2-3 くいしんぼエルフ

「あんたたちの馬、いい子ばかりね」


 東へと向かう朝の街道。馬車の御者台にひとり陣取ったレミリアは、感心しきりだ。


「頭を取るいかづち丸が賢いから、みんな疲れにくいルートを辿れるし。それにえーと……スレイプニールだっけ。この子とあかつき号は、すごく頑丈。……あかつき号なんか、唯一の牝馬なのに」

「詳しいんだな、馬のこと」


 レミリアが意外によく働いてくれるので、俺達三人は、荷室のブランケットにくるまって、朝寝を満喫しているところ。胸をマルグレーテに吸わせながら、俺はランを抱き寄せて背中やら胸やらを撫でている。レミリアが馬車の扱いがうまいとわかってからは、割と毎日、午前中は任せっきりにすることが増えた。昼飯後は街道から逸れて、雑魚狩りでアイテムをかき集める。


「エルフだよあたし。野山や森に生きる種族なんだから、馬の扱いなんか、子供でもできるよ」


 マルグレーテ同様、テイムスキルが高いんだろうな。


「お前だって、まだ子供だろ」


 ちょっと振ってみる。エルフは外見からは年齢がわからないからな。


「いくつに見える?」


 出た。女の地雷質問。もうこれ前世で死ぬほど振られたわ。


「そうだなあ……」


 原作ゲーム上の設定は、いくつだったけな。若かったとは思うけれど、思い出せない。


「十二歳かな」


 ガン若にしとけばいいだろ。前世社畜の経験からしても、それが無難だ。


「そんなに若く見える?」


 嬉しそうな声だ。サバ読んどいて、よかった。


「あたし、十四歳だよ」

「へえ……。エルフなんだから、八十歳とかかと思った」

「今、十二歳って言ってたじゃんっ」


 睨まれたりして。いかん、つい口が滑った。てか十四歳くらいってむしろ大人に見られたがるんだと思ってたけど、エルフは違うのかな。


「エルフはねえ、生まれてから第二次性徴までは、人間と同じくらい速く成長するんだよ」

「へえ……」

「幼児の頃は危険でしょ。外敵もいるし。だから早く大人になって、そこから加齢が極端に遅くなるんだ。だから長生きする」

「なるほど」


 生物として、理にかなってる。……ということはレミリアも、この先十年とかは、今と見た目も変わらないんだろうな。多少胸が小さめなだけで、締まったウエストとかきれいなラインを描く脚など見ると、子供というよりもう女子っぽい。生殖も可能になっているはずだし。すでに成長速度が遅くなっているのは確実だ。


「あなた……」


 ブランケットに深く潜り込み俺の胸にちょっかいを出していたマルグレーテが、顔を出した。裸をレミリアに見せるのはまだ恥ずかしいのか、ブランケットをしっかり体に巻いている。


「テイマーなの?」

「まだ育ち方は決まってないんだ」


 ゆっくり馬を停止させると、振り返った。


「でもあたし遊ぶのが好きだから、テイマーよりリゾーターがいいなあ。ちょうどポルト・プレイザーに行くし。ほらテイマーって毎日世話しないとならないし、めんどくさいじゃん」

「リゾーターだと? そんな上級職があってたまるか」


 こんなん笑うわ。


 原作ゲームのレミリアは、テイマーや魔道士ではなく、どちらかというとスカウトキャラに育てるプレイヤーが多い。特にパーティーに忍者やシーフ系のキャラがいない場合は。レミリアはケイオスというよりロウ寄りのキャラだから、忍者やシーフに育てるのは効率が悪いし難しい。ただスカウトスキル方面を伸ばせば、忍者やシーフの居ないスキルの穴は、充分に埋められるからな。


「ねえ、そろそろご飯でしょ」


 レミリアはうきうき声だ。


「そうだが」

「あんたもリーダーなら、いつまでも彼女と乳繰り合ってないで、そろそろお昼の準備してよ」

「俺の勝手だわ。なっ、マルグレーテ」

「やだっ恥ずかしい」


 抱き寄せて、見せつけるようにキスしてやった。マルグレーテは抵抗して手を突っ張ったが、すぐ大人しくなって瞳を閉じ、俺の唇を受け入れ始めた。


「よく飽きないなあ……。あんたたち御者台でもなんでも、暇さえあればそうやってキスしてるじゃない」


 呆れたような声だ。


「なんだ、入りたいんか。いいぞほら……来いよ」


 少しだけ、ブランケットを開けてやる。


「冗談でしょ」


 鼻で笑われたわ。


「いいんだよ。俺達は寄り添ってると幸せなんだから」

「はあ、そうですか……」


 レミリアは、ほっと溜息をついた。


「でも、キスよりおいしいご飯っしょ」


 ぐうーっと、レミリアの腹が鳴った。よくここまで聞こえるな。毎度毎度感心するわ。


「わかったわかった。じゃあそろそろ準備するか」

「やったあ! ……って」


 両手を挙げてバンザイし大喜びでこっちを見たが、ちょうど俺がのそのそ裸で這い出してきたところだったから、慌てて視線を逸した。赤くなっている。


「と、とにかく今日は干し鶏の炭火焼にして。あと干し貝柱を戻したスープ。それに果物はドライフルーツじゃなくて、フレッシュの蛇苺へびいちごね。……あれ早く食べないと、そろそろ傷みそうだし」


