第39話 摂政殿下は怒られる

「ま、負けただと……? 三百隻もいて、負けたというのか!?」


 報告を聞いたサイラスは、自分の耳を本気で疑った。

 しかしその報告をしたドゥーズもまた焦っている様子だ。


「わ、私自身もまだ信じられないのです。海賊たちは最後には六芒星を作り、クトゥルフ細胞を召喚したようなのですが……なのにまだヴォルフォード男爵領は健在。それどころか領地に攻めてきた宇宙海賊を全滅させたと公式表明を出しています」


「クトゥルフ細胞は無敵ではないのか!?」


「そうです! そのはずです! なのに一地方の艦隊如きがどうやって……なにかの間違いと思いたい……」


「ならば間違いだったと証明する報告を持ってこい!」


 サイラスは初めてドゥーズに怒鳴った。

 彼はいつもサイラスが欲しい答えをくれるから敬意を払っていたのだ。

 無能なら、ほかの奴らと同じ扱いだ。

 ドゥーズは一礼し、執務室を去って行く。


「くそっ……クトゥルフ細胞はダゴン教団が言うほど強くないのか? いや、余とてルルイエの海を飲んでいるから分かる。いくらセリカが強くても勝てない……そのはずなのだが……! 第一、クトゥルフ細胞を抜きに考えても、三百隻と十隻の戦いだぞ。戦術でその差がひっくり返るものなのか……? ああ、忌々しい!」


 その忌々しいセリカから通信が入ったと秘書が告げてきた。

 出たくなかった。だが海賊に関する重大な用件だと言っているらしい。

 どんな戦いが行われたのか、少しでも情報を得られるかもしれない。そう思ったサイラスは、呼吸を整えて椅子に座り直し、端末を操作した。

 セリカの顔が表示される。相変わらず美しい。これが物言わぬ人形だったら最高なのに。


「海賊の大艦隊に襲われたようだな。いきなり領地を発展させると、そういう連中に狙われる。どの程度の被害が出たのだ? 余が国を動かし、いくらか支援しよう」


 サイラスは自分が襲わせたのに、しれっとそう言った。


「ありがとうございます。ですが死者はゼロ。船にダメージを負いましたが、撃沈は一隻もされませんでした。支援などいりませんよ」


 死者も、撃沈もない。

 宇宙海賊たちは戦闘をせず、実は観光だけして帰ったのかと疑ってしまう。


「ところでサイラス殿下。海賊の艦隊に、とても奇妙なところがあったのです」


「なんだ?」


 魔法陣を組み、クトゥルフ細胞を召喚したことだろう。

 いくら質問されても、サイラスは答えないと決めている。現にクトゥルフのことは、あまり詳しくないのだ。


「エンジンです。古い船ばかりでしたが、強力なエンジンに換装し、素早く動く船が何隻かいました」


 サイラスはギクリとする。

 確かにエンジンの設計図をドゥーズに渡した覚えがある。


「戦闘中、データをとってみたのですが……どうやらエルトミラ王国軍の最新型エンジンと一致するようでして。なぜ宇宙海賊がそれを持っていたのでしょう? とても不思議でなりません。殿下はなにか知りませんか?」


「知らん! 余が知るはずないだろう!」


 サイラスは一方的に通信を切った。




 その後日。

 なんと銀河帝国の宰相ハワード・ブラッケンから通話があった。

 銀河帝国は人類史上最大の国家だ。そして宰相とは、君主に任じられ国政の補佐をする者。つまり国のナンバー2。

 銀河帝国の宰相ともなれば、この宇宙で二番目の権力を有しているといえる。


 宰相は白髪が目立ち始めた五十代。サイラスの父親と同年代だが、知性も迫力も宰相が遙か格上に見えた。


「単刀直入に聞こう。貴国の新型エンジンが海賊に流出したというのは本当か?」


「な、なぜそれをご存じなのです……?」


「ほう。やはり本当だったか。私が信頼する、とある人物からの情報だ」


 とあるもなにも、セリカ・ヴォルフォード以外に誰がいるというのか。


「余は……いえ、私はなにも知りません! 一切なにも!」


「ほう。サイラス殿下。あなたは摂政という立場でありながら、軍の重要機密が盗まれ、どこかで生産され、海賊に渡り、実戦で使用されるまで、なにも掴めなかったと。どうやらエルトミラ王国の防諜体制には、大きな問題がありそうだな」


 サイラスは机の下で拳を握りしめる。

 国を一つ支配したのに、まだ自分に説教できる立場の奴がいる。耐えがたい気分だった。

 しかし無能だと糾弾されるだけなら、なんとか乗り切れる。

 流出したのはエルトミラ王国のものだ。銀河帝国に文句を言われる筋合いはない。

 そう思っていたのだが――。


「あのエンジンは、エルトミラ王国だけで設計したのではない。銀河帝国がそちらに提供した設計図をベースに、エルトミラ王国が独自の改良を加えたものだ。つまり、あのエンジンの設計図が流出するというのは、銀河帝国の機密が流出したのと同じなのだ。貴国を信じて協力したのだが……これからは考え方を改める必要がありそうだな」


 宰相が睨んできた。銀河帝国に睨まれた。どうやらエルトミラ王国に対してではなく、サイラス個人を嫌悪しているように見える。

 なぜだ? セリカになにか吹き込まれたに違いない!


「ブラッケン宰相閣下! セリカがどんな話をしたか分かりませんが、あのような田舎貴族を信用するのは危険です。エルトミラ王国と銀河帝国の関係を悪化させ、なにかよからぬ企てをしているのかもしれません。三百隻の宇宙海賊に襲われたのに無傷というのも怪しい。もしかしたら海賊とセリカは裏で繋がっているのかも――」


「サイラス殿下。私が幼い頃、故郷の星で魔物の大発生が起きた。そこに現われ、魔物を駆逐してくれたのがセリカ・ヴォルフォードだ。彼女は私の憧れの人だ。そのように根拠のない侮辱は、よしてもらおう。では失礼する。どうやら貴殿と会話するのは、大変なストレスになるようだ」


 一方的に通信を切られた。

 サイラスは震えが止まらなかった。

 これまでも思い通りにいかずにイラついたことは何度もある。しかし、なにをどうやっても勝てない相手にここまで嫌われたのは初めてだった。



――――――――――――――――――――――――――――――

ここで第一部完です。

続きをいつ書くか決めていないので気長にお待ちください。

(あくまで趣味で書いたものなので、もし更新がなくてもご容赦ください)

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婚約破棄されたエルフ男爵令嬢は、実家で宇宙艦隊を作り無双する ~優しい教え子たちが領地に駆けつけてくれました~ 年中麦茶太郎 @mugityatarou

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