第4話「シスター・リーチェの驚愕」

 冒険者たちの活躍もあって、ワイバーンの群れは撃退された。

 そして、女勇者ラスティナーデ王女の名声が広まってゆく。

 その秘密を知る者の一人として、リーチェは気が気ではなかった。

 さらに今、に迫られているのだった。


「……は? 二部屋しか、空いてないですって?」


 モンスターの後片付けなどで、とっぷり日も暮れてしまった夜。まだまだ宴会が続く酒場を出て、リーチェたち四人は宿屋に移動していた。

 勿論もちろん、戦闘中は全く姿を見せなかったアゼルも一緒だ。

 見上げるような巨躯きょくのキヨノブなどは、かぶとに生えた角が天井に届きそうである。

 そんな一同を前に、おずおずと宿の主人が同じセリフを繰り返す。


「ですから、二部屋しか空いてないんです。大盛況でして……ただ、どちらの部屋にもベッドは二つありますし、当宿一番の部屋です。殿下にもくつろいでいただけるかと」

「アタシがくつろげないっての! ……それはそれとして、値段は? 宿代」

「け、結構でございます。殿下にこの宿場町しゅくばまちは救われたのですから」

「うっし! じゃなくて、でも二部屋しかないのは困るわ!」


 リーチェという少女、実に金にうるさい。

 見た目は清楚せいそ可憐かれん修道女シスターだが、愛くるしい目の色は金しか見ていないのだ。

 そして、その隣ではラスティが完璧に猫を被って猫なで声だった。


「リーチェ、御主人の厚意に感謝しなくてはいけません。ありがたく泊めて頂きましょう」

「だから、どうしてそこでキミはお姫様ぶるかなあ! ちょっと、ねえ!」

「私とリーチェで一部屋、アゼルとキヨノブで一部屋、丁度いいではありませんか」

「丁度どころか、ちっともよくないわ!」

「私は構いませんよ、リーチェ」

「アタシが構うの! てか、そりゃ、まあ、構わずにはいられないんだけどさ」


 ラスティは完璧なロイヤルオーラを身にまとっている。

 ここで口論しててもらちが明かない、そう思った時だった。

 ヘヘヘといやらしい笑みを浮かべて、アゼルが卑屈そうにすり寄ってきた。


「それはそれとして、その、シスター・リーチェ」

「なによ、今ちょっと立て込んでるの! あと、嫌! お断りよ!」

「まだ何も言ってないんですがね」

「お金でしょ? 駄目よ」

「そこをなんとか……酒と女と博打ばくち、せめてどれか一つか二つくらいは」

「ダーメッ!」


 そんなこんなで、ラスティは慇懃いんぎんに礼を言って宿屋の主にこうべを垂れた。お高くとまり過ぎず、かといってへりくだり過ぎてもいない。身分を隠して旅をする王族としては、とても自然な所作しょさに見えた。

