3-7 対サンドゴーレム戦

「うおーっ!」


 剣を振りかざし、斬りかかる。デブ野郎のくせにおっさんは、すっとかわした。――というか、後ろから誰かに引っ張られたかのように動いた。


「やべえーっ!」


 わざとらしく大声を上げながら、俺は炎の壁まで逃げた。おっさんが、ひょこひょこ、踊るような足取りで近づいてくる。


 よし、かかった。それに良かった。マルグレーテの魔法効果もあり、敵は素早くはない。これなら時間が稼げるはず。


 壁に左手を着いたまま、壁際を走る。振り返るとおっさんが、跳ねるようについてくる。


 よしっ――。


 五秒……七秒、十秒――。今だっ!


「癒やしの海っ」


「業物の剣」を俺が高々と掲げると、ランの中級回復魔法が飛んできた。俺の体が、緑色の心地良い光で包まれる。


「壁タッチ十秒以上+回復系魔法」――。これで闘技場バグが発動した。俺に無敵補正がかかり、STRが一定時間二百五十六倍になる。


「それっ」


 反転して突っ込んだ。俺が剣を振りかざして突進してくるというのにおっさん、避けもしない。首を奇妙に曲げたまま両腕をこちらに伸ばし、のろのろと進んでくる。


「きえろっ!」


 ざんばらと斬りかかる。




 ズザッ――。




 藁束を斬るような感覚と共に、おっさんの体は二つに割れた。だが、悲鳴すら上げない。切片から血も出てこない。砂埃が立っているだけだ。倒れ込んだ周囲に、ざっと砂が広がった。砂袋をぶち巻いたかのように。服だけが形を保っている。おっさんの姿はない。ただ砂だけだ。


「こいつ……」


 手応えこそないが、倒したのは確定だ。虹が立っておっさんの姿はかき消えたから。


「モーブ」


 ランとマルグレーテが駆け寄ってきた。


「なに、これ」


 奇妙な敵に、ランは戸惑っている。


「こいつ、砂でできてた。つまり――」

「ゴーレムね」


 虹が消えてゆく地面を、マルグレーテは見つめた。


「そういうことだ」

「だから宿の寝台やここに砂が落ちてたんだね、モーブ」

「そうだな、ラン」

「見て、なにか落ちてるわ」


 マルグレーテが、ごろっとした塊を拾い上げた。ソフトボールくらいの形と大きさだ。


「重い……。金属ね。冷たいし」


 服の端で表面をこすって。


「やだこれ、金じゃない」

「マジか!」

「多分……。鑑定してみないとわからないけど、重さといい色といい、間違いないと思うわ」

「そうか……」


 胸元のアミューレットを、俺は取り出してみせた。


「レアドロップ固定効果だ」

「ここ地下だしね。砂のゴーレムなら、鉱物に関係があっても不思議じゃないわ。はい」


 マルグレーテが渡してくれた。たしかにずっしり重い。何キロあるんだ、これ。


「倒したんだから、モーブの物よ」

「これは村に寄付しよう。これだけあれば、新しい農具や種籾たねもみも買えるだろうし、次の収穫までの繋ぎにもなる。余りそうな分は、エリク家に還流させてもらおう。次の収穫待ちのゆっくりですまんが、お前んちの窮状も救えるぞ」

「それは悪いわ……と言いたいところだけれど正直、助かるわ」


 マルグレーテは、俺の腕を胸に抱いた。


「モーブなら……そう言ってくれるって思ってた」


 腕に頬を寄せてくる。


「それよりさ、ゴーレムということは、こいつを作って使役していた野郎がいる」


 そいつが本当の中ボスだ。


「触手の本体かな」

「だとは思うがラン、よくはわからん」

「なにか言ってたわよね。羽とか……アルネとか」

「ああ」


 俺達と関係のある「アルネ」といえば、アルネ・サクヌッセンムとかいう古代の大賢者だ。アドミニストレータ洞窟の宝箱にアルネの銘板があったし、俺の持つ剣だって、サクヌッセンムが居眠りじいさん先生こと大賢者ゼニスに託したアーティファクトだ。


「サクヌッセンムさんかな」

「そうそう都合よく別の『アルネ』がいるとも思えないしな。今のところはサクヌッセンムと考えておいたほうがいいだろう」

「あの言い方……」


 暗い天井を見上げて、マルグレーテは呟いた。


「アルネ・サクヌッセンムと敵対しているような雰囲気だったわ」

「大賢者と敵対してるんだ。多分魔王の手下とか、そのあたりだろう」

「そうね……」

「羽持ちってなんだろう」


 ランが頬に手を当てた。


「それはなあ……ラン、正直俺にも、わけわからん」


 俺は考えた。


「だが、俺達の周辺で『羽持ち』とくれば、思いつくのはいかづち丸だ」

「卒業ダンジョンで幻の羽が生えたものね」

「モーブを救ってくれたんだよ、いかづち丸」


 火口入り口で、いかづち丸は俺達の帰りを待っている。ここまで騎乗してきたのは俺だ。いかづち丸の残り香か気配あたりを感じ取ったというのは考えられる。特殊な力を持ついかづち丸を脅威に感じたのかもしれない。


 俺がそう説明すると、ふたりは頷いた。


「たしかにその仮説、説得力あるわね」

「いかづち丸、性格の優しいお馬さんなのにね。そんなに怖いかな」

「だがまあ、クエストはこなした。ゴーレムを操っていた野郎は取り逃がしたが、この地下からは邪悪な気配が消えている」

「本当だ。もう生臭くないね」


 ランが微笑んだ。


「狐の祠に続き、この地下も邪悪な影から解放したと考えていいだろう。……念のため、狐にもらった御札をここにも貼っておくか」

「そうね。あれ、神狐様からたくさん頂いたし」

「はいこれ」


 懐から、ランが御札を取り出した。


「多分、あの人が立ってた、最初の壁に貼るといいと思うよ。いちばん力を感じたし」

「そういや、真っ暗闇で、あの壁に向かって突っ立ってたんだもんな、あのゴーレム」


 御札を受け取ると、壁に貼る。これで気味の悪い雲も臭い雨も消え失せるはず。金塊で繋いでいる間に、この村の状況も徐々に良くなるに違いない。この調子で厳しい村から救っていけば、エリク家領地のみんなも、幸せになれるさ。


 もちろん、マルグレーテと家族もな。




●最初の村を救ったモーブとラン、マルグレーテ。

次々に村を解放していくが、敵の反撃は意外なものだった……。

モーブ組の快進撃に陥穽はないのか?

次話、第二部第三章最終話「地下水脈解放」、乞うご期待!

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