第31話 そう……かなぁ?


 そして次の日の朝。



「お兄ぃ、私の下着どこ?」


「昨日は洗濯してないから、どっかにあるぞ」


「もしかして……お兄ぃ使った?」


「ハハハハハッ、ぶん殴るぞ?」


「あ、あった。てへっ、澪ちゃんうっかり」


「……」


「お願い、私が悪かったから無言で拳をポキポキ鳴らさないで」



 俺はいつも通り(?)騒がしい朝を送っていた。この前水族館に行った時以来妙に俺と澪の距離が縮まった気がするのだが、果たしてこれが良いのか悪いのか。なんとなくだが、後者な気がするのはきのせいではないだろう。



「ほれ、昨日お前がご所望した水筒だ」


「あ、ありがと。最近暑いからね」


「熱中症だけにはなるなよ? お前ただでさえぐーたらしてるんだから」


「その分学校では割と本気出してるよ?」


「そのギャップの差が危ないっつってんだ」



 体を休め切った後に無理やり鞭を打つように体を動かすのは危険だ。だからこそ口を酸っぱくして注意しているのだが澪は余裕ぶってる。本当に大丈夫なのだろうか? 頼むぞ、実在するかもわからない澪のお友達よ。



 そうして澪に朝ごはんを食べるよう催促したりと相変わらずの朝を過ごし俺たちは揃って学校を出る……のだが。



「ねぇお兄ぃ、今日部活だよね?」


「ああ、そうだ。だから帰りが若干遅くなるぞ」


「ふーん……凛ちゃん、いいなぁ」


「え、なんだって?」


「別にぃ? また寝顔撮られないようにね」


「頼むから削除してくれよ。知ってるんだぞ、お前がプリントアウトして本棚の裏に隠してるの」


「え、なんで知ってるの!?」


「お前の部屋を掃除してやってるのは誰だと思ってんだ、えぇ!?」


「……あ、お兄ぃ、それじゃ私こっちだから、後でね~」


「ちっ、逃げやがって」



 最近の澪はどこか情緒不安定というか、感情がバグっているような気がする。だってこの前新垣の家に行った夜だって、下着姿で俺のベッドに潜り込んできやがったのだ。これはもう間に合うとかそういう段階を通り越しているような気がする。

 これはもう本気でどうにかするべく行動を開始した方が良いのだろうか? けれど、澪が悲しむのは普通に避けたい。だからこそ迷っているのだ。



「まったく、澪に一番甘いのは結局のところ俺なんだよな~」



 よし、とりあえず今日帰ったら規則正しい生活を送ってもらうように矯正生活を始めてみよう。うん、それがいい。



 そんな決意を胸に学校へと向かったのだが……結論から言うと放課後にはそんなことを考えていたということを忘れていた。何故って、それは……




「ら、ららっ、楽くん、おはよう!」


「おお新垣、おは……うん?」



 何か今、いつもと違う呼び方で呼ばれた気がする。朝に挨拶をすること自体は新垣と親しくなってから地味に増えていたので今更驚きはしないのだが、今日はいつもと様子が違っていた。というか、なんか歌ってるみたいだったが今間違いなく俺のことを……



「……凛、なんか歌ってるみたい。それはそうとほらほら小鳥遊君、凛が挨拶してるんだから返さないと」


「いや、それよりも……」


「もちろん、凛のことを習って下の名前でね」


「おい、長谷川なんでそんなにテンション高いんだよ」


「べっつにぃ~。この前バ先でのことの仕返しとか、これっぽっちも思ってませんけど~」


「仕返しかよ」



 どうやらこれは長谷川の魂胆らしい。でも少し妙だな。いくら長谷川が俺のことを下の名前で呼んでみようと新垣に提案したところで彼女は首を縦に振るだろうか。仮に今日長谷川が言い出したのだとすれば新垣は絶対に了承したりしない。ここ最近の短い付き合いでそれは充分にわかっている。