 そして、キヨノブがガシャリと甲冑かっちゅうを鳴らす。


「アニウエ……ア、アネウエ。デハ、ソレガシモココデ」

「御苦労様でした、キヨノブ。アゼルも」

「アトハ、ネルダケ」


 キヨノブの声は、まるで感情のない言葉だった。言の葉をかたどるただの音として響いている印象である。

 そのキヨノブが、ガッシ! とアゼルを軽々抱えて去っていった。

 未練がましいアゼルの声が、二階の部屋へと消えてゆく。

 とうとうリーチェは、女装勇者との夜に向き合わなければいけなくなったのだ。


「ま、タダだからいいけど……はぁ、しょうがないわね。って、ラスティ!?」


 不意にラスティは、ふらりとよろけた。

 淡雪あわゆきのように白い肌は、血色が悪くて氷のよう。

 慌ててリーチェは、身を寄せ抱き留める。

 同年代の少年とは思えないほど軽くて、細身の身体は弱々しかった。


「大丈夫です、リーチェ。では、御主人……厄介になります。感謝を」


 ラスティは怪力無双の剣士だが、驚くほどに体力がない。そして、女性と見まがう端麗な容姿は、少年としてはあまりにも脆弱ぜいじゃく過ぎた。

 リーチェはやれやれと溜息ためいきこぼしつつ、肩を貸して部屋へと移動する。

 孤児院育ちで面倒見がいい、それ以上に世話焼きのお節介な気質が彼女の美点だった。


「ほら、しっかりしなさいって! ……もう二人だけだってば」

「へへ、悪ぃなリーチェ。助かるぜ」

「キミさ、訳アリなのよね? 詮索はしないけど、とりあえずパーティの財布はアタシが預かるから」

「そうしてくれや……ちっとばかし、張り切り過ぎたぜ」


 素に戻ったラスティが、小さく微笑ほほえむ。

 中性的なその美貌は、王女だと身を偽るだけの説得力に満ちていた。とても奇麗で、美少年としても美少女としても完璧である。

 そんな彼をひきずるようにして、ようやくリーチェは客室へと辿り着いた。

 小さな宿場町にしては、調度品や内装の豪華な一室だ。

 恐らく、身分の高い人間を宿泊させる部屋なのだろう。

 ベッドが二つ並んでて、その片方にとりあえずラスティを座らせる。


「待ってて、今回復魔法を……って、ちょっと! なに勝手に脱いでるのよ!」

「ん? ああ、すまない。着替えを手伝ってくれるのか」

「手伝いません! っとに、どこのお坊ちゃんなのよ、キミねえ!」

「回復はありがたい、頼むぜ……ゴホゴホッ!」


 き込みつつ、ラスティは着衣を脱ぎ出した。

 防具らしい防具は肩当くらいで、女物の戦衣せんいは上質なものだ。ちょっとしたドレスみたいなそれは、きらびやかでとても美しい。

 売れば何イェンになるかな、などと考えてしまうリーチェだった。

 だが、あらわになったラスティの半裸に驚きの声をあげてしまう。


「ちょ、ちょっとキミ! なにこれ……」

「ああ、これが俺様のパワーの秘訣ひけつさ、ゴホッ! ん、んっ」


 酷くせこけて、あばらの浮いた華奢きゃしゃな肉体。その白過ぎる肌に不気味な紋様もんようが刻まれていた。それも、首から下にくまなくである。

 まるで、蛇か鎖に縛られているよう。

 魔法によるものか、それとも呪いのたぐいだと一目でわかった。


「キミ、もしかして」

「ああ。。そういう病気でよ。けど、大賢者に頼んで力をもらったんだ」


 予言を残した大賢者は、この世界の全てを知る偉大な男だと言われている。

 あらゆる魔法に精通し、奇跡を何度も演出してきた。

 正体を見た者はいないが、魔王に脅かされたこの世界では一縷いちる希望のぞみである。その大賢者が予言せし二人の勇者……だが、ラスティは王女をかたる偽りの勇者である。


「よぉ、リーチェ。俺様の目に、狂いはなかったぜ」

「いいから! そういうの、今はいいから。横になって、ほら」

「頼るからよ、許せや……あの男を倒すまでは」

「弱気になってんじゃないの! まったく、男の子ってこれだから」


 リーチェは頭巾ずきんを脱ぎつつ精神力を集中させる。

 あらわになったいちご色の髪が、祈りの力でふわりと舞い上がった。

 修道女として短く切りそろえられていて、快活で闊達かったつなイメージは自分でも少し気に入っている。でも、人前で装束しょうぞくを脱ぐのは初めてだ。

 少し、汗をかいたのだ。

 それも、心胆を寒からしめる冷たい汗を。


「ラスティ、一つだけ教えて。どうして、そうまでして魔王を倒そうとするの?」

「……復讐、さ。俺様が、ブッ殺さねえと」


 この時代、魔王と闇の軍勢に恨みを抱かぬ者などいない。

 てつく北の大地より侵略してくる、魔族とモンスター……彼らもまたこの世界の一部だが、それが罪なき民をおびやかしていい理由にはならないのだ。

 謎に包まれた侵略者、魔王。

 その力は、ロゼリアル王国に長い暗黒時代をもたらしているのである。


怨恨えんこん、ね。ま、いいわ。それともう一つ」

「なんだよ、まだあるのかよ」

「大事な話よ……アタシはお金が必要なの。アンタについてってもいいけど、相応の報酬は貰うわよ?」

「わーってる、俺様のあらゆる全てをお前にやるよ。ちょっとした財産だぜ?」

「みたいね。キミ、変に育ちはよさそうだし。あ、でも王女ってのはやめない? 本人と鉢合はちあわせしたら困るでしょ」

「それは……ねえよ。絶対に、ねえ」


 それだけ言って咳き込むと、ラスティの言葉が小さく細くなってゆく。

 やがて、静かな寝息だけが二人の部屋を満たした。

 小さく上下する胸は薄く、白妙しろたえごとき肌に真っ赤な紋様が渦巻いていた。

 やれやれとリーチェは活力を魔法で呼び出し、手の光をそっと当てる。触れれば、ラスティの体温は酷く冷たかった。

 間違いなくそれは、死の病にむしばまれた肉体だった。


「まあでも、これで少なくとも稼ぐ手立てはできたわ。アタシ一人で戦うより全然いい。……あの力を使わなくていいもの」


 リーチェもまた、秘密を抱えていた。

 そして、眠るラスティにつぶやいても知られはしない。

 孤児院でも子供たちの世話を焼いてたので、手早くラスティを着替えさせて毛布をかけてやる。彼の寝顔は、まるで眠り姫……だが、時折眉根まゆねを寄せて小さくうなる。

 少なくとも貞操の危機はなさそうだ、そう思えば疲労が睡魔を呼んできた。

 リーチェも手早く寝支度をして、祈りを捧げてからベッドに倒れ込むのだった。

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女勇者は王子様!? ながやん @nagamono

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