第37話 ニワトリ
いきなりの事で戸惑っていると、ココはパシンと俺の背中を叩く。
「はっ、恥ずかしいから。早くしましょ。ね? 良いでしょ?」
「お……おう」
どっちかと言うと俺の服を脱がせた後の方が恥ずかしくなりそうなものだが、ココは俺の承諾を得るとボタンを手早く外し、上半身をむき出しにさせてくる。
そして、次はすぐに腰の辺りに手が伸びてきたので、さすがにまずいとココの手を掴む。
「ど、どうしたんだよ? な、何のためにこんなことをしてるんだ?」
後ろを向こうとしたが、空いた手で首根っこを掴まれ前を向かされる。
「まだ分からないの? 男女が薄暗い部屋で服を脱ぐ。一つしかないじゃない……」
いつもの威勢の良さは消え入り、か細い声でそう告げてくる。
さすがにこれから何が起こるのか分かってきた。誰に教えられたのか、明らかに変な趣向に偏った雰囲気の作り方だ。大方、情報源はイヴあたりだろう。
だが俺もココのか細い声にやられてしまい、抵抗する気もなくなっている。
カチャカチャとベルトが外れる音がしたかと思うと、ズボンもパンツも全部がずり下ろされる。ココは依然として俺の背後にいる。
「ほっ……本当にいいのか? こんな事……」
「こっちは見ないで。緊張ですごい顔してるから」
ココはまた最初のように背中から抱きしめてくる。その手に重ねるように俺の手を重ねる。何か冷たい感覚があり、驚いて視線を落とす。
「ん? なんだこれ」
「フフ、ナイフよ。貴方は今、全裸。これを突き立てたらどうなるかしらね」
さっきまでの消え入りそうな声はどこへやら。いつもの威勢の良さを取り戻したココは嬉しそうに背後から笑い声を届けてくる。
「はぁ……またかよ……今度は何だ?」
「これが貴方のスキルの弱点。こうやってどこかの美女に誑し込まれて全裸にされたら貴方はその辺の人と同じってこと。後学のために教えてあげようと思ったのよ」
「へいへい。ご忠告痛みいるよ。そのためにこんな手の込んだ事をしたのか? 後学のためって、まるで俺が出ていく前提みたいだな」
「……そうよ。どこへでも行けばいいじゃない。精々こうやって騙されて死なないようにね。そのための忠告なんだから」
ココは背後からそう言い放つが、それはまるで自分の心とは正反対の言葉をひねり出したようにも感じた。
いつもこうやってココは本心を隠したまま近づいてくるし、俺に見せているのが本心なのかどうかも分からないところもある。
昼間にクロエがココに向かって「素直になれ」と言っていた事を思いだす。少しだけ鎌をかけてみることにした。
「俺は……ココみたいにスキルで本当の事を話させることは出来ない。だから、お願いするしかないんだ。素直になってくれ。本当はどう思ってるんだ?」
背後から息を飲む音がする。やはりどこへでも行けと言うのは本心ではない。
「……くない」
服を脱がす時よりも更に小さな声でココがつぶやく。
「何だ?」
「行って欲しくない。この屋敷に……私のためにここにいて欲しい」
その言葉は俺の心に染み入り、元々していた決断を更に強固なものにさせる。俺の出していた結論はサルヴァの誘いを断ってここに残る事。それを望まれていたのであれば、自分の決断により自信を持てる。
だけど、どうしても素直に「ありがとう」と言いだせない。人に素直になれと言っておきながらなんて様だと思うが、それでもその一言が喉につっかえてしまう。
「……ココのためにここにいるってか?」
空気が凍るというのはこの瞬間のためにあるのだろうと気づく。ピクッとココの手が動いたかと思うと、微動だにしなくなる。
「貴方……もしかして本当に刺されたいの? この状況分かってる? 私は勇気を出して本音を言ったのよ? それを下らない……本当に下らない冗談で誤魔化すなんて……いや、私が悪いのよね。毎回こうだったから。いつも貴方を試すようなことをして、騙してごめんなさい」
ココは鼻をすする。小刻みに震えているので泣いているのだろう。慌てて振り返り、ココを正面から抱きしめる。
「お、俺こそ悪かった! ここにいて欲しいって言ってもらえてうれしいよ。元々そうするつもりだった。起きた瞬間には決めてたんだ」
ココの顔が真横にあるからか、喉が上下してゴロゴロという音を出しているのが分かる。
「あ……えぇと……それは……目的は何? 店を大きくしたいから?」
「コ……ココがいるからかな」
ココは「ヒッ」と短く引き笑いをする。
「そ、そうなのね。そ……それは嬉しいわ」
「何か、ちっとも嬉しくなさそうだな」
「貴方が全裸なのを思い出してしまったのよ。その……色々と……当たったりしてるし……」
ココは気まずそうにそう言う。
そういえば服を脱がされていたのだった。慌ててココから離れ、ズボンとパンツを上げ、ベルトを締める。
「こっ……これはでも……」
「フフ。そうね。私が脱がせたんだったわ」
ココは涙をためて顔を真っ赤にしながらも、はち切れんばかりの笑顔でそう言う。そこまで面白い事ではないはずだが。
床に落ちたチュニックをココが拾ってくれたので、上も元通り。
ただ、服を着た男女が向かい合っているだけになった。
「えぇと……その……改めて、ありがとう。残ると決めてくれて」
ココはまた改まって頭を下げてくる。
「やめてくれよ。らしくないな」
「そうかもしれないけれど、傍若無人に振舞うよりはよっぽど良いじゃない」
「それもそうだな。ちなみに俺は何なんだ? クロエは使用人、イヴは友人だろ?」
「そうね。ビジネスパートナーかしら? それか貴方が望むなら下僕? 他には……こっ、恋人とかも空いてるけど……」
モジモジと俯くココは実年齢よりも幼く見えるくらいだ。
「おっ……そ……それは……責任重大だな」
「別に気楽にしてていいと思うけれど……これまでと大きく変わらないんだし」
他の人に宣言することでもないが、いずれはクロエにバレる。すると、俺の生命の安全は保証されないだろう。
いや、そもそも恋人が死ぬということはクロエの主人であるココが悲しむことだ。それをクロエが実行に移すとは思えない。つまり俺の身の安全は保証されているも同然。
「確かにな。じゃあ……こっ――」
「やっぱりちょっと待って」
ココは俺の言葉を制すと何度も深呼吸をする。そして、十回目くらいで目を見開いた。
「よし。いつでもいいわよ。準備は出来た。来なさい」
ココと目を合わせて、俺も覚悟を決める。
「俺は、この屋敷にココのこっ……こっここっ……」
緊張のあまり言葉がつっかえる。ココはそんな俺の様子を見てたまらずに吹き出す。
「フッ……フフフ! 鶏みたいね」
そう言って、部屋の出口まで移動して、こちらを向き直す。
「でも、安心したわ。これからもよろしくね。ヘタレさん」
ココは嬉しそうに笑うと上目づかいでこちらを見る。そこから少女のようにあかんべぇをするとココは鼻歌と共に部屋から出て行った。
「えっ……おっ……」
部屋に残ったのは甘い香りだけ。
「好き……なのになぁ……」
きちんと言葉にせずとも伝わる、なんて聞こえはいいけれど、なんとも消化不良なまま機会を逃してしまったのだった。
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