ポイしてルンバ

〆っぽ

第1章

第1話 ナニしてルンダ

 俺、ブッチャー、ハイニーソ、サラピンの4人はいつだって一緒だ。幼い頃からこの街で育ち、15の歳にはここら一帯を牛耳っていた。俺らに逆らうやつは例え女子供でも容赦しなかった。この街の至る所の悪逆非道伝説は全て俺らの手で行われたものだ。後の世まで語り継がれゆくゆくは名作古典となること間違いない。


 ブッチャーが7つの頃、奴は昔からデブだったが、商店街の店先の食品サンプル全てをものの数分で胃袋に収めたことがあった。が、最後の最後でラーメン屋のタコ親父に見つかって取っ捕まっちまった。陰から見てたサラピンは直ぐに逃げたが、俺は後ろに回ってそいつのケツを蹴り飛ばしてやった。親父が俺をタコ殴りしてる間にブッチャーはガニ股で泣きながら逃げていった。その日のうちに両親と共にラーメン屋に謝りに行ったが、客が見てねぇうちにそいつの味噌ラーメンに家から持参した軟便を溶かし込んでやった。客はぶっ倒れ店もぶっ倒れショックで親父もぶっ倒れ。ざまぁ見やがれ。これがあの有名な【タコ親父糞味噌エンド】の全貌だ。


 ハイニーソの坊ちゃんは金持ちで、坊ちゃん刈りのナヨっぽい野郎だと思ってた。この街の臭ぇ空気に似合わねぇ洒落た家に越してきたとき、俺とブッチャーでその家の門を盗んでやった。警備に捕らえられボコ殴りされてた時に父坊ちゃんと子坊ちゃんが許してくれた。その奴の目が尊敬の色を湛えていた。コイツは使えると思った。家から高価な物を盗ってきたら俺らの仲間にしてやると言った。近所の空き地で3人で待ってると、サッパリしたシャツをズボンにインして丸眼鏡を掛けて颯爽と現れた。手に持っていた小さな箱を開けると凝った細工がしてある金ピカの紋章のようなものが入っていた。「ルパンでも盗めなかった代物さ」とハイニーソは言った。とにかくこれを河川敷の詐欺師サボタージュのとこへ持って行った。盗品を売り捌くことに関してこの野暮男程信用できる奴はいなかった。しかしサボタージュもこれに関してはどこか浮かない顔だった。5万円を受け取ると奴はどこかに連絡したきり俺らの前から姿を消した。しばらく後ニュースを見て驚愕したものだ。某国の競売で“ルパン”が12億で落札されたのだ。どうやら「失われた時代」のパニーニ国の朝廷ティラミス家の紋章であったらしい。このニュースを見た父坊ちゃんはすぐに犯人サボタージュを捕まえさせた。サボタージュは豪奢な身なりをして女を7人も連れバカンスをしていたらしい。既に終身刑の決まったサボタージュは俺らに面会を求めた。奴はしきりに真犯人はコイツらだと喚いていたが、父坊ちゃんがうまいことやってくれた。始終コチラを睨みつけていたが、腹の虫が治らないのは俺らとて同じこと。12億もするものが5万円でぶん取られたのだ。このまま終身刑で終わらせる俺らじゃない。そこで一計を案じた。父坊ちゃんに嘆願しサボタージュを解放させ、河川敷で落ち合うことにした。奴は平身低頭し、しきりに感謝していた。靴をも舐める勢いだった。その奴の後頭部目がけて鉄パイプを振り下ろした。一気に袋叩きにするつもりだったが、奴も大人でなかなか頑丈だった。俺は首根っこ掴まれ何回も殴られた。それを見たブッチャーとサラピンは逃げやがった。ハイニーソはブルブル震えて、ただ呆然と突っ立っていたが、俺と目が合うなり近くの石でサボタージュの側頭部をぶん殴った。サボタージュの標的がハイニーソに移り綺麗な服も顔もめった打ちされた。俺は悔しくてならなかった。自分で蒔いた種もろくに収穫できねぇ愚か者だと思った。そこからは2人で代わる代わるサンドバッグになりながらなんとか奴をぶっ倒した。俺とハイニーソは顔を見合わせて笑った。ハイニーソはすっかり男の顔になっていた。倒した頃にブッチャーとサラピンが帰ってきて泣きながら謝った。その2人にハイニーソは一発ずつ拳をくらわせ笑って許した。そこで俺らは仲間になった。4人でサボタージュに小便かけた河川敷から見た夕日がとても気持ちいいものだった。これが名高き【大怪盗撲殺の怪】の全貌だ。


