第二章 暗闇を塗り替える③
「あの子はいつも言葉が少なすぎるのよ。私はどうやって納得すればいいの?」
エリスにとってイルミナは子どもの頃から手の届かない存在だった。何をやってもイルミナのほうが上回り、大人たちと
「それはエリスさまも同じでは?」
「え?」
思わず顔を上げると、クラウィスは
「あなたも
「それは……」
クラウィスはイルミナだけは裏切らない。もし彼と協力関係を築くことができれば、横領の原因や毒の入手先の発見を早めることができるかもしれない。
(……でも)
もともとエリスは人を信用することが苦手だった。それにクラウィスの真っすぐな視線を見ていると胸が苦しくなる。
顔を
「どうかイルミナさまの
そう
そのときの感情が一気に
「クラウィスさまに何を言われようと、私は自分のやりたいように振る
「それが困るから忠告しているのがわからないのですか?」
低い声で
「……じゃあ私が何もかも
「!」
「できないでしょう? あなたは合理的な人だもの。
エリスは力強い声で告げた。すると彼は真顔になる。
「ええ、俺たちの独断で国民を振り回すわけにはいきませんから」
「さすが未来の
「ご忠告どうもありがとうございます。この際だからエリスさまもご自身のことを
「あら、大切なものが少ないほうが身動きしやすいでしょう?」
「それを世間では独りよがりというのです」
「……不敬罪で
「はは、
クラウィスは
「それで、あなたは何を知っているのです?」
「はい?」
「信じるかどうかは聞いてから判断しますので」
「ずるい! というか私の真意なんかあなたに
「俺はできると思っていますよ」
こんな展開は初めてだった。てっきりエリスが押し
「何よ、今さら。私の言うことを無視してきたのはあなたたちのほうじゃない」
「俺は昔からずっと無視した覚えはありませんが」
「え……そう、なの?」
思えばそうだったかもしれない。幼い頃から多くの人がエリスの言葉を聞こうとしてくれなかった。だからこそクラウィスのことも一方的にそうだと決めつけていたのか。
(私、いつからこんなふうになってしまったの?)
ああ
(えっ)
エリスの体がどんどん
(あれ、届かない)
何もできないまま体が
エリスのお
「お
返事をするために身じろぎすると、ちょうどエリスの
(ダ、ダンスのときより密着しているわ)
エリスの体中に
素直に差し出すと、彼は
(待って、花瓶は!?)
ハッとして床を見回すと、花瓶の
よく見ると水の
この場で水を
「すごいわ。いつ
思わず
「これくらい呪文を唱えなくてもできますよ」
魔力が豊富な者は自分の感情によって魔力をにじませ、時として自分の魔法属性に近い物質を呪文なしで操れる。クラウィスもまた相当な魔力の持ち主だ。
(
エリスも呪文なしでにじみ出た魔力を黒い
少しだけほかの魔法属性が
エリスは出来心で人差し指で水をつついてみる。
(青色の花に、黄色の花……それに大輪のオレンジ色の花まで。ここにあるのは私の部屋にある組み合わせと同じだわ。あれ?)
クラウィスは最後にコロンとした丸いつぼみが
「この花……どこかで見たような気が」
(いえ、それだけではないわ。私はこの花について一度調べたことがある……!)
息を
「どうかされましたか?」
エリスはややあって言葉を
「……用事を思い出したの。助けてくれてありがとう。このお礼は必ずするから、もう少し時間をちょうだい」
そして
エリスはセレジアを引き連れて、そのまま王宮の蔵書室に向かう。
蔵書室は王宮に仕える者であれば
久々にここを
右奥の部屋に向かうと中は窓がない小部屋となっていて、年季が入ったテーブルが置かれていた。
エリスは考え込みながら口を開く。
「セレジア、私が以前あなたに
「ええ、もちろんです」
「では花の
彼女は
「いえ、そんな。エリスさまはどうかお待ちください」
「
「! ……わかりました。ではこちらへ」
エリスはセレジアの案内に従いながら目当ての本を探す。実は自室に引きこもっていたときに
手分けして本を集め終えると小部屋のテーブルに積み上げる。片っ
それを何度か
「やっぱり。さっきの白い花は『月夜の
『月夜の真珠』はあまり市場に出回らない花で、鈴蘭に
薬草学の本によれば、その肉厚な花弁をつぶして熱を通すと、魔力を
エリスは自分の魔力に思うところがあり、実際に
(なぜこんなものが
エリスはほかの花にもよからぬ効果があると疑い、自分の部屋とイルミナの住まいのベランダの花瓶に生けられていた花の特徴が書かれた頁を指でなぞる。薬草学の本と照らし合わせながら調べていくと、どれも
もしもあの四種類の花を混ぜ合わせたら、どんな効果になるだろうか。
エリスの顔が青ざめる。
(イルミナに使用された毒は調合されたもの?)
思えば前回の人生でエリスの部屋から毒の粉が入った
現在、王宮内に飾られた花のほとんどがエリスとイルミナの誕生日のお祝いとして運び込まれたものだ。花はしおれないよう水魔法の加護がかかっている。
「セレジア、確かこの花の
「はい、なのであと三週間ほどでしょうか?」
加護の効果は魔法を使った人がどれだけ魔力を込めたかによって変わり、術者以外の者がその効果を
(まあ『
闇魔法を使えば加護の効果どころか花まで消してしまうため、やはり加護が切れるのを待つのが現実的だ。
(あと数週間は生花のまま……それから熱を通したり花の水分を抜いたりするのにかなり手間と時間がかかるはず。そうなると粉末状の毒の完成までは三か月と少し?)
イルミナが毒を盛られた時期と
「誰よ! こんな悪夢のような花束を用意した人は!」
そう
「エリスさま、もしかしてこれは」
口を開いたのはセレジアだった。オレンジがかった茶色の
「そうよ、イルミナに危害を加えようとしている人がいるの。セレジアは私の部屋にこの花束を持ってきた人に心当たりはあるかしら?」
「ええ、いつも
「探りは入れられそう?」
「はい。やってみます」
「お願い」
エリスはぎゅっと目を閉じる。
(私一人の力ではこの危機は乗り
そう思うだけで両手が
「私はイルミナを助けたいと思っているの。どうか力を貸してもらえないかしら」
すると彼女はその場に
「アリーン家の名にかけて
エリスはその言葉に
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