3-4 ブレイズパーティーの凋落

「気持ちいい朝だねー」


 翌朝。火山跡へと向かういなづま丸の鞍上で揺られながら、ランが微笑んだ。


「そうだな、ラン」


 俺はいなづま丸、マルグレーテはスレイプニールに騎乗している。足元に牧草が広がる道なき山裾を、俺達はぱかぽこ進んでいる。


「空気がおいしいよ。やっぱり私、自然の中だと落ち着く。……田舎育ちだからかな」

「そうかもなー」


 草いきれを感じる風が吹き渡って、たしかに気持ちいい。


「このあたりは馬で走ると最高なのよね。わたくしもよく、遠乗りに来たわ」

「へえ……」


 バイクのツーリングみたいなもんかな。


「モーブったら、さっきから生返事ばっかり」


 マルグレーテに睨まれた。


「なにぼーっとしてるのよ」

「いやあ……なんか俺、幸せで」

「……」


 なにを思い出したのか、マルグレーテの頬が見る見る赤くなった。


「……バカ」


 ツンと横を向いて、もうなにも言わなくなったわ。


 それにしても見破られたか……。なんせ朝からずっと、昨日のベッドの余韻に浸ってる最中だからな。目の前に、ふたりの胸がまだぐるぐるするし。


 胸を揉んだり吸ったりがあんなに気持ちいいとは正直、思わなかったわ。癖になるというかな。だってそうだろ、吸ってるだけでなんだか魂の底から癒されるし、興奮する。それだけでダブルで気持ちいいのに、ふたりとも、俺の行為にいちいち反応するんだぜ。体を震わせたり喘いだり。


 甘えつつも攻略してる感がある。なんというか、ゲームを超える気持ち良さというかな。ムネスキーになる奴が多いの、よくわかるわ。


 ぼんやりしている俺に対し、胸を散々俺に蹂躙されたふたりは、特に気になってはいないようだ。女って強いな。夜中に三人で死ぬほどいちゃついた。あんなことされて喘いでいたのに、朝にはもうすっかり普通の姿だからな。


 とにかく、フラグを確認した。もうこれ、キスや上半身触るくらいは、解放されたよな、絶対。マルグレーテの「お父様の言いつけ」も、ほぼほぼ形骸化させたし。


 昨日の行為は、R15相当ってところだろう。さすがに幻のR18版のそうしたシーンは、まだフラグが解放されてないようだが。この調子でふたりとの仲を深めていけば、そう遠くないうちに、いよいよR18に踏み込めるだろう。未発売に終わったR18版のシナリオは、俺が補完してやるわ。


「そう言えば、学園のみんなから、たくさん手紙が届いてたわよ」

「えっそうなのか。ランのところもか」

「うん。マルグレーテちゃんも私のところにも、いーっぱい手紙が来てた」

「へえ……」


 聞くと、マルグレーテの実家に届いていたらしい。逓信便ていしんびんは、速駆け馬車によって運ばれる。遊び半分ってことでエリク家領地までたらたらのんびり旅を続けた俺達の馬車なんか、あっという間に追い抜かれてたってわけだ。


 リーナさんによると、マルグレーテにもランにもファンクラブがあったらしいしな。まあわからなくはない。でも俺宛が一通もないっての、どういうことよ。俺もそこそこ人気あったはずだが、さすがファンレターとなると、女子のが圧倒的に強いってことなんかな。


「なんか面白い話あったか」


 ランちゃん大好き――みたいな文面聞いても仕方ないしな。


「そうね……」


 マルグレーテは、空の雲を一瞬見つめた。


「驚いたのは、リーナさんが学園を離れたってことね」

「えっ……」


 ガチか。俺達が学園を離れた日、そんな気配無かったけどな。……まあキスはされたが。


「どうして」

「なんでも、国からなにか別の任務をもらったって話だった。具体的には教えてくれなかったって」

「へえ……」


 考えたらリーナさんは、まだ十八歳。ヘクトール教師に抜擢されたのはたしか、十六歳のときだって言ってた。俺が入学したのと同じ年齢で教師に招かれたくらいなんだから、超絶有能のお墨付き。王室に便利に使われても、そりゃ当然なのかもしれん。


