第二章 暗闇を塗り替える④
クラウィスは
「待たせたかしら?」
「いいえ、来たばかりですよ。何かありましたか?」
「ちょっと国王陛下に呼ばれていただけですわ。さあ入って」
クラウィスがイルミナのあとに続いて執務室に入ると、彼女はソファに座りもせずにくるりと
「まずは報告を」
「はい。例の花が
「わかりましたわ。協力してくれたみなにもお礼を伝えてくださる?」
「もちろんです」
彼女は一日の大半を自分の執務室で過ごす。ここ最近は領地を治める貴族についての報告書を読んでいるのか、ときどき目を
イルミナはゆっくりとした足取りでクラウィスの目の前まで
「クラウィス。もう一度問いますが、今回の件はあなたの調べによるもので間違いありませんわね?」
「ええ」
クラウィスもまた口角を上げて答えるが、イルミナは
「わたくしに
見た目は
(同じ紫色の瞳でも、彼女の生意気な感じは
イルミナの顔立ちと比べるとエリスは少し目じりがつり上がっていて、見方によっては
「手厳しいですね、イルミナさまは」
「
わかっているくせにといわんばかりの圧力にクラウィスが
「まあまあ、イルミナさま。これはしょうがないと思うよ。あんなに
アルフリートがゆったりとした足取りでこちらにやってきた。
「おい、勝手なことを言うな」
そう
「おっと。独り言のつもりだったのに」
「そんな大きな声の独り言があってたまるか」
クラウィスが横目でイルミナを見つめると、彼女は考えるそぶりを見せていたが、心なしか口元からは困ったような
(まさかエリスさまが、
その日の夕暮れ時に、エリスは再びクラウィスの前に姿を現した。そして誕生日のお祝いとして運び込まれた花の中に一時的に
そこで
クラウィスは知識として観賞用の花にさえごく少量の毒が
(むしろエリスさまが第一発見者でよかった)
そうでなければ毒物を用意した犯人として真っ先に彼女が疑われていた。
イルミナはソファに座ると、クラウィスにも対面に
「花を持ち込んだ使用人の身元の調べはついていますの?」
「ええ。ですが彼らも別の使用人にここに
「必ず
イルミナは
クラウィスがエリスを抱きとめたとき、彼女は花のことを疑問に思ったようだが、自分はテーブルの支柱がもろくなっていたことに注目していた。
彼女を見送ったあとに調べてみると、
「……エリスに
ふとイルミナが
「ええ。彼女の
おそらくエリスはテーブルの細工のことに気づいてはいない。クラウィスは今後も彼女に告げることはないだろう。
報告を終えたクラウィスがソファに座ると、アルフリートが
「ねえクラウィス、テーブルに細工して毒の花を仕込んだのはイルミナさまの王位
「ああ、おそらくな」
一部の者しか知らないが、イルミナは幼少期から命を狙われることがあった。王国初の女王になることを期待する人もいれば、それを認めたくない人たちもいる。
特にアレン派の動きが年々活発化してきたため、クラウィスとイルミナは彼らの動向を注視していた。クラウィスがエリスの教育係
もしも彼女の
(以前、念には念をと、エリスさまに
クラウィスはこのバラシオン家由来の脳筋的思考回路があまり好きではなかった。彼女の引きつった顔を思い出し、やりすぎたことを
(近づけば近づくほど、彼女は
エリスが
クラウィスは
「例の劇薬ですが、イルミナさまとエリスさまの部屋で見つかったということは、お二人に飲ませようとしたのか、それとも片方が片方に飲ませようとしたのか。そのどちらかですね」
正直なところ、イルミナがエリスに飲ませてもなんの利点もない。
イルミナは困ったように肩をすくめる。
「エリスとわたくしの不仲を利用し、エリスがわたくしを殺そうと
彼女の『
それに国王の病を
「そうなればアレン派に好き勝手やられてしまいますね」
「それが
それを聞いたアルフリートは顔をこれでもかとしかめた。
「へえ。悲劇の
彼はまれに鋭い
アレンに
(身分のことしか考えていない奴らに主導権を
そのためにクラウィスは今この場にいるのだから。
「クラウィス」
イルミナに名前を呼ばれて顔を上げる。彼女は
「今回はエリスの
それはクラウィスにとってもっとも
(……エリスさまの様子、か)
クラウィスは心のどこかでエリスは舞踏会を乗り切ることができないと思っていた。
それに彼女は人と接することが苦手だ。ダンスでは男性に
人の
だが、どちらの予想も裏切る努力をエリスは見せた。
