第33話 ちょっと待った


「ねぇ楽、旅行行きたい」



 いつもと同じ部活。その中で柚姉がそんなことを言い出してきた。つい先日は新垣が変なことを発言してきたが今度は柚姉のターンだと言わんばかりのどや顔だ。しかし、旅行ね。なるほどなるほど。



「いいけど、どこに行くの?」


「北海道」


「却下」


「沖縄」


「却下」


「ハワ……」


「却下」



 一度了承したうえで惰性で話を続ける。これが俺の経験則によって培われた柚姉との疲れない接し方だ。



「じゃあ……プール」


「どこの?」


「電車で十分くらいの場所」


「なら、許可」


「いえい」






「って、ちょっと待ったぁぁぁ!!!!!!」




 俺たちが旅行(?)について談義していると先ほどからずっと静かだった新垣が唐突に声を荒げて叫んできた。先日の奇行のせいでこのところ尻ずぼんでいたのだが、ちょうど今復活したらしい。



「えっ、なんでナチュラルに旅行の計画立ててる!?」


「柚姉がそう言ってたから」


「にしても小鳥遊君もなんか手馴れてたよね!? あと、プールに行くのは旅行どころか日帰り旅行ですらないよ!?」


「そういえばそうだな」



 どちらかといえばデートである。



「というかそんなことよりもう一度言うけど、なんか小鳥遊君手慣れてない?」


「そうか? 割と適当に相槌打ってるだけだけど」


「それは人としてどうなの……」



 疲れたと言わんばかりに机に突っ伏す新垣。どうやら文句を言うのも馬鹿らしいと気づき始めているのだろう。確かに『いいかもな』と同意したものの、行くとは言ってないからな俺。



「というわけで楽、今週末一緒にプールデートしよ」



 と思っていたら柚姉は気づいていたといわんばかりに俺のことを堂々と誘ってきた。しかも開き直ってデートって言いなおしてるし。そうして再びガバッと立ち上がりムムムッと唸り声をあげ柚姉のことを見つめる新垣。



 にやけながら俺を見つめる柚姉

 新垣のテンションの起伏に魅入る俺

 柚姉を仇のように睨む新垣


 もはやよくわからない三つ巴が狭い部室の中で完成してしまった。なお有利とか不利の相性はない。


 そんな中での俺の答えは……



「別に、いいけど」


「小鳥遊君!?」



 まあ、別に行ってもいいかという答えだった。というより、断る理由がないだけなのだが。新垣は先ほどまで机に突っ伏していたのに立ち上がって今度は俺のことを食い入るように見ていた。そんなに意外だったのだろうか?



「やりぃ~水着新調しよっと」



 軽口を叩くように棒読みで大袈裟に喜ぶ柚姉。それを見て複雑そうな顔になる新垣。もしかして彼女も行きたいのだろうか?



「新垣も行くか?」


「え、いいの! うっ、でもその日は家族と予定がっ……」


「仮部員、無様」



 どうやら新垣は既に予定が入っていたようだ。それならば悪いけど仕方がないということで諦めてもらうしかないか。あと柚姉、新垣がぷるぷる震えているから煽るのは勘弁してやってくれ。俺の心臓にも悪い。



「というか、なんで旅行、もといデートなんて?」


「暇」


「あんた受験生やろがい」


「受験勉強、あきた」



 とても受験生が言うとは思えない発言をした柚姉。まあ確かに柚姉は成績がいいし気にするほどでもないんだろうけど、そういう態度をとるせいで澪が増長するからマジでやめてほしい。澪が今の性格になったのは半分くらい柚姉の責任だと思っている。なにせ昔からずっと一緒に過ごしてたからな、俺たち。




「仮部員、お土産は買わないけどお土産話ならたっぷり聞かせてあげるから胸を弾ませて待ってて」


「別にお土産を求めてるわけじゃ……」


「あっ、弾む胸がないか」


「イラッ」



 自身の胸を庇うように抑え、顔を真っ赤にして怒り心頭の新垣。一応新垣も小さいというわけではないのだが、柚姉が大きすぎるのだ。あれと比べるのが間違っているというか、脳に行くべき養分がそっちへ向かってしまった悲しい人種だと俺は思っている。

 そのうえで俺より頭がいいのが本当に癪だが。



「ねぇ楽、せっかくだし一緒に水着を……」


「パス」


「……いけず」



 こちとら家事をしない妹のせいで毎日が忙しいのだ。本当はバイトがしたいのにやる暇さえ与えてくれない。あいつが高校生になったら少しは変わってくれるだろうか?



