3-8 地脈水脈を解放する

「こ、これを村に……」


 ごとり。


 居酒屋のテーブルに金を置くと、集まった村人は皆、絶句した。


「こんな……もの……」


 鈍く輝く金属を前に、誰からも言葉が出てこない。きょろきょろと、俺を見たり互いの顔を見合わせたりしている。


「と、とてももらえねえ。こんなものをもらったら、捕まって斬首される」

「く、首を斬られると、生きていられるのは十秒くらいだそうだ。恐ろしい」


 ああ、それは俺も聞いたことがあるわ。胴体から切り離されても、脳が壊れたわけじゃない。だから首は生き続ける。――ただし十秒か二十秒だけな。血液から酸素が供給されないので、意識はすぐに途絶えてしまう。


 古代ギリシャだったか、濡れ衣で斬首されると決まった科学者が、弟子に言ったんだと。意識のある限り、自分はまばたきをし続ける。その時間を測れ、それこそが脳の生きていられる時間だと。その逸話で証明されたんだってよ。


「おおげさね」


 マルグレーテが微笑んだ。


「モーブからあげるものだから、盗みでもなんでもないわよ」



 首を振っている。


「いや、頂いておこう」


 ハンスさんが俺を見た。村を取り仕切る立場の人だ。


「壊れた農具を、やっと修理できる。それに種籾も買っていいんですよね」

「ああそうさ。さっき言ったろ」

「助かります。これを売って万端整え、余った分は、必ずやエリク家にお納めしますので」

「仔牛を買ってもいいかしら」


 例の、牧畜をしている若い女性が付け加えた。


「恥ずかしい話、生活が苦しくて牛はだいぶ減らしてしまったので……」

「ああいいわい」


 ハンスさんは太鼓判を押した。


「それに猟師の弓に木こりの斧、これまでボロでやりくりしていた物品を新調しよう」

「それなら助かる。矢尻が曲がった矢では、なかなか獣も倒せん」

「長年研ぎに研いで、もう斧もちびておる。最近の、鍛冶に優れた斧に変えれば、これまでの倍は働ける。村が豊かになるぞい」


 木こりのおっさんも喜んでるな。皺々の顔に、目が埋もれるくらいの笑顔になってるし。


「さて、祝い酒だな」


 居酒屋店主のアヒムさんが、テーブルに酒の瓶を持ってきた。皆から歓声が上がる。


「村の酒も少なくなったが、今日は飲んでもいい。というか今日飲まんでどうする。なあハンス」

「ああ頼む。酒代くらいはなんとかなる」


「それに……」


 ついでにテーブルに陣取ったアヒムさんが、俺達を見た。


「この村の生気を吸い取っておったとかいう化け物はもういない。そうだろ」

「そうよ」


 マルグレーテが頷いた。


「ここにいるモーブが、倒したの。彼は不思議な力を持っているのよ」

「おう……」


 テーブルがどよめいた。俺の力の源が、原作ゲームに関するメタ知識であることを、マルグレーテもランも知らない。奇妙な能力者としか認識していないはずだ。


「さすがはマルグレーテお嬢様とご学友。有り難いことです……」


 ハンスさんは涙ぐむ寸前だ。


「だからこれからは、作物の収穫も牧草の生え具合も、元に戻るはずだよ」


 ランが付け加えた。


「今年の小麦にはもう間に合わないけど、それでも夏のお祭り、楽しみだよね」

「お嬢様とランさん、モーブさんにも、ぜひ祭りに参加してもらいもんじゃ」

「それはいいな。……どうでしょうか、お嬢様」


 ハンスさんに見つめられて、マルグレーテは微笑んだ。


「もちろんよ。お招きありがとう。……楽しみにしているわ」

「わあ、じゃあ私、歌ってもいいかな、お祭りで」


 ランも楽しそうだ。


「歌って頂けるんですか」

「私とモーブの村の歌。収穫のときにみんなで歌うんだよ。ねっモーブ」

「そうだな、ラン」


 ヘクトール遠泳大会で歌った、例の「ヤレンソーラン」とかいう民謡だな。


「よし、収穫の前祝いだ。とにかく今晩は飲もう」


 酒瓶を前に木こりのじいさんは、もうよだれを垂らさんばかりだ。


「任せろ。今、つまみを出させる。――お嬢様方も、今晩はまだ泊まって頂けるんですよね」

「ええ、アヒムさん」


 マルグレーテは、俺をちらと見た。恥ずかしそうに。


「……モーブさえ良ければ、昨日と同じに」


 若い女性の店員が、食べ物満載の盆を持って現れた。たちまちテーブルが歓声に包まれる。並んだ木のカップに酒が注がれ始めた。


          ●


 こうして、俺達は最初の村を解放した。屋敷に戻って報告すると、あの激渋家長シェイマスが笑って喜んだので、ちょっと驚いたけど。


 いずれにしろこれでエリク家のお墨付きをもらった俺達は、次の村、その次の村へと駒を進めた。どの村にもなんらかの異状が、村人により観測されていた。それぞれで原因や現象は異なるが、基本、地脈水脈の乱れによるものばかり。


 どの村も、土地の霊的中心となるあたりの地下に謎の施設があり、水脈や地脈のエネルギーを吸い取っていた。それをぶち壊し、狐の札で再発を防いだ。


 幸い、例のサンドゴーレムや触手野郎、それに他のモンスターは出てこなかった。理由はわからない。明らかに敵の拠点はあるのだが、どこも無人なのだ。


 狐の話だと、掘削できるエネルギーより維持するエネルギーが大きければ撤退するということだった。俺達が戦闘して二箇所解放したから、触手野郎の本体はこの地から離れたのかもしれない。


 エリク家に到着してから二か月、つまり七月末までに、八割方の村は解放した。これだけでも来年の収穫はV字回復する。それに心を強くした俺達は、最後の詰めのため、遠方の村々への遠征を、ひとつひとつこなしていった。もうエリク家領地でのクエスト完遂が見えてきた。


 ――そう思っていたある日、それは起こった。




●次話から新章「第四章 ノイマン家の契約書」開始。


エリク家領地で破竹の快進撃を続けるモーブ組を待っていたのは、一枚の契約書だった。窮地に追い込まれるエリク家。重い宿命を知ったマルグレーテは、自らの覚悟のため、とてつもない賭けに出る。そしてモーブは……。次話「青天の霹靂」、乞うご期待!


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