3-2 ビーチリゾートの休暇

「気持ちいいねー」


 水着姿。冷たい香茶こうちゃのグラスを手に、デッキチェアでランが伸びをした。


「本当にな」


 きれいに掃除され、ごみひとつ落ちていない白砂のビーチ。ホテル前のデッキチェアに、俺達は陣取っている。人が少ないので、聴こえてくるのは寄せては返す波の音だけだ。


「さすがは高級リゾート地ねえ……」


 体を起こすとサングラスを外し、マルグレーテは海を見つめた。


「こんな優雅なビーチ、生まれて初めてだわ」


 デッキチェアはふたつ一組ずつかなり離されて、ビーチのいちばん奥まったところに並べられており、プライベート感が凄い。俺達は三人だから、特別にひとつ、チェアを追加してもらった。デッキチェアとサイドテーブルの前には他のチェアなどないから、目の前の海とビーチを独り占めしている感覚さ。


 たしかにこれは高級リゾートだ。前世の社畜時代になんか、経験したこともないわ。どの海岸も人まみれだったし、たまに人の少ないビーチに当たっても、どこかの馬鹿があちこちで音楽流して騒音競争してたりとかな。まあ沖縄離島とか行ったことないんだけどさ。あっちは多分いい感じだとは思うわ。


「レミリアちゃんも、急いで別れなくてもよかったのにね」


 ランがほっと息を吐いた。


「何日か一緒にこうして遊んでからでもよかったのに」

「まあそうだな」


 あいつも特に用事があるわけじゃなさそうだったからな。遊んで暮らしたいってのが本音みたいだったから、数日付き合えばよかったのに。その間の滞在費くらい、俺が持ってやるし。


「でもまあ、ブレイズパーティーでギスギスして、いろんな束縛が嫌になってたんだろ。ひとりで自由に遊びたいのさ」

「その気持ちはわかるわ」


 マルグレーテが溜息をついた。


「SSSドラゴンでも、クラス内空気最悪だったもの。とにかく正論で人と衝突しまくるブレイズのせいで……」

「ブレイズのことはもう忘れろ。今は俺の連れ合いだろ」

「そうね……」


 サイドテーブルに置かれたグラスを、マルグレーテは手に取った。


「ごめんなさい、モーブ」


 グラスを口に運ぶ。素直になったなー、マルグレーテ。出会った頃は、ハリネズミのようにツンケンしてたのに。家の重圧があったからだろうけどさ……。


「これもおいしいわ。……発泡蜂蜜酒ね。香りがすごく強い」

「私のところにも香ってくるよ」

「ランもちょっと飲んでみろ」

「いいの?」

「ひとくちならいいだろ。ほら」

「ありがと」


 俺のグラスを渡してやる。ランは酒に弱いから基本、茶を飲ませることにしている。酒を飲ませるのは、万一ふらふらになっても大丈夫な、晩飯のときだけだ。


「わあ……、本当においしいね」

「夜はちゃんと飲ませてやるからな」

「楽しみにしてるよ」


 ちょっと酔ったくらいが、ランもマルグレーテもかわいいしな。マルグレーテなんか普段の恥ずかしがりが弱まるから、寝台に連れ込んだとき、いろんな反応が強くなるし。


「それにしても……」


 俺のデッキチェアにぴったり寄り添うように横たわるふたりを、俺は眺め渡した。


「ふたりとも、かわいい水着だな」

「へへーっ」


 ランは嬉しそうだ。


「マルグレーテちゃんとふたり、選びに選んだからねー。ねっ、マルグレーテちゃん」

「ええ。ふたりがいちばんきれいに見えるようなものを選択したもの。一緒に歩いていて、モーブにふさわしいように」

「大丈夫。俺は誇らしいわ」


 マジだ。ふたりの腰を抱いてそぞろ歩きすると、行き交う金持ちそうな男どもが全員、振り返るからな。まぶしそうに瞳を細めたり、逆に目を見開いたりして。


「でもわたくし、少し照れくさいわ」


 恥ずかしそうに、マルグレーテは胸を手で覆った。


「こんなに肌が出る水着、生まれて初めてだし……」


 トライアングルビキニって言うのか、これ。とにかくマルグレーテが着ているのは、胸も腰も三角形の小さな布を紐で繋いだような、布面積を超絶節約したエコな奴だ。布も紐も紺色だから、初雪のように真っ白な、マルグレーテの肌がよく映えている。


