エラ

高黄森哉

エラのある人間


〈エラのある人々〉



 町中に潜水服を着た人間が歩いていたら、その異様さに皆釘付けになるだろう。彼についてよく理解していないものは、コスプレだと勘違いして、写真に収めるかもしれない。しかし、それが病気のための装置だったらどうだろう。誰も茶化さないだろうか? いや、そんなことはない。

 とても暑い日だった。残暑というには強烈過ぎるくらいには、熱い秋の陽のことだ。潜水服を着た男が、往来の中をかき分けて進む。

 潜水服である。金魚鉢のようなヘルメットの硝子は、彼の姿を笑うものや、奇異の眼で見るその表情を、ゆがめている。潜水服の内側は水で満たされており、背中のバックパックでは曝気が行われている。まるで、あべこべの潜水服だ。魚人が陸に上がるために考えたようなデザインである。

 内部の彼は障碍者であった。彼の首にはが付いており、酸素を取り込んでいる。前述の潜水服は、そんな彼のための装置なのである。開発には大量の金が投じられ、その金は税金から賄われた。

 その装置のため彼は生き、子供をもうけたため、遺伝子は途絶えることはなかった。遺伝子は拡散し、いろいろなところで、彼の性質を受け継いだ子供が生まれた。だんだんと『エラのある子』は、社会に認知され、人々は彼らが生きやすいよう、環境をととのえている。

 認知されているからといって、彼等に対する差別はなくならなかった。病気が、見た目に、強い影響を与えるため、子供たちの標的にされやすく、大人に成り切れない未熟者からも、いじめの対象となった。



〈国の経済が傾いた〉



 国の経済が傾くと、段々と税金の使われ方に、疑問を持つものが増え始めた。監視の目は強くなり、政府の透明化は早急に推し進められた。

 その過程で、槍玉に挙げられたのは、障碍者に対する補償金 ―――――― 特に、『エラのある子どもたちへの環境整備』だった。ネットを中心に優生学が流行り出した。

 彼らの理論は一見すると正しそうだ。無理やり活かすのは自然の理に反しているし、現代は自然淘汰が進まないので人類の遺伝子が弱くなる、などの主張への反論は、なかなか見つからない。

 ということで税金を打ち切られた。エラのある人間は、原始の海に帰っていく。エラのある人間達は、ついに魚人としての生活を開始した。



〈とても暑かった十万年と、その後の地球の模様〉


 

 フロンガスの浸食により、地球の気温は上がり、南極が融け、大陸は海に飲み込まれた。最初の内は平気だった人類だが、塩害や錆び、流水の浸食作用などによって住処を奪われ絶滅した。その代わり居場所を拡大した魚人が、水面下でおおいに繁栄しているようだ。

 これは極端な例だが、一見すると役にたたなそうな遺伝子のエラーも、特定の淘汰圧下では、有利に働くことがある。優生学的な、すなわち不自然な淘汰は、人間の予測能力の限界ゆえに、種の寿命を短縮するのかもしれない。

 そして海中の町に、エラのない子が生まれた。先祖返りというやつだ。彼は普通の潜水服(この時代では特異な)を着ている。当然の如く、奇異の眼にさらされた。エラのない人間なんて不気味だ。人は変わらない。


 その時、海上。


 緑の平らな島がある。オゾン層が破壊しつくされたことにより、日差しが強くなると、海の表面で植物性プランクトンが繁茂し始めた。それらが一点に集まって、浮き島となったのだ。繁殖の速度がこのままなら、海面中を覆い、水面下を光のない世界にする予定である。日光の不足により海藻の類は死滅し、魚は餌を失う。それを食べる魚人は、路頭に迷う未来が待っている。


 次に未来の海上。


 一面に広がる緑の大地。海面は、はるか下に存在する。プランクトンのカーペットは、波の揺らぎに同調した。もう人が乗れそうなくらい、微生物の死骸は堆積している。いや、それどころか、家さえも建てれそうなくらいに。

 潜水服を着た男がいる。まるで月面に降り立った宇宙服の探査員。おや、その周りには仲間がいるらしい。

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エラ 高黄森哉 @kamikawa2001

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