第32話 馬鹿なの?


「ふぅ……よし、小鳥遊君」



 俺が部室へ向かうとすでに来ていた新垣と怪訝なまなざしで新垣のことを見つめる柚姉。やはり柚姉も今日の新垣には違和感を覚えているようだ。そしていつも何か苗字予備に戻っている新垣。やはり名前予備はまだ敷居が高かったようだ。



(っていうか『ふぅ』って……何する気なんだよ)



 俺はそのまま新垣の出方を見る。期待はしていないさ期待は。うん、ちょっと緊張するけど。

 そして新垣は何を思ったか俺の方へと近づいて肩にポンと手を置いて軽く叩いてくる。え、しゃがめってこと? そう解釈した俺はほんの少しだけ姿勢を下げる。すると新垣はそのまま左腕を俺の首に伸ばして……



「とぉ!」


「ふげぇっ!?」



 そのまま首を絞められた。え、これってヘッドロック? というか俺の顔が新垣の胸元に! ちょっといい匂いと柔らかい感触がするけど、新垣意外と力つよ……うっ



「ちょ、仮部員! お前とうとう頭がイったか!?」



 慌てた様子で俺と新垣を引き離す柚姉。いつもはふざけている柚姉だがこの時ばかりは慌てて声を上げていた。まあ俺も意味が分からないのだ。俺は後ろ首をさすりながら新垣の方を見る。



「どうしたんだよ新垣、なんか今日おかしいぞ」


「えっ、えー……何もおかしくはナイヨー」


「棒読みじゃないか」



 今日一日一貫して様子がおかしい新垣。途中からはクラスの連中の注目も集まってて気まずかったし、俺の知らないところで何かが起きているのは間違いなさそうだ。



「それで、誰に唆されたんだ?」


「ギクッ……いえ、別に~」


「ギクッて聞こえたぞ。あとこれを否定するなら、今日一日の新垣の奇行や言動は自分で考えて行動したものだという、いろいろ不名誉な汚名を浴びることに……」


「はい、姉に唆されました」



 あっさりと白状した新垣。というか今までの言動が奇行地味ているという自覚は薄っすらとあったんだな。というか、姉?



「新垣、お前お姉ちゃんがいたのか」


「うん、大学二年生。この学校のOGだよ」


「ん? 新垣で大学二年生でこの学校のOG?」



 何を思ったかこの話題に今日一食いついてくる柚姉。何か気になるところでもあったのだろうか?



「新垣……もしかして、新垣薫先輩?」


「そうですけど、姉を知ってるんですか?」


「そりゃ、この部活のOGで元部長だもの」


「「……へ?」」



 さらりと衝撃の事実が明かされた。新垣の姉が、天文部の元部長?



「私が一年生の時に部長やってた人。成果を残せたかは……今の部の状況を見て察して」


「まあお姉ちゃんは……無理ですね」


「でしょ?」



 酷い言いようである。というか新垣の姉が天文部出身だったなんて。そして最近になっての新垣の入部。なんか運命的なものを感じるな。本人がそれを知らなかったというのがなおそれっぽい。



「で、話を戻すけどお姉さんに何を言われたんだ?」


「えっと……それは……」



 うんうんと唸るもさすがに誤魔化しきれないと勘弁したのか、胸ポケットから謎のメモ書きを取り出す新垣。そしてそれを俺たちに見せる。



「えっとなになに、まずは馴れ馴れしく呼び合う」


「隙あらばボディタッチ」


「一日中じっと見つめる」


「帰り道にさりげなく手を繋ぐ」


「そのまま……ん? フラッシュモブ(一人寂しく)って、何だよこれ?」



 新垣が取りだしたメモの内容はもはや何がしたいのかわからない一貫性のない命令が掛かれていた。フラッシュモブって、いきなりみんなで踊りだしてプロポーズとかサプライズするあれか? それを一人寂しくって、とんでもない醜態どころかもはや罰ゲームを超えていじめだろ。あとこのメモ、字がクソ汚ぇ!



「どことなく汚らしいメモね。仮部員、これなに? 薫部長もしかして変な宗教に引っかかったの?」


「いや、滅茶苦茶わかりやすく説明すると、これを全部やると願いが叶うとかどうとか?」


「なんで律儀にこれを実行してるお前が疑問形なんだよ」



 なんだろう、この書かれている行動すべてを実行したら新垣にだけ見える神〇でも出てくるのだろうか? というかこれって、もしかして……



「「騙されてるな(わね)」」



 俺と柚姉の声がハモった。



(馴れ馴れしく呼び合うのが今朝の呼び捨てのことで、ボディタッチっていうのが……さっきのヘッドロックかよ!?)



