2-4 それぞれの道
「レミリア」
「なに、モーブ」
悪党に邪魔されて気分は悪いが、ようやく昼飯の時間だ。戦闘したから鍋は煮えすぎなくらい仕上がっている。
「さっきはありがとう」
「まだ言ってる。あはははっ」
もぐもぐと鶏にかぶりつきながら、レミリアは大声で笑った。
「いやでも俺、あのとき死んでたし」
「木陰にきらりと、なにかが輝くのが見えたからね。
「反応速かったわよね。わたくしだとあそこまでできないかも」
マルグレーテも感心した様子だ。
「モーブを助けてくれてありがとうね、レミリアちゃん」
ランが、俺に視線を移した。
「モーブが死んじゃったら、私……」
見る見る瞳が潤んでくる。
「安心しろラン。俺は死にやしないさ」
「本当?」
「もちろん」
「なら、キスして」
俺の首を抱えてきた。
「……ん」
「ん……んんっ」
甘えるなあ、ラン。まあ俺が死にかかったから当然かもしれないが。
「それでさ、レミリア」
「なあに、モーブ」
「ブレイズのパーティーで酷い目に遭って逃げ出して行き倒れになり、死ぬ寸前になった。偶然通りかかった俺達に助けられて旅を共にし、お前はほっとひと息ついた。そうだろ」
「うん。まさにそのとおり。助かったよ、モーブ」
「それでお前、これからどうしたいの」
「そうだなあ……」
スープをひとくち飲むと、ほっと息を吐いた。空を見上げ、真っ白の夏雲が八月頭の強い風に流れるのを、しばらく黙って見つめている。芝の空き地を風が渡り、レミリアの髪を揺らした。
視線を俺に戻す。
「モーブたちと一緒になって半月くらいだっけ。報酬はいらないって辞退したのに、戦闘をこなした分、モーブは獲得アイテムの割り前をくれたよね。あれが結構お金になりそうだし……」
モーブって凄いよね、ドロップが全部レアアイテムになるなんて、聞いたことないもん――と、付け加える。
「だからそのお金で、しばらくのんびり遊ぶかな。ポルト・プレイザーは高級リゾートでしょ。お金持ちのイケメンに声かけられるだろうし、そしたらその人のお金で、さらに当分遊べるかもだし」
「それ男に色々求められるぞ。いいのか」
「平気平気」
あはははっと、例によって大口開けて笑う。
「エッチな要求があっても、楽勝でかわすし。あんまりしつこかったら逃げて、次に声かけてくれた人と遊ぶもん」
こんなかわいいエルフいないし、モテモテっしょ――と、またしても付け加える。
「大丈夫かしら……」
マルグレーテも心配げだ。
「そんなに世間は甘くないわよ」
そんな「取らぬ狸」系計算どおり行くか、俺もやや疑問だ。
いやレミリア、かわいいっちゃかわいいよ。だけど、ちょっと幼いからなあ……。
金持ちのイケメンも、そりゃ大量にいるだろうさ。高級ビーチリゾートなんだから。でも彼らがなんとなく寂しくて、仮に俺のパーティーからひと夏のパートナーを選ぶとする。……この場合レミリアより、まずランだろ。
けしからん水着を着たランには、誰も勝てっこないからな。スタイル抜群でかわいくて、しかも素直で性格までいい。こんないい娘おらんわ。
マルグレーテももちろんモテまくるはずだが、高級リゾートで長期滞在して遊ぶイケメン連中なら、貴族の娘なんてリゾートでなくとも周囲に溢れているだろうし。
金持ちのイケメンが気に入るとしたら、普段周囲に居ない、ランのような天真爛漫な田舎娘だろうしさ。二択だったら、六対四くらいの比率でラン優勢かな。レミリア入れての三択だったら、五対四対一くらいだわ、俺の予想だと。
ドラクエ5の嫁選びイベントだったら、幼なじみビアンカVSお嬢様フローラVS謎枠デボラくらいの感覚。実際にランは俺の……というか「モーブ」の幼なじみだし、マルグレーテはもちろんお嬢様だ。あーもちろん、これ「プレイヤーが実際に選ぶ比率」という、数字だけの話よ。たまたまその比率がここ現実でも当てはまるだけで、レミリアがデボラっぽいと言いたいわけではない。
「私達と一緒に旅しない?」
食後のお茶を飲みながら、ランが提案した。
「レミリアちゃん、馬車も任せられるし、戦闘では弓矢で頼りになるもん。それに性格も素直でかわいいいし」
いやラン、性格だけは間違ってるぞ、お前。とはいえレミリアは俺を助けてくれたし、戦闘で役立つのも確かだ。
「そうね。わたくしも、ご一緒してもよくてよ。モーブを助けていただいたご恩もあるし」
「それ、魅力的」
あっさりと、レミリアは口にした。調子いいようでして、割と正直なんだな。
「モーブって頼りになるし、あたしも旅してたい」
「ならいいじゃないの、わたくしたちと一緒でも。ねえモーブ」
「そうだな……」
考えた。俺のパーティーの弱点は、何と言っても前衛の薄さだ。
チート装備で盛ってはいるとはいえ、俺はモブ。基本スペック底辺張り付きなのは確実だし。マルグレーテとランは強力な魔道士だが、戦闘時、ふたりを守るのは前衛職だ。
もしレミリアを入れれば、そこがカバーできる。弓を使っての間合いの長い直接攻撃は魅力的だ。詠唱魔法と違って短時間で大量に射ち出せる。しかも広範囲に。
「俺も賛成だな。レミリアが来たいなら」
