016. 95層突破と


「いいですか?魔法というのはこういうものを指すのです。」


さすが元守護魔法師、ノータイムで六門魔術セクステットとは。


「おお……でも、さ?イレーヌだって剣は使えないじゃん。」


「私に剣の才能がありましたか?」


その問いに、一瞬黙って考える素振りを見せるエレット師匠。そして、


「なかった!」


迷いなくそう言った。


「言い切られると、それはそれで悲しいんですけど。」


「聞いたのイレーヌじゃん。……やめて!杖で殴らないで!痛い痛い!」


無言で杖をエレットに振り下ろすイレーヌ。とても痛そうだった。別に止めないけど。








「痛たたたた……。杖ってさ、物理攻撃用じゃないと思うんだ。絶対折れちゃうから危ないと思うんだ。」


確かに、杖は物理攻撃のための道具ではなく、魔術師が持つ魔力を通し魔法を行使する物だ。杖を通さず行使した魔法は、杖を通したものより威力が劣ると言われるほどに、魔法師にとって杖は、あって当然のものになっている。……残念ながら、俺は杖を通さずの魔法しか打ったことがないので分からないが。


「大丈夫。殴るたびに直してるから。」


確かに魔力の動きはあった。しかし、それは威力増大のためのものだとばかり思っていた。しかし……


「僕を殴るためだけに!?」


それはそれで可哀想である。











「うんうん。随分良くなったね。」


修行とは言っても、俺は素振りしかしていないので、実感は湧かない。


「残念だけど、君に僕の技術は合わない。だから、僕の剣は君には教えない。いや、正確には教えられない。」


たった一週間、素振りをしていただけで修行が終わろうとしている。それに文句を言ってやりたかった。しかし、体はとうに限界を迎えている。俺は口が動かない。


「基礎だけやってても化け物級の強さじゃしのぅ……まあ、仕方ないか。」


「それに君は……いや。これはマスターから聞くべきだね。」


俺がなんだというのか。それは分からない。分からないし、頭が回らない。そして何だかクラクラする。


そして、ふと気がつくと目の前に地面があった。俺はそのまま、地面に倒れた。












「……目、覚めました?」


起きたら、モノスゲー近くにイレーヌがいた。……息かかるから寄るな。


「……。ああ。」


むくりと起き上がる。どうやらエレットもクリュサールも眠っているようだ。


「今、どういう時間なんだ?」


「世間一般で言う、深夜です。なんちゅー時間に起きてくれるんですか。」


……悪かったな、目覚める時間が深夜で。でも。


「その辺は俺のせいじゃねえだろ。」


「心の声と口上が逆です。」


「読心術でも鍛えてんのか。……悪かったな、迷惑かけて。」


そして彼女は、杖を構……え?


「おい待てなんでだよふざけんな。」


「とりあえずぶっ潰します。」


30分。彼女をなだめるのにかかった時間である。疲れた。












「じゃーねー!」


第95層、守護騎士エレット。彼と戦うことなかった。しかも剣について学ぶこともできた。


「ありがとう、師匠。」


「師匠だなんて照れるじゃないか、弟子くん。今度会うときにまでにもうちょっと強くなってくるから、次があるなら楽しみにしててねー。」


「ああ。またな。」


95層の扉を閉める。


「じゃ、100層に向かいましょうか。」


「うむ。妾100層ものすごく楽しみ。」


「クリュサールは剣に戻すから、俺の目線でしか見れねえけどな。」


「でも、力加減学んだじゃろ。剣貰ったんじゃしちょっとぐらい良いじゃろう?霊体でいれるのだってちょっとだけじゃったんじゃぞ、もうちょっとぐらいいさせるのじゃ。」


「だめだ。お前以上の剣はない。だから、俺の剣に戻ってもらう。いいな?」


「そ、そこまでいうなら?戻ってやってもいいかのぅ?」


「ありがとな。」


にこりと笑いかけると、イレーヌとクリュサールはコソコソと話をし始めた。聞く気は無いので、早く終わらないかと待ち侘びる俺であった。








————シュタリア————


「どうですか?治りますか?」


「ちょっと黙ってろ。」


師匠は迷宮から出て僕の義腕を受け取った後、何も言わずに走り去っていこうとした。それをどうにかこうにか追いかけて、今はある鍛治師の工房にいた。


それにしても、僕の腕が壊れるなんて……。今の今まで傷すらつかなかった義腕が、たかが草原に出ている魔物如きに砕かれてしまった事は想定外のことだったし、正直悔しかった。だから師匠には内緒にしていたかった。でも、師匠は馬鹿にするでもなく僕を心配してくれた。


「……擬似腕橈骨筋わんとうこつきんに重度の損傷、橈骨、尺骨にそれぞれ軽度の損傷を確認。交換は……可能。シュタリア、魔銀ミスリルと魔工具を頼む。」


始まった。義腕の手術が。


「魔銀と魔工具ですね。」


「そこの棚の上から二番目の戸だ。そこに魔工具。で、ここの隣の子屋に魔銀があったはず。ガウラに鍵借りてこい。」


「分かりました。」


ここの鍛冶屋は僕も知っている。師匠の旧友で、僕も世話になった人の店だからだ。





「もしもし、ガウラさん?」


「すこー」


彼は、店番しながら寝ていた。


「ガーウーラーさーん!」


彼の巨躯を揺らしながら名前を呼ぶと、


「んごっ!お、おお、お客さんかい。……なんだ、シュタリアじゃねえか。」


起き上がって目を擦るガウラ。そして、


「どうかしたんか?」


「それが「……あー分かった、義腕か。ちょっと待ってろ、魔銀のは……これか。好きに持ってけ。後でまた声かけろってベルに伝えろ。」


言葉を遮ってそう言った。魔道具修復は時間が命だということを理解しているからだろう。僕の場合少し放置してしまっていたから、なおさら。


「ありがとうございます。師匠にはそう伝えておきます。」


「ん。」


鍵を受け取って、僕は彼の部屋を出る。




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