第32話 禁



「我が騎士……わかっていると思うけど」


 馬を走らせながら、エミーリアはポツリと呟いた。


 並走する馬に乗ったローガンは深々と頭を下げる。


「ええ、申し訳ございません我が主。まさかこのタイミングで ”守護者の鎧”を使う羽目になるとは……老いとは恐ろしいものですな」


 オークの戦士ジャジャンとの一騎打ち。その実、ローガンは追い詰められていた。


 種族の違いによる圧倒的な身体能力の差、長い間戦いから離れていたブランクによるローガンの衰え……そして、戦士としてのジャジャンの底力。


 守護者の鎧は、竜王の攻撃ですら無効化する反則的なスキル。それに頼らざるを得ない状況に追い込まれた時点で、ローガンは戦士としてジャジャンに敗北したも同義だった。


「違うわ。アタシは戦士としての矜持になんてかけらほども興味は無い……それが反則的なスキルであろうと、使えるものはすべて使うべきよ。勝利しなければ全てに意味は無いわ」


 そしてエミーリアはちらりと隣のローガンを見る。


 顔の上半分を隠す漆黒の仮面。体を覆い、装備を隠す大きなローブ。


 今の彼を見ても、その正体が竜王を殺した英雄だなんてわかる者はいないだろう。


 しかし守護者の鎧は違う。


 そのスキルはローガンの竜王を殺したという伝説とともに語り継がれている。


 ローガン本人を知らずとも、守護者の鎧というスキルを知っている者は多いだろう。


 ならば、そのスキルは発動した瞬間から正体を晒しているようなものなのだ。


 相手が亜人や魔物ならば良い。


 だがもし人間種にそのスキルを見られてしまえば……。


 エミーリアは歯噛みした。


 もどかしい。


 最強の手札があるにもかかわらず、使用を制限せざるを得ないもどかしさ。


 早く兵を集めなくてはならない。


 たとえローガンの正体がバレ、人間たちにマークされても問題にならないほどの圧倒的な兵力を集めなくては。


 エミーリアはスッと目を閉じ、気持ちを落ち着かせる。


 ことは順調に進んでいる。急ぎこそすれ、まだ焦ることはない。


 ゆっくりと目を開いたエミーリアは、ローガンに警告した。


「我が騎士、これより先はアタシが許可を出すまで守護者の鎧の発動は禁ずるわ」



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錆びた刃が折れるまで ~引退し忘却された救世の老騎士が、魔王軍幹部としてスカウトされて第二の人生を歩み始める物語~ 武田コウ @ruku13

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