「それにここ陽射しがすごく強いから、こうして天蓋てんがいの陰にいても、なんだか焼けちゃいそう」


 デッキチェア三脚とサイドテーブルを覆うように、薄い緞帳どんちょう付きの天蓋が設けられている。緞帳はレースカーテン的な奴で、閉じれば四方とも薄く隠せるが、もちろん今は全部開けっ放している。眺めがいいし、風が通って気持ちいいからな。天蓋がある分だけ直射日光が遮られるから、海風もあり、暑苦しくもない。


「日焼け止めを買っておけばよかったかしら……」

「いいんだよ、夏なんだから多少焼けたって。焼けた姿だって、きっとかわいいぞ」

「そうかもね……」


 ほっと息を吐いて、また蜂蜜酒を口に運んだ。


「モーブが喜ぶなら……と思って、恥ずかしいけれど買ったのよ。めてもらえたし、思い切って着てよかったわ」

「ランの水着も素敵だなー」

「かわいいでしょ、モーブ。お店で一目惚れしたんだよ。……じゃーんっ」


 俺のグラスを持ったまま立ち上がって、ショーのようにくるりと一回転して見せてくる。


 ランが着ているのは、彩度の低い、渋い黄色のワンピース。灰色モノトーンの大きな花柄が散らされている。全体に彩度が低いから、派手柄でも大人っぽい。


 とはいえ着ているのは、「スタイル抜群」国際基準、鉄板準拠確定の上に、さらに胸だけ百二十%拡大コピーしたような美少女だ。「大人っぽいだなんだ」という常識的な感想もなにもかも破壊し尽くして、とにかく訴求力抜群としか表現のしようがない。


 これ普通に、ビーチサイドのボードウオークをランが歩くだけで男は全員総立ちだろ。スタイルがいいだけに、ワンピースで肌を隠しがちなほうが、野郎どもの妄想をそそるし。


「モーブのためだけに買ったんだよ、ほら……」


 しゃがみ込んでくると、キスしてきた。


「モーブぅ……」


 珍しく、自分から舌を使ってくる。


「好きだよぅ……」ちゅっちゅっ。

「もう飲むのはやめとこうな、ラン」


 そっと、グラスを取り上げてサイドテーブルに置く。……ちょっと飲ませすぎたかも。


「今晩、もっと飲ませてやるからさ」

「うん……わかった」


 それでも、俺のデッキチェアに寝転んできて、またキスをねだる。


「モーブ……」


 俺の首筋に唇を着けて、はあはあ言っている。


「あら、なんだかわたくしも少し、酔ったかも……」


 ふざけたように口にすると、マルグレーテが右側に横たわってきた。俺の体に腕を回すと、ラン同様、首筋に唇を着けてきた。


「モーブ……愛してる」


 ここのデッキチェアは、ビーチベッドとかプライベートビーチラウンジと言えるほど大きいから、普通に三人でいちゃつける。


 飲み物やスナックを運んでくれるリゾートスタッフが数人、ビーチの背後に立っているが、気にする様子はない。リゾートでは多分これ、普通のことだろうから。マルグレーテが以前口にしたように、それこそ新婚旅行客だって割と普通だろうしな。まあ男女三人で新婚旅行ってのは、あんまり居ないだろうが……。


「ふたりとも、かわいいぞ」

「好き……」

「わたくしも……」


 肌が密着する。少し酔ったせいか、ランの体は熱い。暖かい海風が運んでくれる潮の香りに、ふたりの匂いが交ざり始めた。


 これまで何度もいちゃついてきたからわかってきたんだが、なんというか……寝台でいろいろ刺激してやっていると、得も言われぬいい香りが、強く体から立ち上ってくるんだよな、ふたりとも。肌の香り……というか、嗅ぐだけでなんだか、俺の体の奥からもやもやしてくるような奴が。


 多分……フェロモンの類なんじゃないかと思う。ふたりは興奮してるんだろう。そうしたときだと、胸を吸ったときの反応なんかも強くなってくるし。


 まだ真っ昼間だ。それに俺は特に触れたりもしていない。それでこの反応ってことは、もし今寝室に連れ込んだら、どれだけ乱れるんだ、ふたり。


「はあー……」


 男冥利に尽きるわ。ランもマルグレーテも、リゾートの浜辺で裸に近い水着姿を俺に見つめられて、それだけで体と魂の奥の奥まで、なにか感じ入ることがあったってことだからな。


 今すぐリゾートの部屋に入ってふたりにあれこれしたいが、とりあえず我慢だ。まずはこうして、海辺の休暇を楽しまないとな。




●次話「水着跡」明日公開。

南国の陽射しにすっかり焼けてしまったランとマルグレーテ。体に残る水着跡を風呂でモーブに見られて……。

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