第34話 なれるかな


 ここ数日でとてつもない猛暑を記録する日々が続いているが、それは俺たちの周りでも変わらない。教室や部室でも空調を行き届かせているし、部活では部長である柚姉から適度に水分を補給することを命じられている。室内活動の文化部である天文部でさえこれなのだから外で活動する運動部はさぞかし大変だろう。


 だがそんな俺も、とうとう部活の面々と外へ繰り出す時がやってきた。それも最高に気まずい場所へ。



「ねぇ楽、こっちの水色のやつどう?」



 俺と新垣は柚姉のファッションショーならぬ水着試着会にかれこれ一時間近く付き合っていた。恥じらいが戻った新垣でさえ結構早めに水着を決めたのに、こだわりが強い柚姉は新垣の倍以上の時間がかかっていた。



「というか仮部員、恥ずかしがるなら来なければいいのに」


「べ、別に恥ずかしがっていません!」


「なら、もう一着くらい選べば?」


「うっ、それはその……お金がないです」



 二回連続で狂気に走りそのたびに正気に戻る新垣。もはやバーサーカーなのではと疑いたくなるが、今日の待ち合わせの時点ですでに正気に戻っていた。やはり異性である俺に試着とはいえ水着を見られるのは恥ずかしかったようだ。それも別に着るわけではないのに新調するという謎の行為がさらに恥じらいを高めていた。


 その姿がめちゃくちゃ可愛いと思ったのは本人には内緒だ。柚姉には気づかれていたのか睨まれてしまっていたが。



「というかいい加減に決めてくれない? 一番恥ずかしいのは俺なんだけど?」


「眼福の間違い、でしょ?」


「目に毒だっつーの」



 女性の水着売り場に男が一人。新垣が隣に立ってくれているとはいえ恥ずかしいことに変わりないのだ。先ほどから店員には訝しげな目で見られているし、他の女性客に至っては不審者を見るような目だ。肩身が狭いどころの話ではない。



「うーんと、とりあえずこれとこれをあれして……」


「柚姉、どうしてさっきから癖のある水着ばっかり選びがちなの?」


「私、普通が嫌いなの」


「アニメの見すぎ?」



 極端に布面積が少なかったり、絶対にそんなところにいらないだろって位置にフリフリがついていたりなど、少なくとも普通ではチョイスされないようなものばかりを着続ける柚姉。先ほどから俺や新垣だけでなく周りの人の目も惹いてしまっているのでこれ以上は店にも迷惑かもしれない。



「というか、あんなに即決できる楽が異常」


「そりゃ、男物の水着なんて大差ないだろ。柚姉に言われなきゃ学校指定のやつで行こうとしてたし」


「それは当日隣に立つ私が恥ずかしいの」



 そういうわけで俺も予想外の出費をしてしまった。というか水着ってどうしてあんなに高いんだろう? どうせひと夏しか着用しないのに……



「それで、楽はどっちが似合うと思う?」


「その質問も何回目なんだか……どっちもやめてあっちの棚にある無難なやつがいいと思う」


「え、何が不満なの?」


「布面積!」



 柚姉、三回に一回は布面積が極端に少ないものを選択肢に加えてくる。おそらく俺と新垣の反応を見て面白がっているのだろうがこちらとしては純粋に心臓に悪い。というかそんなものを着てプールに行こうものならナンパ野郎が寄り付く以前に即座に係員に指導されるわ。


 そうして何度かコントのようなやり取りをして柚姉はようやく水着を決め購入に行った。総括してかなり時間がかかったのでさすがに精神的な面で疲弊した。女の子の買い物は長いとか世間で言われていることを耳にしたことがあるが、これはそういう問題ではないような気がする。


 何か柚姉、俺がいちいちリアクションするのを楽しんでいた節がある。



「アハハ、大変だね楽くんも」


「ほんとだよ。というか新垣、もうデフォルトで下の名前呼びなんだな」


「もうこの際こっちで統一しちゃおうかなって。楽くんもこっちの方が親近感がわくでしょ?」


「まあ、そう……なのかな?」



 気恥ずかしさが上回ってちょっと感情の整理ができていない。そんなタイミングで柚姉が満足そうに店から出てきて俺と新垣の間に割り込んできた。



「もう、楽ってばすーぐに浮気するんだから」


「いや浮気て。なんで俺が柚姉と付き合ってるんだよ」


「今の内から尻に敷いておこうと思って」


「全力で阻止してやる」



 ガルルルルという鳴き声が聞こえそうな表情で柚姉を威嚇する俺。この水着売り場で一時間以上拘束した時点で俺の柚姉に対する警戒心はピークだ。この調子では当日に何をされるかわかったものじゃない。



「仮部員、重いから荷物持って~」


「後輩をこき使おうとするな。あと新垣、素直に受け取らなくていいんだぞ?」


「ハッ!? 気が付けば体が勝手に……」



 受け身姿勢の新垣も徐々に柚姉に染められているらしい。俺は新垣から荷物をひったくるようにして受け取り空いていた左手に持つ。すると柚姉はなんやかんやで嬉しそうに俺の隣に立って歩き始める。



「いやぁ、楽は優しいねぇ。女の子の荷物を持ってあげるなんて」


「そうだな。どっかの誰かが荷物を持つのを面倒くさがらなければ絶対に怒らなかったシチュエーションだな」


「まあまあ、後でクレープ奢ってあげるから」


「ったく……一番高いの注文してやる」














 二人のやり取りを一歩下がって見つめる新垣。



(いいなぁ。仲が良くて)



 二人の関係性を心の底から羨ましく思っていた。自分には心の底から信頼できる人なんて家族と小鳩くらいしかいない。昔から異常に告白されそのたびに断りまくっていた私は交友関係もロクに築くことができなかったのだ。それでも仲良くしてくれる人は少なからずいたため寂しくはなかったが、それでもクラスの一部からはやっかみを受けていたのだ。



(なれるかな……あんな風に)



 いや、あれ以上に。正直なところ分からない。いや、本当は自分がどうしたいのかすらまだよくわかっていないのだ。


 そんな時に思い出す姉の言葉。



『人間はね、欲望に忠実に生きるべきなんだよ。だって人間なんだもの。』




 その後姉は働きたくないとか囁いていたため一見クズのような発言とも受け取れるが、今の私に必要なものなのかもしれない。感情を押し殺すことの多かった私に、大きく欠けている要素。



 もっと……素直になってみる。



「ってうお!? 新垣?」



 私は少し小走りで彼の隣に立ち一緒に歩いていた。女の子二人で挟み込む形になってしまったが、それでもいいだろう。着実な第一歩。



「ねぇ楽くん、今度私とも水着でプール……ううん、海にでも行こう?」


「ちょ、仮部員! 私に断りもなくぅ!!!」



 そうして私の言葉に、楽くんは……



「えっと……考え、とく。前向きに」


「ちょ、楽ぅ!」



 了承……してもらえたらしい。それだけで私は少しうれしかった。



(よーし、ガンガン攻めて攻めまくるぞ!)



 どうせ部長に先攻を奪われているのだ。なら、ガンガン行ってもバチは当たらない、よね?

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クラスで一番かわいい女子と友達の関係でいられなくなるまで 在原ナオ @arihara0910

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