017. 迷宮主


「そろそろ100層終わりなんだよな。」


今俺たちがいるのが、98層。最終層と思われる、俺たちが目指す100層まで、もう目と鼻の先、となったのだった。


「そうじゃな。」


「……どうしてこんなゆるゆるな雰囲気で最終階層に進めるんですか?」


「この階層からというかな。罠が見つからねえ。魔力を放出しながら徘徊する知能の低い魔物も、魔力を隠蔽しながら潜伏して、奇襲を仕掛けるタイプの狡猾な魔物も、一切見当たらないからな。」


魔力感知というのは便利なもので、魔力の大きさだけでなく魔法発動、魔法で隠された罠も全てを見通す。まあ、次の層を視ることはできないが。


「そうですね。確かに罠も、感知はできません。でも、ここって最下層手前ですよ?隠蔽されていることは考えないんですか?」


「いや。魔力による隠蔽はない。必ずそういうものは隠す時の魔法の残滓、魔力があるはずだからな。お前の仕掛けてた罠も、バレバレだったぞ。」


イレーヌと戦った際、彼女は俺の行動範囲を狭めるためにあちらこちらに罠を仕掛けていた。それも、鎖で俺の体をガッチガチに固めて身動きを取れなくするくらいのやつだ。今ではそんなもので体を縛られるような失態は犯さないが、戦闘終了後にあたりを見渡した時の恐ろしさと言ったらない。


「……やっぱりそうでしたか。というか、残滓を見るなんて相当な眼を持ってるんですね。私でもギリギリ見れるか、という程度ですよ。すごいですね。」


「そうか?すごいのか?……てか、お前らの言うマスターってのがこの先にいるわけだが、一体なんなんだ。てか、お前らは歳、いくつだ?」


「乙女に年を聞くのはナンセンスですよ?」


「お前が乙女とかそういう年齢じゃねえのは知ってるからな?迷宮の建造はいつだ?多分お前らがここにきた年にこの迷宮が生まれたんだろ?」


まあ、この古さからして建造から数千年は経ってるだろうな。


「ええっと……前回の招集が200年前で……あ、5,729年前です。」


そんな明確な年なんか聞いてねえよとツッコんでやりたくなった。


「で、お前が死んだのは何歳の時だ。」


「21ですかね?」


随分若い風貌だなとは思っていたが、そんなくらいなのか。そして、俺は先程言われた5729と21を足す。そして。


「要はお前、5,750歳だ。クソババアだな。」


その合計を年齢として伝えて、感想を述べたのだった。


「クッ!?」


俺がそう言ったが早いか、イレーヌは絶句して固まった。


「それ、妾も?」


「お前、歳いくつだよ。てか歳なんて概念、お前らにあんのか?」


「あるわボケ。えっと……10,000超えとると思う。」


ボケと言われたのがなんだかムカついたので、


「クソババア認定が欲しいのか?イレーヌみたいに?」


そう聞いてみた。すると、


「う……ううん。欲しくない。」


やはりこの反応が返ってきた。予想通りすぎて嬉しくなったので、


「じゃあ気にするな。」


と許してやることにした。


「イレーヌも、悪かったな、クソババアなんて言って。」


「別に構いませんよ。でも………。」


尻すぼみに小さくなる声を上手く聞き取ろうと近寄ると、


「あっ!?えっ!?な、なんでもないです!!」


と赤面しながら杖で殴られた。だが、今回の件は俺が全面的に悪いので、ここから出たらなんか一個だけ言うこと聞いてやるから勘弁してくれと言ったら、俺を殴るのをやめ、早く行きましょうと俺を急かしたのだった。







「もう第100層なんですね。凄いです。……全部、力でのゴリ押しだった気はしますが。」


「実際そうだろ。めちゃくちゃな量の魔力を使ってお前らを倒したわけだしな。」


「ねえ、妾、剣に戻った方がいい?この先、やばい感じしかしないのじゃけど。」


問題ない、そう返そうとした俺は、扉の奥にある巨大な魔力なにかを感じ取ってしまう。俺より遥かに強大な魔力なにか。目の前にしなくても分かる。これは無駄な戦いだということが。でも、ここまできた俺はもう引き返すのが面倒になっていた。そう。面倒だからここまで進んだのだ。ずっとあそこ50層にいるのも暇だからここまで進んだのだ。


「おう、頼む。」


今更、引き返す?めんどくせえだろ?めんどくせえんだ!行くしかねえ!


俺は『バァン!』と扉を開けた。














「フフッ」


扉を開けた先には、寝そべって本読みながら変な笑いかたをしている男がいた。なんかボリボリ食ってるし。こいつが迷宮主ダンジョンマスター?嘘だろ?そう思ってイレーヌを見ると、


「え?マスター?」


「あっ。」


何か言ったかと思えば、とんでもない魔力なにかが動いた。そして寝そべっていた男の周りにある本が消えた。


そして、作っているのがバレバレな低めの声で、


「ようこそ。」


と言った。


マスター。バレバレです。」


「おいイレーヌ。俺もそれは分かるが、言うな。」


なぜかこの頃には、こいつに負ける気はしなかった。


「……もういっか。こんにちは、イレーヌと僕の息子、それと息子の剣ちゃん。」


は?


「僕の息子ってどういうことですか?」


思考停止していた俺の横で、イレーヌがそう問うた。


「それは興味深いのぅ。迷宮主ダンジョンマスターとやら、教えてはくれぬか?」


「あー、そっか。この場にいて知ってるのは僕だけだったね。


僕は、彼をこの迷宮で死なせ、そして別のものへ変えた。別の物、それは不死者アンデッドだったようだけど。」


俺を殺した?目の前の男が言ったことが俺は理解できなかった。


「何故、殺した。俺は何もしてなかっただろ?」


自分で口にしたことで、ようやく理解した。そして、理解した途端怒りが込み上げた。怒りを抑え、極力冷静にを心がける。それでも、俺は目の前の男に対して、殺意しか湧かなかった。


「……この際、正直に話そう。君は、《勇者》として選ばれる運命にあったから。僕は君を殺したんだ。」


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