4-2 謎のフラグが立った

「そう……ねえ」


 マルグレーテは、なんとなく口を濁している雰囲気だ。


「なんかあるのか」

「いえ彼ほら、すごくまっすぐな性格でしょ」

「ああそうだな」


 王道系の主役だからな。


「なんかこう杓子定規しゃくしじょうぎで疲れるから、女子人気はあんまり……」


 そうなのか。ゲーム本編だと普通に人気になって、学園編でもう初期ハーレムを形成するんだけどな。


「最初に会ったとき、モーブ、わたくしがブレイズの取り巻きになるとか言ってたじゃない」

「ああ」


 とびきり仲良くなるって言ったんだけどな。いろんな意味を込めて。それ指摘するのかわいそうだし、「取り巻き」でいいや。


「あれ、どういうつもり」


 不満げな顔で睨まれた。この様子だと、マルグレーテのハーレム入りフラグはもう折れてそうだ。


「気にするな。俺の勘違いだったわ。お前はブレイズともう仲良くなりそうもない」

「……ならいいけど」


 ほっと息を吐いた。


「あれ、気になってたのよ。なにしろ不思議な力を持つモーブの予言だったから」

「ごめんな。マルグレーテ」

「いいのよ。……安心したわ」


 お茶を飲むと、窓の外を見た。葉を張った広葉樹が、梅雨の雨に枝を揺らしている。


「それでね。ブレイズはなにかというと、モーブより俺のほうが強い。ランは騙されているとか、そんな話ばかりするし……。実力はともかく、性格は嫉妬深い負け犬だって、男子の間でも、なんとなくもう評価が決まってきてて」


 はあ、なるほど。それじゃあ、元のゲームでの「人気者キャラ」から、次第に外れてくのかもな。マルグレーテのハーレムフラグが折れたのも当然か。ハーレム要員をまたひとり失ったのも、自業自得だわ。


「ところでこれ、あげるわ」


 持ち込んだバッグから、本を二冊取り出した。


「なんだこれ」

「教科書……というか辞書ね。『詠唱魔法スペル辞典』と、『マナ召喚古代写本』。ランちゃんって、魔法職でしょ」

「うん」


 ランは頷いた。


「まだ自分ではどう育つかよくわからないけど、多分回復系列」

「なら読んだほうがいいわ。SSSの教科書なんだけど、親が送ってきてダブっちゃって……。Zクラスだと、こういう本、もらえないんでしょ」


 まあそうだな。


「わあ。ありがとう、マルグレーテちゃん」


 嬉しそうに、ランが辞典のほうを胸に抱いた。


「重いねー」

「千ページもあるもの。初期魔法から究極魔法まで、今判明している全てのスペルが書いてある。……まあスペル棒読みしても、それにふさわしい能力がないとなにも発動しないけど」

「スペル系は面倒だからなー」

「そうそう。わたくしも、覚えるのひと苦労で」


 詠唱系魔法発動には、宣言と詠唱が必要だ。宣言は、たとえば「レベル五体力強化」とか、そんな感じ。詠唱は、その宣言を発動させるための呪文になる。どちらが先でもいい。戦闘では、敵に効果を先読みされないよう、詠唱を終えてから宣言するのが普通だ。


 宣言は簡潔だが、問題は詠唱だ。たとえば初期の回復魔法なら、「癒やしの風」のひとことで済む。これが同じ回復魔法でも超上位の完全復活魔法とかだと、「常世とこよべる闇の王よ。我ここに請願を立てる。我が願いに応じ、詠唱えいしょうほうじるを受け取りたてまつれ。我は願う。我がともがら○○の魂を――」とかなんとか、そんな感じよ。


 多少言葉を言い間違えても大意が合ってればいいらしいけど、これ覚えないとならないんだから、詠唱系の魔道士は大変だ。


「まあ暇なときに読むといいわ。Zの授業なら、内職し放題って聞くし」

「まあなー。……こっちはマナ召喚魔法系の本か」

「そう。なんでも古代の写本だって。詠唱系と違って呪文自体は短いんだけど、言語が古いから、読めないものも多くて。……丸覚えすればいいらしいけど、意味不明の単語丸覚えって、地獄でしょ」


