3-6 暗闇の男

「これは……」


 異様な光景だった。


 砂を辿った俺達は、ぽっかり開けた地中空間に出た。バレーボールコートくらいの広さだろうか。でこぼこの不定形の壁に囲まれ、大雑把には洋梨のような歪んだ半球形だ。


 そこに、人がぽつんと立っていた。入り口の対面、ずっと離れたところに。壁際で、壁に向かい。首をがっくりと垂れたまま。服や体つきからして、男。太っている。おそらくこいつが例の流れ者だろう。


 それにしても奇妙だ。


 だってそうだろ。ここは、俺達が踏み込むまでは真っ暗闇。ランのトーチ魔法で照らされているだけだからな。


 それなのに、男は身じろぎもしていない。俺達が踏み込み、ランの魔法で照らされてさえも。立ったまま気絶しているとしか思えない。


「……」


 傍らのふたりに、俺は目配せした。頷いたランとマルグレーテが、口のなかでぶつぶつと詠唱に入った。


「なあ、あんた」


 俺は声を掛けた。


「こんなところでなにやってるんだ」


 返事はない。長剣「業物わざものの剣」を、俺は静かに抜き放った。「冥王の剣」の必中スキルも魅力的だが、こいつは簡単に斬れる人間だ。必中にあまり意味はない。それに相手の出方がわからない以上、間合いの取れる長剣のほうが、様子見には好適だ。


 何と言っても、戦闘になるかもわからない。相手はただの「謎のおっさん」というだけで。多分触手野郎に使われていた奴なんだろうが、ここに触手いないし。


 それに万一戦端が開いたとしても、「業物の剣」の持つ、敵HP吸収と敵速度ダウン効果は、初手対策としては魅力的だ。


「おい」


 今度は反応があった。魂が急に入ったように、ぴくりと動いたからな。


「あんた……らは」


 呟きながら振り返る。首が上がり、目が開いた。


「……そうか。あんたらが、エリク家の食客だな。ふたりという話だったし。そちらの娘は、エリク家の顔をしている」


 人の良さそうな、太り気味のおっさんだ。抜剣した俺を見てとっても、細い目で微笑んだままだし。


「こんなところに、なにしに来なさった」

「なにって……、あんたこそ真っ暗な地下でなに突っ立ってるんだよ。たったひとりで」

「独り……。そう思うのか」


 不器用に、唇の端を曲げてみせた。


「地下はいい。全ての存在は土から生まれ、死んで葬られて土に還る。……心地良い世界だ」

「あんた、俺達のことを調べていたんだろ。誰に雇われた。そいつはなにを知りたがったんだ。あんたも、そいつになぜ従った」

「なんてこった……」


 俺の問いには答えず、細い目を見開いた。というか、声が変わっている。おっさんの声じゃない。誰か別人の声色だ。


「『羽持ち』じゃないか。アルネめっ! どこまでも邪魔を――」


 おっさんの首が、奇妙に曲がった。右に六十度ほども頭が傾いている。


「全ての存在は土から生まれつ……つちn……k」


 なにか変だ。声はおっさんに戻ったが、でくのぼうのような話し方になった。舌も回っていない。


「モーブ、気をつけてっ!」


 詠唱を中断したマルグレーテが叫んだ瞬間、おっさんがさらに大きく目を見開いた。――というか顔が裂けて眼球が丸出しになった。顎が外れたように口を大きく開くと、中から砂が漏れ出てくる。さらさらと。


「もがも……地下も……がおもも」

「こいつは人間じゃない。モンスターだ。ラン、補助魔法を撃てっ」


「詠唱速度向上」

「戦闘中HP二十パーセント増加」

「魔力増大」


 矢継ぎ早に、ランが宣言する。一度詠唱を中断したマルグレーテは、再詠唱中だ。


「おっ!」


 周囲で、ぼっという音がした。同時に、青く透明な炎のフィールドが、俺達と変なおっさんを取り囲む。


 なんだよこれ、中ボス戦のフィールドじゃない。ゲーム後半で出てくる、闘技場フィールド――つまりヘクトール入試でブレイズと戦った奴だ。


 ということは、「アレ」が使える。あのときのバグ技が!


「マルグレーテ、野郎を遅くしろ。攻撃は後回しだ」

「わかった」

「ラン、AGIを上げろ。回避を極限まで高めた上で、自動回復も撃て」

「そうする」

「入試のアレだ。覚えてるか」

「うん。任せてっ」

「マルグレーテ、自衛優先だ」


 詠唱を続けながら、マルグレーテは頷いた。


「おっさんはこっちだっ!」


 叫び声を上げながら、俺はおっさんに突進した。


「AGI増大三十パーセント」

「行動速度半減」

「HP定期回復っ!」


 俺の背中を、ランとマルグレーテの宣言が追ってくる。


「うおーっ!」


 剣を振りかざし、斬りかかる。デブ野郎のくせにおっさんは、すっとかわした。――というか、後ろから誰かに引っ張られたかのように動いた。




●砂でできたゴーレムに、バグ技で挑むモーブ。

サンドゴーレムが落としたアイテムは、エリク家を救えるのか。

そしてエリク家領地の地下に眠る敵と秘密とは……。

次話「対サンドゴーレム戦」、推敲中!


●あと業務連絡

昨日は月曜につき、本作と並行して週一連載中の「底辺社員の「異世界左遷」逆転戦記」、最新話を公開しました。こちら本作同様、ハズレ者の底辺社畜が主人公、百万字の長編で読み応えたっぷり。最新話では、モンスターハウス的な突然変異コボルトの巣に主人公パーティーが挑むところです。異世界と現実世界で成り上がっていく楽しいラブコメになっておりますので、よろしければ冒頭第一話だけでも覗いてみて下さい。


最新話:

https://kakuyomu.jp/works/1177354054891273982/episodes/16817139556274922162

トップページ:

https://kakuyomu.jp/works/1177354054891273982


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