 危うく窒息しかけたわ。しかも新垣本気なのかどうかは知らないがこの放課後まででまだ5つ中2つしか実行できていないという。いや、もしかしたら授業中とかじっと見られていたのか? まあどちらにしろ帰ったら間違いなく姉に笑われるんだろうな。哀れな新垣。



「仮部員……馬鹿なの?」



 言った。とうとう柚姉が言った。



「いやでも、ないよりはあった方がいいという主婦的理論を構築してトレースした結果こう、ブルジョワジーな雰囲気を持ってソリューションを……」


「動揺して支離滅裂にならないで。あと、絶対に言葉の使い方間違ってる」



 なんかもう訳わかんなくなってきた。あとこんな風にテンパる新垣を初めてみたので少し変な気分だ。ちょっとかわいい。


 さて、とりあえず新垣の奇行についてわかったことだしこれで万事解決! だと思っていたのだが……



「それで仮部員。続けるの? 続けないの?」



 いらぬ油を注ぎ始める柚姉。この人はこの人で何か事情を察したのか知らないが、自分までもがメモ通りに行動しようとする新垣を見て楽しもうとしていた。気持ちはわかるけど、酷すぎるだろ。さすがに止めなくては



「おい新垣。さすがにもう飽きただろ? とりあえずこの辺にして今日はもうゆっくり……」


「えい!」



 かと思えば、新垣は手を繋いだ……柚姉の手を。



「いやなんで私!?」


「え、でもやるのかやらないのかって……部長が安〇先生みたいなこと言ってくるから……」


「いろいろツッコミたい事あるけど、某漫画にこんなくだらないことで二択を問いかけるシーンないから!」



 ぶんぶんと腕を振り手を振りほどこうとする柚姉と、とうとう両手でホールドし始めた新垣。新垣の目も何かグルグルしてるし、細かいことはもう考えてないんだろうな。たぶん、慣れないことを一気にやりすぎた弊害で思考回路がショートしてるんだろう。



「あ、でも帰り道じゃないと意味がない……先輩、帰りましょう!」


「まだ活動終了まで一時間くらいあるわ」



 ちなみに天文部として活動記録を残すために部活動終了時間までは絶対に部室にいるというルールが俺と柚姉の間で交わされている。いまだに仮部員の新垣はともかく、俺と柚姉は帰ることができない。



「それじゃ、真面目に活動します……」


「といっても、この前のポスター作製もひと段落したし、まーたやることなくなっちゃったんだよな」


「仮部員、お前は天文系の動画でも見て勉強してなさい。ほら、部室にあるパソコン使っていいから」



 柚姉がそう言うと、素直に部室のパソコンを立ち上げプラネタリウムの動画を見つけて見始める新垣。星の力で落ち着いてくれればいいのだが。



 そしてその日は天文部らしい活動は何もなく勉強などをして時間を潰すことで終わってしまった。なんでこの部が存続できているのかいまだに謎であるが、とりあえず今日の活動は終了だ。新垣もキリの良いところでパソコンをシャットダウンし、いそいそと帰宅の準備を始める。



「よし、それじゃ鍵を閉めて帰ろ……」



 う。そう言った瞬間に新垣が手を繋いできた。今度は柚姉ではなく、俺の手を。



「ちょ、だから仮部員!」


「え、帰り道ですしもういいのでは?」


「そんな星みたいにキラキラした瞳で言われても……というか、腕まで組むなぁ!」



 そうしてこの日は本当に手を繋ぎながら帰りなぜか柚姉が道路脇に立ち一人でフラッシュモブをしだすというオチで幕を引いたのだが、次の日冷静になって登校してきた新垣は自分がやったことを思い出し二日間くらい目を合わせてくれなかった。



 ちなみに薫お姉ちゃんはホクホクしたそうです。










——あとがき——


忙しくて更新滞ってましたすみません。もしよろしければコメントやレビューなどを頂けましたら幸いです。


【宣伝】初めて短編小説を書いてみました。ちょっと不穏なタイトルですが興味を持たれたら是非読んでいただき感想をお聞かせ願いたいです。


【依存少女は堕ちてゆく~俺は平穏を望み君は破滅へと誘う~】

https://kakuyomu.jp/works/16817139555447093082

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