3 リゾートの水着跡

3-1 海岸歓楽都市ポルト・プレイザー到着

「見て、モーブ」


 馬車の手綱を握り締めたまま、マルグレーテが遠くを指差した。海岸線の街道を、俺達は南に下っている。左手に、朝日を受け輝く大海。右手は、強い海風に耐えられる、丈の低い低草の草原。貝殻と珊瑚のかけらで白く舗装された街道は、白砂のビーチ沿いを、まっすぐ続いている。


 マルグレーテが示しているのは、その先。強い海風に舞う砂埃の中、ぼんやりと大きな草葺の屋根がいくつも見えている。


「ポルト・プレイザーのリゾートよ。間違いない」

「へえ……きれいだねー」


 うっとりと、ランが俺に身を持たせかかってきた。


「あそこで三人で遊べるなんて……」

「ポルト・プレイザーは、大陸南端だよ」


 荷室からにじり出てきたレミリアが、俺の首に腕を回してきた。俺の体に触れてきたのは初めてだ。多分、海風に負けないようにだろう。耳元で囁く。


「大陸東端から下った街道と、西端から下った街道、両方が、あの飛び出た浮島のような都市に繋がっているんだ。ざっくり言えば、東側は貿易や漁業の港、西側は高級リゾートになっててね」

「なんだって?」


 後半、風の音で聞こえなかったわ。


「とにかくぅ! お金の集まる、いい街だってことだよ」


 大声で怒鳴ってきた。身も蓋もないな、このエルフ。


「あと一時間もかからないね」


 俺の首に抱き着いてきた。


「うわー、わくわくしてきた。あたし、めいっぱい青春するんだ、あの街で」


         ●


 ポルト・プレイザーは、たしかに豪奢な街だった。同じように費用が掛かってはいても、ヘクトールのあった王都ともまた違う。王都はしっかり都市計画された美しさと端正さがあったが、ここはもっと自然発生的な美がある。海沿いの豊かな小集落が、歴史と共にそのまま大きくなってきた印象というか。


 レミリアに誘導されるまま、馬車を街の入り口、西側のリゾート地帯に乗り入れた。


 低層でどえらく敷地の広いリゾートが左右に広がり、広い道を走る馬車など。俺達くらい。優雅なリゾートウエア姿の男女が、道沿いの店を冷やかしながら、仲睦まじくそぞろ歩きしている。高そうなアクセサリーを身に着けた女性も多い。


「うわ素敵……」


 レミリアが感嘆の声を上げた。


「まるで街が宝石でできてるみたい。……もう我慢できないわ」


 荷物を詰め込んだずだ袋を道端に放り投げると、続いてひらりと馬車を飛び降りる。さすがエルフ。身のこなしは軽い。


「ありがとうね、モーブ。ここまで連れてきてくれて」

「お、おう……」


 いきなりお別れかい。


「この間は助けてくれてありがとうな、レミリア。恩に切るよ」

「モーブもあたしの命を救ってくれた。一勝一敗だよ」


 いやちょっと意味違うが。


「あの恩は、借りにしておくよ」

「そう、ありがと」


 微笑んだ。


「じゃあね、ラン、マルグレーテ。……そのうちどこかで会いましょう」

「またねー、レミリアちゃん」

「わたくしたちも、当分ここに滞在しますもの。きっと毎日顔を合わせるわよ」


 俺達に手を振ると袋を拾い上げ、西海岸沿いのストリートに向かって、突進するかのように早足で歩き始めた。いやどんだけ遊びたいんだ、あいつ……。


「行っちゃったか……」


 なんだか、台風みたいな奴だったな。空腹で倒れたまま大騒ぎで入ってきて、ひと月も経たずにあっさり抜けて。


 一応原作ゲームではメインキャラのひとりなんだし、なんだかんだ俺のチームに加わるのかなと思ったけれど、そうでもないんか……。


「どうしたの、モーブ」


 マルグレーテが、俺の顔を覗き込んできた。


「なんだか寂しげに見えるわよ」


 くすくす笑っている。


「んなことあるかよ」

「モーブには、わたくしとランちゃんがいるでしょ」


 俺の腕を抱くと、胸を押し付けてくる。


「ふたりも連れ合いがいるのに。それに、もうすぐリーナさんとも会えるわ。……殿方は、贅沢よねえ」


 溜息なんかついてやがる。いや別に、レミリアに対してそういう感情はないし。……というか、ここでリーナさんの名前挙げるかあ? マルグレーテの奴、なんか感づいてるのかな。


 別れの日、俺にキスしてきたリーナさんの姿が一瞬、脳裏をよぎった。


「そうだよモーブ。マルグレーテちゃんも私も、モーブが大好きなんだからね。それ、忘れちゃ嫌だよ」


 ランがもう片方の腕を取った。


「忘れちゃいないさ、ほら……」


 肩を抱き寄せた。


「ふたりとも、かわいいぞ」

「まだ朝よ。今日はなにして遊ぶの、モーブ」

「そうだな……」


 考えた。


「当面、この街で羽を伸ばす。長いこと滞在するんだから、まずは適当に安めできれいな宿を見つけて、チェックインだ。それから水着を買って、午後はビーチで昼寝しよう」

「わあ、いいね」


 ランはもう、にっこにこだ。


「街を見て回ったりなんだりは、明日でいいよな。ここまで貯めてきたアイテムを売って現金化するのも。明日街を歩けば、その手のギルドや故買屋なんかは見つかるだろうし。長逗留で金が怪しくなってきたら、周囲の山でまた狩りだな。一日狩れば、一週間分くらいの金は稼げるだろ」


 レアドロップ様々だな。


「いいわね」


 マルグレーテも頷いた。


「でもモーブ、リーナさんも探さないと。それも大きな目的だったでしょう」

「忘れちゃいないさ。それも明日だ。街を見て回りつつ聞き込みすればいい。一石二鳥さ」

「決まりね……」


 俺に肩を抱かれ、マルグレーテは頬をすりつけてきた。


「ランちゃんと話していたのよ。せっかくのリゾートだもの、学園では着れなかったような、かわいい水着を揃えようねって」

「そういえば俺、マルグレーテは遠泳大会のときの、地味な学園水着姿しか見たことないものな」

「楽しみにしていてね、モーブ。わたくし、モーブのためにいちばん素敵なものを選ぶから」


 マルグレーテは微笑んだ。


「目移りなんか絶対できないように、してあげる……」




●海岸歓楽都市ポルト・プレイザーに到着したモーブ一行。着くやいなや水着姿でビーチに飛び出したモーブとラン、マルグレーテは、真夏のリゾートを誰よりも満喫する。ビーチ奥の、隠れ家のような場所で……。


次話「ビーチリゾートの休暇」、作中同様、夏真っ盛りの明日8/10、朝7:08に公開!



●あと業務連絡

いつもどおり、本作と並行して週一連載中の「底辺社員の「異世界左遷」逆転戦記」、最新話を昨日公開しました。現在公開中の第五部「よこしまの火山」編では、主人公と仲間たちが悪魔ルシファーと戦う展開。現実世界の悪党社畜を退治しながら異世界ラブコメする主人公の大活躍をお楽しみ下さい。

最新話:

https://kakuyomu.jp/works/1177354054891273982/episodes/16817139557482368825

トップページ:

https://kakuyomu.jp/works/1177354054891273982

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