第38話 出発
明くる日の昼。サルヴァは一人で屋敷にやってきた。
どことなく、憑き物が取れたような、晴れ晴れとした顔でココの執務室にある来客用ソファのど真ん中に腰掛けている。
もう俺の気持ちは固まっているのでさっさと話してしまいたいのだが、クロエがココを呼びに行ってしまって待つことになってしまった。
「元気そうだな」
部屋に入ってきたイヴがカッカっと笑いながらサルヴァに話しかける。
「まぁ、それなりにな。朝方、奴隷を乗せるような鉄格子の馬車にあいつらが乗せられてたよ。早速どこかに売られたんだろうな」
サルヴァは苦々しい顔を一瞬のぞかせる。さすがに昨日まで一緒に旅をしていたので心苦しい部分もあるのだろう。
「本当に大丈夫か? 後悔とかしてないのか?」
「今更しないさ。すぐにとはいかないけど、そのうち考える事も減っていくだろうさ」
俺の問いかけにもサルヴァは気丈に振舞うのでこれ以上は何も言えない。
ココの勢いに任せて奴隷としてトマスに三人を売り飛ばした訳だが、本当にそこまでやって良かったのかという後悔は残る。
だが、そんな事を考える暇もなくココは執務室にやってきた。
クロエを脇に従え、颯爽と自分の机に向かう。
「待たせたわね。サルヴァ、これが盗賊討伐の報酬よ。受け取って」
ココの脇に立っているクロエがジャラジャラと音のする革袋をサルヴァに手渡す。
サルヴァは中身を検めようともせず、口を結んでいる紐を眺めている。
「どうしたの?」
「あ……いや、何でもない……です。それよりバンシィ、一緒に旅をする件、考えてくれたか?」
サルヴァが俺の方を向いてくる。
答えは決まっている。
「あぁ。考えたよ」
ココの方を見ると神妙な顔つきをしている。俺の気持ちは伝えているけれど、万が一の心変わりが不安なのかもしれない。
目を合わせ、一度頷くとココは頬を赤らめて机の天板の方を向いた。
「おぉ? 何だ今の意味深な視線は」
イヴが目敏く俺とココのアイコンタクトに気付く。
「なっ……何でもねぇよ!」
「ふぅん。そうかそうか。良かったなぁ!」
イヴは何かを察したようにニヤニヤと笑っている。サルヴァとクロエは分かっていないようで首を傾げている。屋敷の平和のためにはクロエにはバレない方が良いだろう。
「とっ、とにかく! サルヴァ、俺は……ここに残るよ。俺がついて行っても迷惑に……いや、ここでやりたい事があるんだ」
「ほう。『ココとヤりたい事』の間違いだろう?」
イヴが俺の真面目な話にボソっと割り込んで来る。
「イヴ! なっ……何を言っているの!」
ココが顔を真っ赤にしてイヴを窘める。
「悪い悪い。初々しい二人を見ているとついいじりたくなるんだよ」
イヴは全く反省した様子を見せずにガハハと笑っている。
「真面目な話をしてるんだよ……」
「おう、そうだったな。すまんすまん」
イヴがお茶らけながら口に蓋をするジェスチャーをすると同時にサルヴァがその場で立ち上がる。
「ばっ、バンシィ……俺は『スキルなんて関係ない。一緒に冒険しよう』って誘うつもりだった。お前がその事を気にしてると思ったから。だけど、そうじゃないんだな。ここで……やりたい事があるんだよな?」
サルヴァが手を伸ばしてくる。
「あぁ。次に会う時は俺も王都に店を構えられるくらいにはなってみるよ」
サルヴァの背後でイヴが両手を使って下品な動作をしている。【幻術耐性】のせいでココもクロエも暴走露出狂のイヴを止められないのが悔やまれる。
イヴに一発げんこつを入れたい気持ちを抑えながらサルヴァの手を力強く掴む。
「おぉ。力、強くなったな」
「うるせぇ」
サルヴァの冗談が聞けるのもこれで最後なのだろう。ふとそう思うと手を離すのが惜しくなってきた。
「おい、離せよ」
「あ……いや……そうしたいんだけど、離れなくなった」
「なんだよそれぇ……まぁ、いいか。ココさん、皆、俺はこれで失礼するよ」
サルヴァが皆に出発を宣言する。
「見送るわ」
いつもならここでさようならなのだが、ココはすっと立ち上がりサルヴァの前に行き案内を始める。
執務室を出て廊下、そして、屋敷の正門までずっとココの先導でサルヴァと手を繋いだまま歩き続けた。
そして、正門の前、これをくぐるとココのテリトリーの境目というところまできた。
「そろそろ離せよ」
サルヴァはそう言って俺の手を振り払おうとする。だが、その手は簡単には離れない。
「バンシィ……お前が可愛い女の子だったらこういうのも歓迎なんだがなぁ……」
「うるせぇよ! いいだろ! これでもうお別れとか……寂しいだろ……」
「お……おいおい。泣くなって。ちょくちょく顔は出すぞ。仕事の報告があるからな」
サルヴァは空いた手で俺の頬をつねる。
「は……し、仕事?」
隣りにいるココがぶっと吹き出す。
「そういえば伝え忘れていたわね。彼には私の仕事を専任で受けてもらうことにしたの。色々と面倒な人がいるから始末してもらったり……まぁいろいろよ。だから、報告も兼ねてここに来る機会はこれからもあるの」
「そうだったのか……」
これが今生の別れではない。そうわかると安心したのか手から力が抜けて離れる。
サルヴァは手汗を乾かしたいのか、繋いでいた方の手をブンブンと振る。
「伝え忘れてたって言うけど、多分わざとだよな」
「あら。忘れていただけよ。手を離さなくなるなんて面白いところも見れたわけだし」
ココの口ぶりからして俺の反応で楽しんでいたみたいだ。
あのまま素直に見送ったらこうはならないが、次回の報告で屋敷に顔を出した際に再会して驚く、みたいな筋書きだったのだろう。
「ま、二人共仲良くな。俺はそろそろ行くよ。じゃあな!」
サルヴァはさっぱりとした雰囲気で立ち去っていく。雑踏に消えて背中が見えなくなるまでサルヴァの方を見ていた。
不意に手に暖かい感覚がやってくる。驚いてその熱源から距離を取る。
「何よ。彼とは手を離したくなくなるくらいだったのに、私とは手を繋ぐことすら嫌だってこと?」
手の主は当然ココだ。
「嫌じゃなくて……驚いたんだよ」
「じゃあ、もう一度ね。ハイ」
ココが差し出してくる手を恭しく取る。
柔らかくて温かい。サルヴァとは違った安心感やドキドキが溢れてくる。
そのまま手を繋ぎ、屋敷に向かう。
その道すがら、ココが呟く。
「バンシィ、私の手を離したくないと思わせてあげるから覚悟しておきなさい」
「おっ……こ、こっちこそだからな」
二人共が小っ恥ずかしいことをいってしまい、赤面して顔を逸らしながら歩く変な二人組みになってしまったのだった。
外れスキル《服飾》は役立たず、無能だからと幼馴染に捨てられたが、実は装備品に能力を無限に付与できる最強スキルだったので美人商人が離してくれない 剃り残し@コミカライズ連載開始 @nuttai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます