3-5 砂のパンくず
「それにしても最近、地下に縁があるなー」
卒業試験ダンジョンからこっち、狐の祠に、今度は火口調査だからな。
「本当に」
ランのトーチ魔法に照らされて三人、淡々と坑内を進んでいる。火口跡だけに、とにかく入り口は大きかった。火口なのだからまっすぐ下に抜けていそうだが、さすがにそっちは土砂で埋まっており、脇に細い横穴があって、そこを進んでいる。
「わたくし、もう慣れたわね」
「俺もだ」
滑りやすい地面に注意しながら、俺達は洞窟を進んでいる。
「足元大丈夫か、ラン」
「うん平気ー」
足取りも軽々と、ランは俺の後をついてきている。
「エリク家領地の問題が、地下水から始まってるのは、狐の話や村での聞き取りでわかった。だから地下になんらかの問題が生じているのは明らかだ」
「例の触手モンスターの本体でしょうね」
「ああ。だが俺達の情報を集めていたという謎の男が気になる。触手モンスターの部下かなんかじゃないかな」
「そうよね。たしかにそれは考えられるわ」
「……にしてもここ、暑いな」
進むにつれ、どんどん暑くなってきた。
「死火山とはいえ、元は火山の地下だものね」
「それに、なんとなく生臭い」
「例のアレね」
「ああ。嗅いだことのある奴だ」
「やっぱりね」
「はい、モーブ」
水の瓶を、ランが渡してくれた。
「助かる」
汗を拭いながら五分ほど進んだだろうか。道は三叉に分かれていた。どれも同じくらいの穴で、奥は暗く広がっている。
「どっちに行けばいいのかな」
ランが首を傾げた。
「左だ」
「どうしてわかるの、モーブ」
「地面を見てみろ」
「どれどれ……あっ」
しゃがみ込んだランが、なにかを見つけたようだ。
「左だけ、わずかに砂が落ちてるね」
先程からところどころ、砂が落ちているのに、実は気がついていた。
「謎の男が泊まったベッドには、砂が落ちてたって言ってたわね、たしか」
「そういうことだ、マルグレーテ。こいつ多分、砂を採取して持ち歩いてるんだ」
「あの泉の周辺かしら」
「そうだろうな。土地神パワーの源を探るとかなんとかで」
「土地神というくらいで、地面や地下に関係しているものね」
「じゃあこっちかあ……。でも」
ランは言い淀んだ。
「いいから言ってみろ、ラン」
「その人、なんでこんな地下に砂を運んできたんだろ」
「触手野郎が待ってるってことだろうな。なんせ触手の本体が出歩いたら、みんな逃げちまうし、俺達の調査もクソもないからな」
「そう言えば、そっちも目的だったんだよね。謎の人の」
「時系列を整理しよう」
ここエリク家領地は、十五、六年ほど前から触手野郎に粘着され、土地神のパワーを奪われ続けている。
俺達がヘクトールを出て、エリク家領地に向かったのは四月頭。ここに来るまで一か月くらいかけて、遊びながら旅をしてきた。
到着後、俺達は狐の穴に踏み込み、一戦交えたことで、触手野郎は俺達の存在を知った。だが奴には視覚がない(少なくとも触手は)。巻き付いて人間とは気づいただろうが、こちらの人数や特徴すらわからない。
そこで野郎は、食い詰めた流れ者を取り込み、俺達の情報を集めさせた。ついでに、土地神の力を知るため(か呪いに使うとか)、砂の採取まで依頼して。
情報を集めた流れ者は、報告のため、ここ火口跡「古井戸」に戻ってきた。まだ中にいるか、もう用済みで報奨をもらい出ていったかはわからない。
「いずれにしろ、触手野郎は俺達の詳細をすでに知っていると思ったほうがいい。当然、中に潜んでいるはずだ」
「となると、また戦闘ね」
「ああ、この間の調子で行こう」
「いいわね。初見の戦いはリスクが大きいけれど、相手の出方はもうわかっている。そこそこ楽に戦えるわね」
「でもマルグレーテ。それはまた『触手だけ』しか出てこなかった場合な。もし本体が出てきたら――」
「厄介ね」
マルグレーテが、表情を引き締めた。
「中ボス戦になる。初手で可能な限りの補助魔法を撃っておこう」
「そうね。今のうちに考えておくわ」
「私もそうする。……でも」
「どうした、ラン」
「狐さんの穴で戦った相手は、耳も口も無かったよね。どうやって流れ者さんを誘ったんだろう」
「そりゃ、本体が説得したんだろう」
「でもあの触手の本体が出てきたら、普通の人、逃げるよね。恐ろしげなモンスターだし」
「たしかに……」
俺は考えた。優しく口説くのは、たしかに無理だ。となると……。
「一度捕まえたんだろうな。で、ここで死ぬか、一時的な手下としてひと稼ぎするか選べと迫る」
「死ぬのは嫌だから、従うわよね」
「外に出ても逃げなかったのはもちろん、お宝が欲しかったから」
「でも、相手はモンスターだよ。約束を守って宝物をくれるかな。……変な話、情報と砂を手に入れたら、その人を殺しちゃうんじゃない」
「うーん……」
たしかにランの言う事にも一理ある。俺が流れ者だったら、従うフリをしておき、「情報と砂を集めてこい」と地上に出されたら、一目散だわ。
「人質を取られているのかもね。家族を押さえられ、戻ったら解放すると」
「そのへんかな」
「でもそうなると、相手はまだ人質に取っている可能性があるよ。解放したかどうかなんて、わからないもん」
難しげに、ランは顔をしかめた。
「いざ戦うときに『人間の盾』を使われて、私達、戦えるかな。攻撃すれば盾が死ぬという状況で」
「それは……どうだろう。無関係の傍観者をバトルフィールドから離脱させる魔法ってあるか、マルグレーテ」
「無いことはない。でも高レベル魔法だから、わたくしもランも使えないわね」
「だよなー」
「そのときはもう『逃げろ』で自衛してもらうしかないな。こっちはこっちで中ボス戦で生きる死ぬだ。正直、他人まで手が回らない」
「……そうだよね」
悲しそうに、ランがうつむいた。
「人質に取られて働かされていたなら気の毒だが、そうじゃなければ、ただ悪党の手下になったってだけだ。そこまで考えていられない。それに、人質に取られてるフリして俺達に助けてもらい、その瞬間、短剣でこちらの首を斬るってシナリオだってありうる。助けられたら助けるかもしれないが、その場合でも警告しておいて、こちらに近寄ってきたら倒すしかないだろ」
ふたりとも、黙ってしまった。やはり人間を倒すのは気が進まないよな。そらそうだ。
「とにかく、覚悟だけはしておけ。戦場で迷ったら、一瞬でも命取りだぞ」
ゲームの中ボス戦だってそうだからな。ここ現実では、ガチ命が懸かっている分、もっとシビアだろう。
「うん」
「わかった」
ふたりは、重々しく頷いた。
●次話「暗闇の男」
真っ暗闇の地下でモーブが見たのは、たったひとり佇む男。
その男は、モーブを見て謎の言葉を漏らす……。
エリク家領地では今、なにが起こっているというのか。
……さらにモーブを取り巻く謎が深まる次話にご期待下さい。
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