019. 迷宮脱出


「———今なら君の魔力で転移陣描いてあげなくもないけど、どうする?」


確か俺は、ここを抜け出すために攻略しようとしていたんだよな?


「お前、転移陣を描けないのか?」


「うん。さっきも言った通り、これは魔力じゃないから、転移陣とか描こうにも描けないんだよ。というか、どうして攻略すれば出られるなんて思ったの?そんな情報、あったとして信憑性は?ないでしょ?攻略者が出てないんだからさ。」


「た、確かにそうじゃな。攻略すれば出られるなんて、攻略者がいないのに分かるはずないのは当然か。」


「そうだが……。お前、魔力は俺よりあるだろ。それともなんだ?あれか?魔力じゃねえのか、それは。」


ここに来た時からずっと、巨大な魔力らしきものが彼の中でずっと渦巻いていた。


「まったく。これは魔力じゃないってずっと言ってるだろ?だって……。まあ、視てごらんよ。君にはどう視える?」


魔力視にて彼を見ると。


「ちっさ。弱。」


「いやあの。どストレートすぎて悲しいんだけど。」


「だが。一体何だ、これ?魔力じゃないんだろ?」


「……秘密。それに、説明のしようがないってさっきも言ったはずだよ。」


魔力のように自在に操ることが出来る、別の何か。魔術として認識できないのは当然だったのだろうか。


「で、どうするの?転移陣描くだけなら出来るよ?」


俺には転移陣なんか分からない。でも、ここから引き返すのはもっと嫌だ。


「ここから引き返すのは嫌だからな。いくらでも魔力は貸してやる。」


「じゃあ、三人分の転移陣を描くよ。六門魔術セクステット転移方陣ヴァンデルン】」


俺の中から魔力がなくなっていく。なくなっていけばいくほどに、魔法陣は完成に近づく。


それぞれ六つ、異なる魔法文字の羅列が刻印された魔法陣が重なり、そこで初めて一つの魔術として完成する。


描く魔法陣が一門の魔術は、存在するにはするのだが、魔術としての威力の低さ、門に描ける情報の少なさゆえに、火おこしなどと言った生活魔法として浸透している。それは二門、三門も同様、魔術と認められておらず、四門以上の魔法陣を必須とする魔法を扱えることが、魔法使いと名乗ることができる一つの条件だとイレーヌから聞いた。

だが、込める魔力量によっては四門魔術カルテット五門魔術クアンテット六門魔術セクステット……というふうに、対抗できるらしい。あくまで「らしい」だし、今では対抗ができるはずなどないと言うが。


生前の記憶でも同じことを誰かから聞いたような気はしたが、もう俺からは生前の記憶などなくなりかけていたこともあり、イレーヌから聞いた時には、ほぼ初耳に近かった。


「さて。完成だ。この迷宮の入り口付近に、きっかり1分後に飛ばすよ。魔法陣に近づいて。」


一寸の狂いもなく造形された魔法陣に触れる。それは俺が適当に描き上げる魔法など比べるに値しないほどに美しい、魔力変換率も高い術式。今の俺の知識と技量では、これを超える術を使えない。いや、この術式すら完全に真似など出来はしないだろう。


「ノヴァ迷宮初の攻略者、ジーク・ローレンス、イレーヌ・クライメルト。そして霊剣クリュサール。またどこかで会えることを願っているよ。」


「ああ。またな。」


表情筋はうまく動いたか、分からないけど。俺は笑顔を浮かべて、彼と別れたのだった。


「———————。」


彼の口が小さく動き、何かを喋った。しかし、それを俺が聞くことは叶わなかった。










「ッ。」


眩しい。いつぶりかの太陽が、俺に降り注ぐ。


「眩しいのぅ!久々の太陽じゃのぅ!」


「一体何年ぶりでしょうねぇ、太陽を拝むのは。」


イレーヌも、クリュサールも、心なしかテンションが高いようだ。俺は太陽に当たるのは、なんかちょっと体がだるくなるが。


「マスター?燃え尽きたりしないかの?」


「ん?おう。服はボロボロだけどな。」


服は俺の体の一部ではないので、造形はできないのだ。ゆえにこれまで受けた攻撃や、生前の傷から流れた血がべっとりとついたボロボロ、陰部丸出しの服になっている。


「まあ一応隠すべきところはありませんし、わかりませんよね。まあ面倒ですし、近くの街で服を買いましょうか。」


「服?隠すべきとこなんてねえ、素っ裸でも俺は大丈夫だ。」


俺には、男の象徴や肛門、乳首でさえも、何もない。俺は人間によく似た別の物なのだから、当たり前だ。


「ほれ。」


俺はボロ雑巾と変わらぬ服を脱ぎ捨て、自身の体を晒す。


「ちょっ!ないからって脱がないでくださ……」


最初は目を逸らしたイレーヌだったが。


「……実際見ると、やっぱりないんですね。」


「ふむぅ。確かにつるぺたじゃな。」


俺の股間を凝視する魔剣少女。言い返すことにした。


「お前の胸が、だな。」


「妾はいいの!剣じゃもん!」


剣だから、って回答になってなくね?まあいいけど。


「滅しますよ?クルちゃんがかわいそうです。」


「残念、俺にはもう聖魔法なんか効かねえよ。」


……ん?クルちゃん?


「ちょっと待て。クルちゃんってなんだ。」


「クリュサールなんて名前、長くて呼びづらいですし、可愛くないじゃないですか。だから、クルちゃんと呼ぶことにしようって、ジークさんが寝てた時に決めたんですよ。」


寝てた時っていつだよ。……マジでいつだよ。


「名前、決めたのじゃよ。じゃから……クルル・ローレンスとでも名乗ろうかのぅ?」


俺の妹、という設定ならイケるかもしれないな、なんて思いながら、適当に返事をする。


「いいんじゃないですか?私も、イレーヌ・ローレンスでいいですよ。」


「うん……は?お前には別の苗字があるだろ?」


「クライメルトですか?あんなの苗字じゃないです。私と一緒にしないで下さい。」


俺がそう言うや否や、心底嫌そうな顔をするイレーヌ。


「じゃあ、ローレンスでも名乗ればいいんじゃねえか?」


「いいんですか?」


「お前がいいなら、気にしないけどな。」


「全然おっけーです今捨てました。……。あれ?それって、一緒に行っていいって事ですよね?」


……あ。ぎろりとク……ルルが俺を睨んだ。しかしその直後、はあっとため息をついて話し出す。


「まあ、もういいのじゃ。コイツ、面白いし。」


「やった!ありがと、クルちゃん!」


ぎゅーっとク…ルルを抱くイレーヌ。


「一旦離れろぉ、イレーヌ。」


まんざらでもない様子のクルルが、口でだけ「やめろ」というのが、面白かった。


「じゃあ、とりあえずジークさんの服をどうにかしましょうか……。」


「そう……じゃな……。」


先ほどのほんわかした雰囲気からは打って変わって、2人は真面目な顔になっていた。


それも当たり前。このまま超ボロボロの服で俺が街に行けば、露出した体の一部から人間でないことがバレてしまうのだから。




作者より 7/3の追記

少しばかり加筆を行いました。

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魔物に殺された俺が不死者《アンデッド》になった話 しろいろ。 @eijitoyoda

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