2000字のセカイ

天使 ましろ

第1話 いつか君は確かに天使だった

遥か昔、この美しい世界にはふたつの種族が存在していた。

通称「天使」という翼の持ったとても見目麗しい顔立ちの天界の人間に地に足をつけ暮らす、手先の器用な翼の持たない人間がいた。彼の住む世界を「天界」と「人間界」と呼んだ。彼らはお互いを尊重し、お互いの得意なことを活かし、支え合って生きてきた。


そんな天界と人間界が交流を失い、7000年とい時が過ぎた。天界の人々、天使たちは人間界の人々を忌み嫌い、人間界の者たちを「堕ちこぼれ」と嘲笑った。そして、近年もっとも天界と人間界の関係を悪化させた事態が起きた。


そんなふたつの世界がギスギスとしたなか、ふたりの世界の命運を背負う者が現れた。


「ん.......」

鉛のように頭が重い。腰も痛ければ、足も痛い。


たら.......


「たら?」

頭から何かが流れた。不意に訪れた違和感に触れると、手は美しいほどに目を引く深紅に染まっていた。

「ち?.......?」

突然の血に驚き、吐き気がする。そう言えば気分も悪い.....おえぇ.......と咳込めば、本当に吐きそうで仕方がない。とにかく、ここはどこだ?記憶がない。ここは何処なのか。さっき目を覚ますそれ以前の記憶は何処にもない。


ガサガサ


「.........!」

何かが聴こえた。獣だったらどうしよう。......に、人間だったら?........どのみち今の自分は動けない。


ガサ....ガサ


く.......来る......!に、逃げ–––


「おい、誰かいるのか。」


.....!緑色の森のなか、隙間から覗くはちみつ色の陽の光に照らされた薄いレモン色の髪の毛のそいつは綺麗な顔を怪訝そうな顔で自分をみた。....人間だ。は、羽!!隠さなきゃ。って、なんでかわからないけどオレの羽消えたんだった。


「お前、怪我、してんの?」


薄いレモン色.....遥か昔の記憶あたたかい記憶、ずっとしまっていた記憶のなかで目の前の彼と同じ髪色に抱かれ、優しく頭を撫でられた記憶が微かに自分のなかにある。あれはきっと母親の記憶。幼い頃にオレを置いて人間界へ行ってしまった、人間の母の記憶。俺は人間と天使の混血なのだ。


「おい、生きてる?」


彼が近寄り、オレの肩に触れようとした。だけど視界はぐにゃりと曲がり、オレはそこで意識が途切れた。



目が覚めるとそこはひとり部屋にしては大きな部屋。ふかふかの大きなベッドに大きな窓。窓からは綺麗な光が零れている。ここはどこ?ぼんやりとした意識のなか、何もまとまらない自分はぼんやりと外を眺める。


ガチャ


「!」

ドアの開く音と共にあのレモン色の男が現れた。

「あぁ、ここからはオレひとりで大丈夫。あっちに言っててくれ。」

と何やら騎士のようなものとの会話が聞こえる。

「よお、起きた?」

レモン色はそう俺に向かって言った。オレはこれからどうされる?無意識に顔に出ていたのだろうか、

「そんなに警戒するなよ。お前、頭から血を流していたんだ。それを助けただけだよ。」

「.........っ、どうして助けた?」

彼の心中がみえず、声が震える。

「さあ.......ただ、オレの前で死なれると後味悪いから。」

レモン色の綺麗な瞳が光った。

「お前、行くとこあるの?」

「えっ ?」

行くとこ.......ないだろ。両親も居ないオレは今日、売られたんだ。育ててくれたおじさんとおばさんに。高値で。真っ白い髪の毛の天使は金になるってね。あーあ。世の中クソだな。大事なもんなんてとおに失ったし、もうなにも怖くないよ。オレってば無敵ですね。あーあ。

「なら、オレとは暮らせば?」

「は?」

「オレと暮らすよ。お前は。」

自信たっぷりの顔。ねえ、どうして?あんたはさっきからこんな身も知れないオレに優しくすんの?

「ふふ、言いたいことたくさんって顔だな。」

あ、同じ瞳の色。

「.........」

「だんまり!?」

「い、いや、あんたオレと似てるなって」

「あ!なに!それオレも思ってたよ。」

「.........ん。」

照れくさくって目を逸らした。レモン色の笑った顔をみて、思い出した。微かに眠る母の姿を。目の前にいる男は母と同じレモン色の髪の毛だ。母と同じ優しい空色の瞳だ。オレが欲しくても手に入らなかったあたたかい母と同じ色を纏っている。オレは人間に殺されたと言う天使の父親と同じ色。真っ白な髪に銀色の瞳。人間の母は人間に父が殺された後、天使達に酷く虐められ耐えられず天界を後にした。オレを置いて。それでもオレは母に会いたい。母に似ている目の前の男は手がかりになるのだろう。母に逢いたい。母にどうしても逢いたかった。そしてオレに許しを乞うてほしい。たった一言でいい。「ごめんね。」と。それだけでこの望んてない世界を、誰かに支配された生きづらい世界を愛せるだろうか。

「おい、どうした?」

ねえ、レモン色、オレ天使だよ。羽は何故か消えちゃったけど。ねえ、神様なんているのかな。教えてよ。



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2000字のセカイ 天使 ましろ @am_noenoe

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