 溜息をついている。たしかになー。


「それにしてもここ……」


 改めて、マルグレーテは周囲を見回した。


「本当に馬小屋なのね。いい匂いがする」

「馬の匂い好きなのか」

「馬、大好き。わたくし、実家では乗馬が趣味だったし」

「そうか……」

「私とモーブで、毎日お馬さんの世話をしてるんだよ」

「あらそう」

「頼まれたわけじゃないんだけどな、趣味というか。それに世話すると賃金もらえるし」

「あら……」


 驚いている。


「……そうか。たしかモーブもランちゃんも、孤児だったわね」

「そうだよ。俺達一文無しだからさ。ここに住むことで寮費を浮かせて、現金でもらってるし。馬の世話も、いい稼ぎになるからさ。趣味と実益」

「それで……」


 ベッドから身を乗り出すと、俺の脇の下に顔を寄せた。


「馬の匂いが移ってるわ。馬が喜んでそうな、いい匂い」

「そんなのわかるんか」


 脇から俺を見上げてきた。


「わたくし魔道士だけれど、多少はテイマースキルも持っていてよ。馬の気持ちくらいわかるわ」

「へえ……」


 そうだったっけかな。俺、ゲームではマルグレーテのスキルポイント、ほぼ全部マジック系に全振りしてたからなー。基本、万能キャラより特化キャラのが使い勝手いいゲームだったし。特に主人公ブレイズが万能型だから、パーティーメンバーは特化型に育てるのは攻略の基本みたいなところ、あったし。


「いい匂い……」


 俺の胸に手を回し抱くようにして、脇に頬を擦り寄せてきた。


「心が落ち着く……」


 いやマルグレーテのがいい匂いだけどな。ランとはまた違う、だけど男をうっとりさせる香りで。女子特有の匂いに、フレグランス系の香りが混ざって。


「それに……男の人の香りがする」


 いつの間にか、瞳を閉じている。


「強くてたくましい男の……。お父様ともお兄様とも違うわ」


 さすがはテイマースキル保持者。人間も嗅ぎ分けるんだな。


「そうでしょ。モーブ、すごおく頼りになるんだよ」


 俺が褒められたからか、ランも嬉しそうだ。


「そうなの……」


 ようやく俺の脇から顔を離した。まだ抱き着いたままだけどな。


「ランちゃんも、モーブの匂い好きなのね」

「うん、そうだよ」

「ならふたり、おんなじね」


 くすくす笑っている。


「わあ、じゃあ三人で親友になろうよ」


 ランが、俺とマルグレーテの手を取った。


「し……親友」


 マルグレーテの頬が赤くなる。


「ま……まあいいわ。わたくしも、ふたりのこと、もっと知りたいし」


 熱を帯びた瞳で、俺を見つめてきた。


 三人で手を取り合ったまま、しばらく楽しく話した。ときどき、マルグレーテは、俺の手をぎゅっと握ってくる。少し頬を赤らめて。


 これあれだな。元ゲームから展開、だいぶ変わってきたな。少なくとも男女関係は。ランもマルグレーテも、本来ならブレイズが学園ハーレム要員にするはずなんだけど……。


 まあいいか。女の子に好かれて、悪い気はしないもんな。


「じゃあ誓いましょ。三人はこの先、なにがあっても親友。仲良くするんだって」

「おう」

「わあ、楽しい」


 手を取り合うと、マルグレーテの体から、赤いモヤのようなものが生じた。ランからも。それが混じり合うように、俺達の体を包む。


 ……これは?


「お前ら、なんか詠唱したのか」

「ううん」

「詠唱? なんの話」


 なんだ。ふたりとも、これ見えてなかったんか……。


「じゃあこれは……」


 そう。リーナさんのときと同じだ。ということは、これもフラグか。もしかしたら、パーティー成立の……。


 なんてこった。どんどん元のゲームから世界線がずれてくじゃないか。俺が初期村で死ななかったばっかりに。


 このゲーム、これからどうなってくんだ。大きなイベントは多分、共通してるんだろうけどさ。この調子で細かな部分が変わっていくと、下手したら大イベントレベルで展開が変動するかも……。


「もう夕方だし、マルグレーテちゃん、今晩は泊まっていきなよ」

「こ、ここに?」


 ランの提案に、さすがに驚いてるな。こいつは見物だ。貴族の令嬢が、こんなボロ部屋に泊まるのかどうか。


 マルグレーテは、ちらりを俺を見た。


「い、いいけど……」


 頬がかあっと赤く染まった。


「晩ご飯の時間、もう始まってるね。じゃあ男子寮と女子寮でご飯食べて、ここに集合。さ、マルグレーテちゃん、一緒に食堂行こう」


 立ち上がったランが、マルグレーテの手をぐいぐい引っ張った。


「そ、そんなに急かさないで。い、今行くから」


 立ち上がると服の皺を手で払った。


「じ、じゃあモーブ、後でね……」




●業務連絡

本日月曜につき、本作と並行して週一連載中の「底辺社員の「異世界左遷」逆転戦記」、最新話を先程公開しました。こちら本作同様、ハズレ者の底辺社畜が異世界に左遷されて大暴れします。現実世界でも社長役員をタメ口で論破しまくった挙げ句、超高速出世する成り上がり下剋上小説です。100万PVを頂いて読まれており、面白いと思いますので、よろしければご一読下さい。


最新話:

https://kakuyomu.jp/works/1177354054891273982/episodes/16816927862645619208


トップページ:

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