引きこもっているときに本を相当読んでいたようで、課題で
「一か月ほど彼女と共に過ごしてみて、上の年代の方々が言っていることがあてにならないことがわかりました」
エリスは王族として
「俺は今のエリスさまならイルミナさまのお役に立てると判断します」
「……そう。それはよかったわ」
イルミナはほっとしたように目を細める。
王族であるエリスの闇属性は他国からも注目を浴びる存在だ。危険な
現在のレストレア王国の貴族たちは先祖から
特に問題なのはマリアンヌだ。
イルミナは自分だけでは
(まさかエリスさまのほうから舞踏会に参加したいと告げられたときは
彼女はイルミナの期待以上の動きをしてくれ、あの舞踏会で貴族たちのエリスに対する評価が確かに変わった。
(それは俺にも言える)
クラウィスはふと、十五歳で
彼女は一人ぼっちで
(だから俺はエリスさまに声をかけた。イルミナさまに
すると彼女は
それから数日後。彼女は王族としての責務を
だからこそエリスに対し、昔からよくない印象を
クラウィスは真っすぐに視線をイルミナに向ける。
「どうしてエリスさまは人目を避けるようになってしまったのか、今度こそ教えていただけますか」
約六年前、エリスが引きこもった直後にイルミナと会話を
(本当はエリスさまの口から直接聞きたかったが……)
クラウィスが
「ごめんなさい。実はわたくしも
「そう、なのですか」
「ええ。ただきっかけとなった事件があったことは間違いありませんわ」
事件、と聞いて
彼女はまつ毛を伏せて語り出す。
「その事件が起きたのはわたくしたちが十歳の
ここで一度言葉が
「わたくしが
クラウィスは身を
(エリスさまが、人に向けて魔法を使った?)
レストレア王国では人を守ることに魔法を使うことが美徳とされている。王族がそれに反することをすれば大問題だ。
クラウィスの耳にも入っていない情報ということは
「令嬢の言い分は?」
「
イルミナは膝上に置かれた両手をぎゅっと握り
「あなたたちには信じがたいかもしれませんが、わたくしはあの子が感情任せに魔法を使うはずがないと思っていますの。一番近くで魔力の
彼女は弱々しく
「それにこの事件には裏があるはずよ。だってお茶会の
クラウィスは息を
「そういえばアレン派が本格的に盛り上がりを見せたのはこの頃でしたね」
「ええ、彼女はわたくしよりも先に
彼女は
(だがマリアンヌさまが国王陛下と取引したという
あくまでイルミナの推測に過ぎないのだ。きっと彼女は真実を確かめようと行動したのだろうが、当時の彼女はまだ十歳で、大人たちとやり合う力はなかった。
それにクラウィスはエリスのことを快く思っていなかった。だから打ち明ける機会をうかがっていたのだろう。
クラウィスは日差しを浴びた海のような
「では俺が真実を
未来の王に仕える側近として、彼女の
おそらくエリスは変わり始めている。自ら
イルミナはクラウィスの
「やるからにはマリアンヌ
「
クラウィスがその場でかしずくと、イルミナは気が少し抜けたのか、
「でも珍しいこともあるのね。あなたがわたくしの命令以外でエリスのことを気にかけるようになるなんて」
「……え?」
「それとも昔の立場を思い出してしまった?」
「イルミナさま。それ以上の
クラウィスにとって大切なのは今の立場だ。片手で口元を押さえると、真横から視線を感じた。
「二人とも、ほどほどにしなさい」
イルミナは
「もうお休みになったほうがいいのでは?」
「
「イルミナさまに元気でいてもらわないとこの状況を打破することはできないと思うな」
アルフリートは相変わらず軽快な口調だが、彼の主人への
「わかったわ。
そういってイルミナは自室に向かう。彼女もまた努力家だった。クラウィスはふと、意外と
「そうだわ。クラウィス、ひとつだけお願いしてもいいかしら」
イルミナは
「引き続きあの子の周囲の
そこに書かれていた名前を見て、クラウィスは眉をひそめる。資料にはその人物がアレン派の知り合いを増やしているという情報が書かれていた。
クラウィスはイルミナに
◆ ◆ ◆
続きは本編でお楽しみください。
闇属性の嫌われ王女は、滅びの連鎖を断ち切りたい 夏樹りょう/角川ビーンズ文庫 @beans
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