「ふふふっ、先輩も粋なこと考えるよねぇ。私にまでバックアップよろしくとか連絡をよこしてきたし」



 長谷川がクスクス笑いながら小声で言った内容を拾う。先輩って誰のことだ? 少なくとも柚姉ではないと思うのだが……



「ほれ小鳥遊くーん、さっさと済ませんかい!」


「わ、わーったよ。おはよう凛」


「はぎゅっ!」



 そう言って不本意にも長谷川の要求に従ったのだが、なんかすごい声が聞こえた。



「おい、大丈夫なのか長谷川。なんか新垣がアザラシの鳴声みたいな声上げたぞ」


「ダイジョブダイジョブ。私の前では週一でこうなってるから」


「それは逆に問題なんじゃ……」



 この二人はいったいどんな交友関係を築いているのだろうか。なんか変なところで心配になってきたな。朝から奇妙なやり取りを終えた俺は自分の席へと向かう。すると柴山が呆れた顔で俺のことを見てきた。



「おいおい、そこは顎クイしながら『おはよう、凛。今日も一段と綺麗だね』って、それくらい言わなきゃダメだろ」


「柴山の中での俺は一体どうなってんだよ。っていうかそれ、少女漫画の世界線でしかみたことないだろ」


「そうか? 俺って結構少女漫画とか読むぜ。いや、家に有り余るくらい漫画があるから割と何でも読んでたわ」


「そういえばお前のお母さん、漫画家さんだったな」



 冗談でもそんなことしたくないわキャラじゃないし。ちなみに今のやり取りで柴山から漫画を借りパクしてたのを思い出したわ。けどなんかイラっと来たからもう少し黙っておくことにしよう。澪も昨日面白いって言いながらゲラゲラと熟読してたし。



「というか、なんで唐突にあんなことを?」


「さあ? なんか心境の変化でもあったんじゃね?」


「そう……かなぁ?」



 心当たりと言えばこの前新垣の家にお邪魔して一緒にお菓子作りをしたくらいだが、その後に何かあったのだろうか? それとも俺が何かしたか? 記憶を遡って思い出してみるが思い当たることは何もない。



「ま、気楽に下の名前で呼び合えばいいじゃねーか」


「いやいやさすがに無理だって! 心臓めっちゃバクバクしとるわ!」


「けどお前、意外と落ち着いてるよな」


「ポーカーフェイスしてるだけだよ。面倒な妹と適当な親を持ってみろ? 俺みたいなのが量産される」


「お、おう。大変だな、うん」



 そう言って適当に話を切り上げる柴山。おそらく『あっ、これ面倒な話になるやつだ』とか思われた気がするが、これ以上変な話を続けられても困るのは俺も同じなのでこれ以上話は続けない。なんか俺たち、お互いに黒歴史を複数所持しているよな。



(とりあえず新垣には後で話を聞いてみよう。じゃねーと部活で碌に顔も合わせられない)



 なんやかんやで女子と下の名前で呼び合うなんて本当に久しぶりだ。澪にだってずっとお兄ぃと呼ばれていて名前で呼ばれていないのだ。それも女子とそういう風に呼び合うなんて。小学校の時にそう言うのが一度会った気がするがそれ以来だ。



 というか俺って友達がそこまで多くないから下の名前で呼んでくれる人自体がそもそも少なかったわ……ハハッ。あれ、嬉しいはずなのになんかちょっと悲しくなってきた。俺ももう少し愛想を良くするべきなのだろうか?



「それはそうと楽、今日数学で当てられるんだけどここ教えてくんね?」


「すまん、俺もやってない」


「ちっ、なんだよ。頼むからやっといてくれよ俺のために」


「いやなんでだよ」



 一応目の前にも俺のことを下の名前で呼んでくれる友人がいるのだがなんか全然嬉しくはない。っていうかこいつの下の名前なんだっけ? いつも苗字呼びしてるから忘れた。まっ、いっか。



(それと……)



 先ほどから気づかないふりをしていたのだが、さすがに気になったので振り向くとこちらをじっと見つめる新垣と目が合った。俺と目が合うなりすぐに顔を赤らめ目を逸らす新垣。あの様子からすると、まだ何かをするつもりらしい。本当にあとでじっくりと聞きださねば。



 そしてその後はいつも通りの生活を送り、つつがなく授業を終えた。昼休みに話を聞きに行こうと思ったがこの日は予定が合わずにそれぞれ別の場所で昼休みを過ごした。まぁ、こういう日もあるさ。そうして俺は先に部室へ向かった新垣を追うように部室へと向かうのだった。



 ちなみにこの日数学の授業で当てられた柴山は見事に爆散したとさ。めでたしめでたし。










——あとがき——

ごめんなさい日常生活が忙しくて執筆サボってました。

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