「ねぇ小鳥遊君、そういえばさっきは流しちゃったけど、デートとか、その、気軽にしてるの?」


「一緒に出掛けるのをデートと言うのなら、確かにそうかもしれないな」



 この前の澪との水族館は別で、主に買い物だが。



「そういえば二人って、どういう関係性?」


「そりゃもちろんラブラブカップ……」


「所々不出来な姉と、それを致し方なく見守る弟」


「ねぇ楽、私にも感情というものがあるんだよ? そろそろキレていいかなぁ?」



 そんなこと言われても本当にそれ以上の関係性がないのだ。昔から澪と揃って仲良くしていたせいで、異性とかを通り越して家族みたいな関係性になっている。先ほどデートに行こうと言われて戸惑ったりしなかったのもそのせいだ。想像してみろ、家族からデートに行こうと言われ休日に駆り出されて、ときめく奴がいるか?



「でも、仲が良いのうらや……なんでもない!」


「仮部員に入り込む隙は無いけど」


「……」



 煽りに煽られて普段はニコニコ顔を突き通している新垣もとうとうこめかみに血管が浮き出ている。しかも笑顔なので俺でさえちょっと怖い。いや嘘、かなり怖い。新垣って落ち着いているように見えて意外と情緒が不安定だから、何をしでかすかわからないのだ。その辺は澪と同じかもしれないが。



「ふ、ふーんだ。私なんて小鳥遊君とお家でお菓子作りしたもんねー」



 とうとう柚姉に煽り返した新垣。そんな子供っぽい挑発にさすがの柚姉も……



「ドウイウコト楽? ワタシキイテナイ」



 いやのるんかーい。そういえば何気に先日のお菓子作りは柚姉に秘密にしていたので何も言っていなかったことに気づく俺。俺はバレても別に何の問題もないのだが、柚姉は違ったらしい。そもそも新垣はああいうのを隠したいタイプだと思っていたのだが……



「美味しかったなー小鳥遊く……楽くんのお菓子」



 ここであえて下の名前で親しげに呼んでくるあたり、何気に新垣も大人げない。この中で一番子供っぽいのは間違いなく柚姉なのだが、それに匹敵する意地の悪さだ。まあもう一人の子供が向こうでぷるぷるし始めているため認識は変わらなさそうだ。



「楽、やっぱ水着選び一緒に来て」


「え、いや、でもめんどくさ……」


「来て」


「ああいうところって、男は……」


「来て」


「わ、わかったよ」



 ものすごい圧で押し切られた俺。何故だろう、自分の(これといってないが)趣味や予定以外でどんどんスケジュールが埋まっていく。これはいいことなのか悪いことなのか。なんとなくだが限りなく後者な気がする。



「そ、それなら、私も行く!」


「え、仮部員はプール来ないんじゃないの?」


「まさか当日に選ぶわけじゃないですよね? それなら私の予定は空いているのでお供出来ます。いえ、行きます」


「へぇ、今日は押しが強いじゃん」


「二人だけで行かせるとロクなことにならなさそうなので」


「仮部員、プール行くわけでもないのに水着見るってさもしくない?」


「べ、別にいつか着るかもしれないし良いんです!」



 そう言ってバチバチと火花を散らす二人。この前まで俺と柚姉でほのぼのやっていた部活が、今やちょっとした修羅場と化していた。



 何でこうなったんだろう(←天然気味)



「それじゃ楽、今週の金曜日の放課後に待ち合わせね!」


「絶対だよ!」


「ああ……うん、はい」



 そうして、間違いなく気まずくなるであろうショッピングが決定したのだった。










——あとがき——

更新頻度遅くてすみません。よければフォローやレビューコメントなどをよろしくお願いします。


追伸:作者は不眠症気味です(涙)

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