抱き込んだおかげで紙も鉛筆も手に入れ放題。贅沢を言えばお気に入りの万年筆も持ち込みたかったがな。さすがに無理だったか。

その代わり資料には事欠かなくなった。ムショじゃあ刺激的な内容を墨で修正された詰まらん本しか読めないのが普通だが、儂は違う。担当の権限が及ぶ限りだが、ほぼ修正なしの本を読むことができるし種類も豊富。これは大きい。

おかげでますます執筆がはかどるってもんよ。


そして何より大きいのが、パソコンだ。

と言ってもネットには繋がらず、ワープロ機能しかないやつだ。万年筆は無理なのにパソコンがどうにかなったのには儂も理解できんがな。

普段は紙にアイデアや文章を書き綴る。それを週に一度、担当が持ってくるノートパソコンに清書する。すると担当が後日『チェリー瀧川』名義で『小説家になったれや』に投稿するわけだ。さすがに以前のアカウント『瀧川チェリー』はもう残っていない。作者である儂が逮捕されたため、いわゆる『垢BAN』とやらをくらったらしい。

悲しいのぉ……結構たくさん書いておったんだが……仕方ないか。




それにしてもここまで長かったわい。桜子先生の好意に甘えることにはなっちまったが、新刊をお送りくださるならサインをどんと大きくお願いしますと頼んだ結果だ。

大人気の桜子先生だ。刑務官かんの中にファンがいたって全然おかしくはない。そんなファンならばあのサイズのサインを見れば黙ってはおれまい。くくく、儂の釣り針に見事にかかりおって。

仮釈放を頼んでもよかったが、まだ出るわけにぁいかねぇ。次の『森の妖精社ラブラブラズベリー杯』に出せる作品が完成するまではのぉ。


見ててくだせぇやラズベリー桜子先生!

儂ぁやったりますぜ!

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刑務所でも執筆を続ける極道だけどあまり環境がよくないから知略を尽くして改善する話 暮伊豆 @die-in-craze

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