 サラピンはこの4人で1番のブ男だ。にも関わらず1番のモテ男を気取っているから救い用がない。授業にノートも鉛筆も一切持ってこない。人から借りて返さない。新しい絵の具を買ってもらったと自慢していたが、それを使ったところをついぞ見なかった。理由を聞くと、使ったらなくなってしまうからだそうだ。なるほど、理に適ってなかなか頭のいい奴だ。サラピンは女につくづく縁がない。俺が女でもこんな奴はまっぴらだが。だからサラピン。人の女を見ては口説き落とし、すぐに手を出そうとする。「人のものだから良いじゃないか」が奴の口癖だ。コイツの犯罪歴は4人の中で最も多い。が、どれも先の借りパク同様狡いしょうもないものが大半だ。万引きに下着泥棒、覗きに露出、監禁未遂などなど。口では達者だが実が伴わない見ていて情けなくなる男だ。なぜこんな奴と一緒にいるかって?こういう奴は見ていて飽きないし話題が尽きないからだよ。一度だけコイツに戦慄したことがある。あのおぞましい【爪泥棒水玉コラ事件】のことさ。サラピンは童貞だ。性癖が拗れているからだ。あと顔と性格とファッションと……。コイツは季節ごとに性癖が変わっていく特殊な体質だ。下着や覗き、露出なんかは変わった性癖でもないがやはり長続きはしなかった。新しい春を迎える時サラピンはぼんやりと物思いに耽っていた。「爪かな…爪だな」と呟いたかと思うと1人でふらりどこかへ行った。その夜からこの街で拉致監禁事件が勃発した。いずれも被害者は帰ってくると手足の親指以外の爪が剥がされている状態だった。狙われるのは5歳から35歳までの女性でマニキュアやペディキュアを施していない爪であった。久しぶりにサラピンに会ったのは夏の終わりで、調子はどうだと尋ねてみた。「順調だ。今年は性癖の乱れがない」と言った。この言葉で確信した。犯人はコイツだ。なぜ犯人は親指を盗まないのかと尋ねた。「親指の爪はデカいからだろう」だそうだ。今の性癖を尋ねた。「さぁ」と答えた。いつもなら意気揚々と話すコイツが、「さぁ」とは。サラピンは、とんだ茶番だ、と言いたげに微笑んだ。爪泥棒はしばらく続いた。冬になり4人で集まった。このころにはサラピンは全く隠さないようになっていた。「親指の爪も悪くない」と言ってペディキュア付きの爪を手で弄んでいた。ブッチャーがカロリーを貯めるためにオールドファッションをバクバク食べていた。ハイニーソは相変わらず丸眼鏡であった。俺はダーツをしていた。サラピンは爪を落とした。落とした爪を踏んづけて粉々にした。と思うと奇声を発し、頭を抱えた。「乱れちまうじゃねーか」と叫ぶとその場から走り去った。数日後の夜事件は起きた。22歳の娘がいつになっても帰ってこない、と連絡を受けた警察が捜査をするとマンションの一室から腕や胸、腹や太腿が綺麗にポッカリと貫通させられた女性の遺体が見つかった。その穴は多くの砕かれた爪で綺麗に塞がれていた。その女性の口内から男性の精液が検出され、サラピンは逮捕された。その女性は、婚約が決まっていたらしい。さらに俺らの基地に大量の爪が放置されていたことから、俺らも捕まりそうになった。ブッチャーとハイニーソは既に逃げ、俺だけが濡れ衣を着せられた。懲役は何年か忘れたが、俺らの青春を奪い取るには十分な期間だった。

 サラピンはどうしようもない奴だが、面白い奴だ。ブッチャー、ハイニーソも欠かせない存在だ。獄中でサラピンと会うたびに短い会話で脱獄の計画を立てた。その間2年。無事脱出することに成功した俺らはもう19歳になっていた。俺らは遠くまで逃げた。ここまで来れば安心だというところまで来ると小さなあばら屋があった。2人してそこの鍵を壊して入ると、中にはブッチャーとハイニーソの顔があった。一瞬の後全てを理解した俺らは4人して抱き合って泣いた。今までの2年間のことや獄中でのケンカ、ゴリゴリの男に掘られそうになったことなど。時間はあっという間に過ぎた。程よい疲れの中、隙間から入る月光を見てまどろんでいた。あぁ俺たちの友情はきっと永遠だと本気で思ったものだ……