「私のところに来たお手紙だとね、海沿いの街を回ってるらしいってあった」

「なんだ、漁師にでもなるつもりかな」

「違うよモーブ。国の仕事だって、マルグレーテちゃん、言ってたでしょ」

「そうだな。ごめんラン」


 冗談が通じなかったわ。ラン、田舎娘だけあって性格ストレートだからなー。

 

「それにモーブ。私達の担任、ゼニス先生も卒業したって」

「ラン、それは卒業とは言わんだろ……って、本当かよ!」


 思わずノリツッコミの形になったわ。


「うん。もう隠居するとかいう話だったよ」

「いやこれまでだって、ほぼほぼ隠居だろ。ここ二十年、ヘクトールの教壇で眠りこけてたんだからな」


 まあ幽体離脱って話だったけどよ。


「あとは……そうねえ……」


 マルグレーテは瞳を細めた。


「あっ思い出した。そういえばブレイズが、魔王退治の旅に出たって」

「そりゃそうだろうな」


 国王からたんまり軍資金とアイテムを手に入れてたし、義理としても行かないわけにはいかない。それにそもそもこのゲームの主人公だから、メインストーリーを辿るのは当然と言えるし。


 でも……。


「でも、パーティーどうしたんだよ。本来のゲームだと、ブレイズはヘクトールで初期パーティーを組んで旅に出るんだぞ」

「本来の……ゲーム?」」


 マルグレーテは首を捻っている。


「ああ、気にすんな」


 そりゃゲームだなんだって言われてもわからんよな。本来だとブレイズ組に、ランもマルグレーテも入ってるんだけど。


「とにかくパーティー組みはどうだったんだよ」

「ヘクトールの学園生はもちろん、誰ひとりブレイズとは一緒に行かない。ブレイズもそれがわかってたんでしょ。誘いもしなかったって」

「だろうな」


 あいつ、変にプライドこじらせてるからな。


「でもほら、国王から多額のお金を受け取ったじゃない。あれを使って、傭兵を集めたって」

「金で雇ったパーティーか」

「そうみたいよ」

「へえ……」


 まあ別に悪いことではない。そもそも軍隊ってそうだもんな。徴兵制にしろ志願制にしろ、無給はあり得ない。つまり兵士を雇ってるってだけの話だし。冒険パーティーがそうでも、特に問題はない。


 ただ……、正義感に溢れた王道主人公としてはどうなんだってだけの話で。


「魔王退治は行く先の街々で噂になるから、学園のみんなも、そこそこ動向知ってるみたい」

「そうなのか」

「ええ。……みんなの話、もちろんバラバラな噂だけど、まとめるとパーティー仲、あんまり良くないみたい」

「……だろうな」


 なんせブレイズ、ああいう性格だからなー。毎日顔を突き合わせてたら、普通にうんざりするだろ。信頼関係でまとまったパーティーじゃなく金だけの繋がりなんだから、なおのことだ。俺の社畜経験からしても、見なくても想像がつくわ。


「あれから二か月かそこらだけど、もう何人か入れ替えてるらしいわ」

「ブレイズ、大丈夫かなあ……」


 ランは心配顔だ。


「気にするな、ラン。あいつならほっとけばいい。死にやしないさ」


 なんせ主人公だからな。主人公補正を運営から受けているし。即死モブの俺とは違うんだ。


「でも……」


 優しいな、ラン。同郷だから気にしてやるなんて。


「それよりほら、火口が見えてきたわよ、モーブ」


 マルグレーテが前方を指差した。たしかに、緩やかな斜面の先が、急に無くなって、空に消えている。あそこが入り口ってことだろう」


「どうするの、モーブ」

「そうだな、ラン。……中には入れるのか、マルグレーテ」

「うん。噴火なんてはるか昔だからね。熱もガスもない。普通に洞窟よ。わたくしが子供の頃、潜ったこともあるくらい簡単。……まあそのときは入り口だけで、暗い先が怖くなって、奥には言ってないけれど」

「よし、入って様子を見てみよう。その奇妙な雲が本当に火口から湧いてるんだとしたら、なにかの兆候があるだろうからな」

「わかった」

「いいわね」


 ふたりとも、同意してくれた。




●次話「砂のパンくず」

睡眠時間削った結果、なんとか島流し中も隔日公開できる分だけストック溜まりました。島流しは明日から半月なので、短い話や繋がってる話なんかは連日公開できるよう、今晩寝ずに執筆します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る