018. 迷宮100層にて


「君を殺したのはこの僕だ。あの魔物を操ったんだ、君を救うために。」


俺を救う為?俺を殺しておいて?俺を殺した奴のセリフか?それが。


「意味が、分からない。」


まだ俺は混乱していた。かろうじて喉から出た言葉も、


「うん。今は説明出来ないし、しても分からないと思う。ただ、僕は君のために、君を殺したんだ。……分かっているとも。僕は人間である君を殺め、人間でなくなった君を作り上げた。この行為自体が、許されないことだということは分かっているつもりだ。だから、贖罪とまでは言わないにしろ、君にはここを抜ける前に3つ、プレゼントをしようと思う。」


まずは一つ目、と言って、彼は指を俺に向けた。


「【制限解放リミットバースト】」


俺の中で、なにかが弾けた。パキィン、と。まるで鎖が弾けるように。


「一つ目のプレゼントは、君の持つ制限鎖の切除。君の力を完全に君が掌握する為に。」


二つ目、と、またつぶやいた。


「名無しじゃあ、この先やりづらいでしょ。名前をあげる。そうだな……名前は、僕の名前を渡そう。僕の真名を。君の名前はこれから、ジーク・ローレンスだ。」


俺の体の内側から、何かが湧き出てくる。そう。俺の名前空白が埋まったのだ。


「最後のプレゼントは、君のその欠けた目だ。君には僕の名と共に目を。」


俺の右目は、クリュサールに貫かれてどこかへ消え去った。そして、それが満たされることなどあり得ないはずだった。しかしながら、俺の目の前にいる少しふざけたような男は、それが当たり前であるかのように、を使って、俺に目を与えた。


「うん。バッチリだね。目の色が左右で違うのは……ま、だいじょぶか。そういう子もいるもんね。あ、鏡見る?」


「え?あ、ああ。頼む。」


鏡を覗き込んで、自分を見た。俺の頭髪は、生前とは違って真っ白になっていた。それは右目の虹彩も同様で、その色は青色。目の前の男と同じだった。左目は生前同様に、いや。生前よりも赤く、煌々と光っていた。


「どう?僕的にも人間っぽくていい方だと思うんだけど。」


「悪くはないな。人間っぽい何か、の域は出ねえが、偽装すればどうとでもなるレベルはあるみたいだしな。」


俺が外に出ることが目的であることはそうだが、その後は?人間ではない物が人間に混じって生活出来るのか?それは確かに一つの懸念点であったのだ。


「まあ、人間じゃない物が人間に混じって生活なんて、これまでの歴史で前例なんてなかったしなぁ……。君が人里に居たいのなら、【偽装ディシート】を使う必要があるかも。」


俺が何をしたいか。何も、何一つとしてこの先は決めていない。そもそもここから出ることだって叶わないと思っていたのだから。


「君は何をしたいのかな?」


「知らん。」


「知らんのか!?」


「おうとも。この先何をするかも決まってねえ。」


「そう言えば出るぞしか言ってませんでしたね、ジークさんは。」


本来の名ではない『ジーク』で呼ばれると、何だか不思議な気分になる。俺ではないと分かっているのに、それは俺だからだ。同姓同名の他人を呼ばれているような感覚になるのだ。


「……今はまだ名前が馴染んでないけど、いずれその名は僕のものではなく、君のものになる。その時には違和感もないと思うよ。」


「どういうことだ?」


この名は本来彼のものであれば、いつか返す時が来るはずだ。


「名前っていうのは、その人の所有物でもあるんだ。今、君の名前である『ジーク』は、あくまで『他人から預かったもの』だ。でも、そろそろ僕の寿命も尽きる。そうすれば、それは預かり物ではなく、君のものになる。正確に言えば、僕と君が同一存在になるってこと。」


迷宮主である目の前の男と同じに、ということか?


「でも、それは意識が同一になるってことじゃない。僕と君はいつになっても意識を同一として持つことはない。同じ存在であり、別の存在でなければならない。僕は、君であって君ではないということさ。」


「俺であって俺ではない?不死者アンデッドである俺が、人間である俺と存在として同等であるっていうのと同じってことか?」


「そういうこと。オリジナル原型はどちらでもあるってことだから。でもね、いつか君は、絶対1人になる。僕が消えて、君という存在がそこで完成する。」


「本来1人なら、どちらかが消えねえといけねえのか。」


「うん。君は僕に成せなかったことを成し遂げる人……いや、不死者アンデッドだったかな?よし。もうこの話はおしまい。じゃあ、頼んだよ。」


「おう。任せてお……」


唐突のその時はやってきた。力が込められない。倒れるしかできない。いや。意識が遠のいていくのか?これは一体……。








目が覚めると、体は異様に軽かった。


「どう?制限鎖もなくなって、進化もしたんだし体軽くなったんじゃない?姿見、使ってみなよ。」


目の前に突然姿見が現れて、俺はここで初めて、自分の全身像を見た。


「ここまで人間とそっくりになるのか?」


服はボロボロで、人間だったなら露出が激しいどころか、隠部丸出しである。


「いやー正直僕もびっくり。これなら偽装なしでもイケるね。」


まあ服はどうでもいい。……人間らしい体にはなったが、いかんせん筋力もあまりなさそうで、とてもじゃないが強くは見えない。年齢を考えても15、6歳程度。これが上位不死者アーク・アンデッドなのか?


「うんうん、強くなってるね。これなら順調にいきそうだ。」


何がだろうか、と問う間もなく、


「マスター!進化しよったのか!凄いのぅ、今までのマスターなんかノミに見えるような魔力量じゃ!で。のぅ、迷宮主。」


「なにかな?」


「制限鎖とはなんだったのじゃ?それに貴様が見せた解除術。マスターはおろか、妾まで分からなかったんじゃが。」


「ああ、アレ?アレはそもそも、魔法じゃないからねぇ。説明のしようがないよ。」


『魔術として認識できなかった』のではなく、そもそも魔術ではない?何か別の力が働いたということか?では何が?


「今は分からないと思うけど、いつか分かる時が来るよ。君はそういう運命を辿るからね。……さて。帰っていいよ。」


「ん?待て。地上に送れないのか?」


「そんな便利な魔法、いつでも使えるわけないよ。僕、魔力量に関しては凡人以下だし。転移陣だって作るのも維持するのも大変だし。あ、今なら君の魔力で転移陣描いてあげなくもないけど、どうする?」


抜け出すために、攻略していたんだよな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る