「楽しいと思うんだ、モーブやラン、マルグレーテと一緒の旅なら。でも……」
じっと俺を見つめてきた。
「あんたたちと一緒だと、当てられてばっかりだし。あはははっ」
大きな口を開けて笑う。またのどちんこ見えたな。
「なんというか、見てるだけであたしも発情しそうというか。モーブになにもされなくても、いつの間にか勝手に処女失っちゃいそう。だから心残りだけど、同行は我慢しようかなあって思ってる」
「エルフって、発情期があるんか」
少なくとも原作ゲームにはそんな設定ないぞ。……あるわきゃないとは言えるか。それかこれも幻のR18版ルートだけに追加された、新規設定かもしれんな。いかにもR18イベントになりそうだし。
「ま、まあね……」
しまったという表情を、レミリアは浮かべた。
「あたしはまだ一度もないけど」
「エルフの女子はねえ、モーブ。好きな殿方ができると、満月の日に発情するそうよ」
「それちょっと違う。あたしの部族は、新月の真夜中限定」
「へえ。……部族で違うのかしら」
「そうみたい」
真っ赤に熟れた甘酸っぱい
「エルフといっても、森エルフにダークエルフ、ハイエルフ、それに古族アールヴまでいるからね。いろいろだよ、あははっ」
「じゃあレミリアちゃんも、モーブのこと好きになるかもね」
「ないない。ないよラン」
首をぶんぶん振った。
「エルフは長寿でしょ。時間感覚が人間と違うから、異性を好きになるのにも時間がかかるんだ。だから人間相手だと、長く付き合ってようやく好きになった頃には、相手がしわくちゃのおじいちゃんとかになってるもの」
「なるほど」
「エルフ同士だと問題ないんだけどね。お互いの恋愛スピードが同じだから」
面白い生態だなー。
「それに人間とエルフの間に子供ができるの、人間の男とエルフの女子、その組み合わせだけだし。逆だとなぜか子供できないんだよ。エッチなことはもちろん可能なんだけどさ」
「それ初耳ね」
マルグレーテも興味津々と言った様子だ。
「だからハーフエルフって、めったに見ないでしょ。人間とエルフの恋がまず実らないし、なおかつ性別の縛りまであるから。よっぽどふたりの相性が良くて、たった数年でエルフがその人間を心底好きになるような極レアケースじゃないとね」
人間側は、あっという間にエルフを好きになっちゃうんだけどさ、あははは――っと、またのどちんこを見せる。
「そう言えば、ハーフエルフはエルフそのものより、はるかにレアと聞くわね」
マルグレーテは、お茶を口に運んだ。
「そうそう。私やモーブ、マルグレーテちゃんが知ってるハーフエルフって、学園長先生だけだよね」
「たしかに」
アイヴァン先生、人間とエルフの極めて珍しい大恋愛の末に生まれたってことか。あのクールなイケメンに、そんな熱い情熱の血が流れてるんかな。人生って面白いわ。
「この街道を進めば、明日には海に出る。あとは海岸線を二日ほど南に下れば、ポルト・プレイザーだよ。そこであたしは離脱するわ。あっお茶……ありがと」
ランに注がれたお茶のおかわりの匂いを嗅ぐ。
「いい香り……。おいしいお茶ね」
「わたくしの実家の農園で採れたものよ」
「ランにマルグレーテ、モーブ」
レミリアは俺達の顔を見回した。
「素敵なパーティーだわ。ブレイズのギスギスパーティーと大違いで」
ほっと息を吐いた。
「行き倒れを助けてもらって、感謝もしてる。モーブが通らなかったら多分、あたしはあそこで死んでた。その後もみんなに優しくしてもらったし……。だから正直心残りはあるけれど、ポルト・プレイザーで一度離れるわ」
「そう……。寂しくなるわね」
「そうだよー。もっと一緒にいようよー」
「大丈夫」
レミリアは微笑んだ。
「それが運命なら、きっとまたどこかで合流するわ。それが定め。あたしたちエルフはね、長い時を生きる種族。数多くの出会いと別れを経験する……」
少しだけ黙った。それから続ける。
「運命ってね、くねくねと曲がりくねった川のようなもの。こっちに進むのかと思えば反対側に動いて、全然読めない。それでも、必ずしっかりした川筋は存在しているの。互いの道が反対側に向いたように見えても、それが運命なら、下流で必ず合流する」
こんなことも言えるのか……。おちゃらけているように見えても、底にはきちんと、哲学的なエルフの姿があるんだな。原作ゲーム版レミリアの影が隠し切れず、垣間見えてるわ。
「全ては世界の定めるままに、だよ、モーブ」
俺の目を、じっと覗き込んできた。春の草のような、透き通った緑色の瞳で。
「多分、モーブとはまた会える。そのとき……あたしの運命の糸が動くかも」
●明日公開の次話より、新章「第三章 リゾートの水着跡」に突入!
ついに海岸歓楽都市ポルト・プレイザー入りを果たしたモーブ組。レミリアはどう動く? そしてモーブやラン、マルグレーテは、リゾートでどんな体験をしていくのか……。モーブたちがビーチリゾートで思いっ切り羽を広げる、楽しい章です。
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