……いや。待てよ。俺ばかり酷い目に遭ってないか?ブッチャーは一度でも戦ったか?ハイニーソは逃げなかったか?そういえば脱獄の計画も全て俺1人で考えたものじゃないのか?コイツらとの友情はもしかしたら俺1人が勝手に感じているだけじゃないのか?沸々と湧き上がる怒りで眠れなくなった俺はガバッと起き上がると文句の一つも言ってやろうと思った。しかし、気持ち良さげに眠る奴らを見てどーでも良くなった。


「あぁコイツらとの友情を真に確かめることができたなら。今までのことは全部水に流そう。より良い関係を築くには一体どうすればいいのやら……」


一瞬月が赤く光った。目を擦りもう一度見上げるとそれは月ではなく鴉の目であった。


 明くる日から俺らは再び悪に精を出した。このあばら家から都市までは往復で2日もかかってしまう。そのため1回の盗みで出来るだけ大量に持ってこなければならない。2組に分かれて人目につかず行動することが何よりの重要事だ。俺とブッチャー、ハイニーソとサラピンに分かれて盗みを働く。俺が引きつけている間にブッチャーが行う。ブッチャーは見た目の割に器用な男だ。そういえば商店街のフードファイトのときも米粒ひとつスープ一滴残らず綺麗に平らげていた。

 あばら屋に戻り互いの成果を報告した。乾燥パスタと米がそれぞれ10キロずつ乾燥肉やら缶詰が合わせて30個ほど、酒2升、調味料と金目のものが少々。悪くない成果だろう。まずは再会を祝して乾杯した。久しぶりの酒は美味かった。その後はちびちびやりながらこれからの計画を立てたり歌ったり踊ったりして床についた。やはり友は良いものだ。強いて言うなら女が欲しいところだがそのうちなんとかなるだろう。

 2ヶ月ほど同じような生活を続けた。が、なぜか最近妙に不幸な気がする。鳥のフンが落ちたり、犬のフンを踏んだり、鹿に追いかけられたり、用水路に落ちて骨折したり、馬に轢かれて危うく死にかけたり。さらにおかしいのが、サラピンはともかくとしてブッチャーやハイニーソが女のことについて不平を言わない事だ。普段一緒に過ごしているからコイツらに女がいないことは知っている。街に行っても盗みをするだけで、女には目もくれない。そのことについて聞いてもお茶を濁すだけで、曖昧な返事しか返ってこない。食事に関してもそうだ。俺は栄養が偏っているせいでロクな糞が出ないのに、コイツらはいつも快便だ。なんなら食事も酒も分けてくれることさえある。

 そんなある日のことだ。いつものように祝杯をあげ気持ちよく眠ろうとすると、他の3人が一向に眠る気配がない。3人でカードをやっているがそれもあまり身が入っていない。どうも俺が寝るのを待っているようだ。コイツら俺に何か隠しているなと思い、俺は小さく寝息をたてた。しばらくしてサラピンが俺の方に近寄り耳を傾けた。


「寝てるか?」とブッチャー


「いや、まだ浅い。もう少ししてからにしよう」


「なんかルンバに悪いな」とハイニーソ


「しょうがないだろ。俺らの幸せのためのスケープゴートだ」とブッチャー


何のことだかさっぱりわからない。それにサラピンが花のようないい香りがする。もう少し泳がせることにした。


「いまいくらだ?」とサラピン


「27ってところだな」とブッチャー


「ってことは1人2回ずつか」とサラピン


「ルンバにも教えてやるべきだ」とハイニーソ


「坊ちゃんは優しすぎる」とブッチャー


「仮にルンバに気づかれてみろ、坊ちゃんはこの生活を捨てたいのか?」とサラピン


「それは……無理だ…」とハイニーソ


「そろそろ良い頃合いだろ。カラス呼んでくる。準備しとけ。金忘れるなよ」とブッチャー


ブッチャーとハイニーソ、サラピンが立ち上がり、あばら屋を出る。ブッチャーの低音ボイスが一瞬響き、外がピカッと明るくなった。かと思うと物音ひとつしなくなり、夜の静寂に包まれた。


 起き上がり外に出ると誰もいなくなっていた。声をかけたが返事はない。ブッチャーの声が響いた辺りに行くと徐々に小さくなりつつある黒い渦がこの家の裏口に張り付いていた。木の棒を入れると抵抗なくすんなりと引きずり込まれた。まさか奴らはここに入ったのか?何のために?考えているうちにも徐々に小さくなっていく渦は最早頭が入る程度の大きさになった。


「ええいままよ」


        俺は飛び込んだ。



次の瞬間には見慣れぬ大地に突っ伏していた。


デブとナヨとブスがこちらをギョッとした目で見つめていた。


「お前らここで何してるんだ?」

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