 いつの間にか、俺達の食料保管事情、すっかり把握してやがるし。まだ若いだけに、色気より食い気ってことなんかな。成長期だろうし。


「そこにきれいな芝の空き地があるから、そこで飯にするか」

「鶏に貝柱、蛇苺」

「わかったよ。……ラン、食材を出してくれ」

「はーい」


 ブランケットから出てきたランが、俺のシャツを引っ張り出して首を通した。サイズが大きくて色々楽なせいか、ランもマルグレーテも、ときどき俺のシャツを勝手に着ている。戦闘とかのない、寛いだ朝とかだと特に。


 男物のシャツを着ると、なんであんなにかわいらしく見えるんだろうな。萌えるというかさ。だぼっとして体の線がわからなくなるのに、胸だけは強く服を持ち上げて存在感を示すからかな。それともぎりぎり下半身のやばいところが見える感じで、すらっとした脚が伸びるからかな。あり得ない超ミニのような感覚で。


「その……」


 レミリアが、言いにくそうに言い淀んだ。


「先に下から着たほうがいいよ。下半身……丸出しだし」

「そうかな。……どう、モーブ」


 俺の目の前で、あっけらかんとポーズを取る。たしかに微妙な部分が全部丸見えになってはいるが、少しもいやらしい印象は受けない。八月の陽気な天候に助けられて、輝くばかりの美しさと愛らしさを感じる。


「いや、上からでいいよ。そのほうがかわいい」

「だよねー」


 嬉しそうだ。


 というか色っぽいからな。ランの無警戒な体が日光に晒されていると、なんての、べたべたしてない、からっとしたかわいさがあるんだわ。マルグレーテだとこの雰囲気、同じ裸でもなぜか出せないんだよなー。不思議だわ。


「さて……」


 開けた場所に馬車を停め、火をおこして鍋にした。適当な野菜や木の子、鳥の燻製を放り込む。燻製のスモーキーな香りが出汁に出るから、うまいんだわこれ。


「早く食べようよ」


 フォークを槍のように構えて、レミリアは食べる気満々だ。


「まあそう焦るな。鍋というのは、この時間が――」

「危ないっ!」

「おわっ!」


 倒された。レミリアがのしかかってきたからだ。同時に、俺が座っていた場所に、ストンと音を立てて矢が突き刺さった。


「敵襲っ!」


 傍らに置いていた弓を引っ掴むと矢をつがえ、瞬時に射ち出す。弦が空気を切る音と同時に、矢が射ち出された。


「ぐうっ……」


 木陰で声がすると、なにかがどさっと倒れた。人型だ。


「まだまだいるよっ!」


 立ち上がったまま、次々に矢を射ち出す。見ると、木の陰に影が見えた。


「ちっ! 野郎ども、やっちまえ」


 がらがら声がして、数人飛び出してくる。さらに後ろの樹々からも数人。――全部で十数人はいるだろう。


「女は傷つけるなと言ったが、撤回だ。厄介なエルフを殺せ」

「うおーっ」


 鬨の声を上げ、粗末な剣を振りかざして襲いかかってくる。モンスターポップアップじゃない。誰も気が付かなかったし。つまりこれは山賊かなんかだ。


鎌鼬かまいたち、レベル一っ」


 マルグレーテの手から魔法が飛び、先頭のひとりを切り裂いた。レベル一なのは、詠唱時間節約のためだろう。


 立ち上がると、俺は「冥王の剣」を抜いた。短剣は常に帯同している。マルグレーテとランを守る位置に立った。


「敵行動速度ダウン」


 ランが宣言する。


「魔道士だ。ふたりもいるぞ」

「くそっ。もういい、女は諦めろ。全部殺せ」

「てめえーっ!」


 大声で襲ってくるからわかりやすい。そいつもマルグレーテが倒した。


「モーブ、伏せてっ!」


 レミリアの言葉に反射的に身を屈めると、背中のすぐ上を矢が越えた。今まさに俺を狙っていた敵アーチャーに、レミリアの矢が命中する。


「ぐぐっ……」


 アーチャーは倒れた。


「ダメだ。強い!」

「女ばかりだから楽勝だと言ったのは誰だ」

「逃げろっ!」


 剣を放り出し、我先にと逃げ始める。ただ逃げるだけだから、マルグレーテとレミリアのいい的になっているだけだ。あっという間に、山賊は全員倒された。


「さすがに人間は、モンスターより弱いな」

「ええモーブ」


 警戒を解き腕を下ろすと、マルグレーテは眉を寄せた。


「悪党とは言え、人間を殺すのは気が進まないけれど」

「仕方ない。やらなきゃ俺達が殺されていた」

「そうね……」


 ほっと息を吐いている。


「ありがとうな、レミリア」

「いいのいいの。旅の仲間じゃないの」


 手を振っている。でもレミリアが居なかったら、今頃俺は殺されていた。ひとつ借りができたな。


「この人達、どうする」


 ランは困り顔だ。モンスターなら昇華して消えるんだが、こいつら人間だからなー。


「このまま放っておくのは、かわいそうだよ」

「悪党だけどな」

「そうだけど……」


 すがるように、俺を見る。ラン、優しいな。


「わたくしが焼いてあげるわ」


 マルグレーテが杖を振り上げた。


「高温の炎を飛ばして焼くから、瞬時に灰よ。骨も残らない」

「それならいいね。あの人達も、天国に行けるよ」


 ほっとした顔だ。いやラン、あいつらが行くのは地獄だぞ。


「では始めるわ」


 口の中で、マルグレーテが詠唱を始めた。










●モーブ組三人にすっかりなじんだエルフのレミリア。ブレイズパーティーから別れ、これからどうするのかモーブが尋ねると、レミリアからは意外すぎる答えが返ってきた……。


次話「それぞれの道」、明朝月曜朝7:08公開。お楽しみにー!

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