4 令嬢マルグレーテ、ボロ寮に来襲

4-1 学園トーナメント戦の決着

「今日もじめつくねーっ」


 土曜日の午後。ヒビの入った旧寮の窓から雨空を見上げて、ランが溜息をついた。土日は授業がない。完全休講だ。


「モーブとお散歩できなくて、つまらないな……」

「ならラン。俺がうまいお茶を淹れてやるよ。リーナさんにもらった奴がまだあるし」

「わあ。モーブ、優しい……」


 喜んでるな。俺とランは、ここ三階東南の部屋を自室として暮らしている。陽当たりがいい分、部屋の傷みが少なかったからさ。


 実際、この世界の梅雨は長かった。前世でボロアパート暮らしだったし、旧寮のボロさなんか気にもならなかったんだが、さすがに梅雨はこたえた。なんたって雨漏りが酷くなるし。ランじゃないけど、なんとなく気分が塞ぐんだわ。


 Zの教室だって、じめじめ度合いが当社比二百パーセントの大増量中だ。せっかく修理したってのに、また別の箇所が床抜けして大騒ぎさ。まあ今回も俺とランで直したから、営繕小遣いもらえてラッキーではあった。


 その小遣いで、ランにかわいい下着買ってやったわ。ヘクトールは全寮制学園なんで、私服なんかいらない。もちろんお洒落として休日に着込んでる奴はいるんだが、俺とランはそういうの気にしないし。普通に週末だって制服かジャージでごろごろしてる。馬の世話は休日だって発生するし、着飾ったって汚れるだけだしな。


「いい香りじゃない。麝香じゃこう茶、これ?」


 声がして、誰か入ってきた。令嬢マルグレーテじゃん。赤と黒の豪奢ごうしゃな私服を着て、部屋を見回している。ちょっとゴスロリっぽいな。てか貴族服だから、こっちのがゴスロリの本家か。


 てか、なんの用なんだろうな。マルグレーテとは、入学試験の日にちょっと絡んでからかっただけ。それ以来二、三か月、没交渉だ。たまーに廊下の向こうに顔を見るくらいで。


「頂き物だよ。それにもう、無くなる寸前だわ」

「そう……」


 瞳を和らげた。


「なら今度、わたくしがお茶を持ってきましょう。余ってるし」

「わあ嬉しい」


 ランは大喜びだ。


「良かったね、モーブ」

「ありがとな、マルグレーテ」


 とりあえず礼を言って、出方を見ておこう。


「いいのよ。お父様、過保護だから。いいって言ってるのに、いろんな物、次々送りつけてくるし。もう寮の個室が狭くて」


 溜息ついてるわ。貴族には貴族の苦労があるもんだなー。


 ちなみに男子寮、女子寮とも、四人部屋、二人部屋、個室に分かれているらしい。当たり前だが、個室を使っているのは貴族の子弟とか豪商のバカ息子とかばかりだと。


「そんなとこに突っ立ってないで、こっちに来いよ。茶、飲んでけ」


 どうやら、いきなり殴り込みに来たってわけでもなさそうだ。なら身構える必要はない。なにか話があるのだろう。どうせ暇だ。退屈しのぎにはなるし。


「ありがとう」


 だけど、もじもじしてるな。


「どうした」

「その……どこに座れば」


 ああ、そうか。二人っきりの部屋だから、椅子も二脚しかない。しかも不揃いだ。ボロ寮中探し回って、多少はマシなボロ、ふたつ拾ってきただけだからな。


「ここ座んな」

「でも……そこ、寝台じゃない」


 もじもじ。


「モ、モーブが寝ているところでしょ」

「なんだよ、お嬢様がベッドに座るなんて、はしたないってか」

「そ、そんなことは言ってないけど」

「いいから来いよ」

「あっいやっ……」


 腰を掴んで抱えてやると、ベッドまで運んだ。意外なことに、俺に抱き上げられても、マルグレーテはじっとしていた。シーツだけは清潔なボロベッド。膝に手を置いて下を向いたまま、所在無げにちょこんと座っている。


「はい。マルグレーテちゃん」


 ランが茶のカップを、目の前のテーブルに置いた。


「あ、ありがと」


 口に運ぶ。


「……おいしい」

「リーナさんにもらったんだ」

「モーブったら、お茶淹れるの、上手なんだよ」

「そ、そうみたいね。わたくしの家の執事よりおいしく立ててるわ」

「ところでさ。なんか用か」


 貴族の令嬢が、用が無けりゃ、こんなボロ部屋に来るわきゃないもんな。てか誰も来たがらないし。この部屋入ったの、俺とランを除けば、マルグレーテが初めてだわ。


「その……」


 黙っちゃった。お茶をまたひとくち飲んでから、キッと俺を睨む。


「ふたりとも、どうしてトーナメント欠場したのよ」

「なんだ、その話か」


 良かった。なんか因縁でも付けに来たのかと思ってたからな。


 トーナメントってのは、一学期末にある、成績試験みたいなもんだ。全学生が一対一の疑似対人戦を行い、ランキングを競うという。


「トーナメント当日に、腹壊しちゃってさ。ふたりとも」

「嘘ね」

「本当だって」


 まあ嘘だが。


 対人戦トーナメントってことは、本来このゲームの主人公たる、勇者ブレイズがイキるのは見えてる。また当たったらなあ……。


 模擬戦だから、例のバトルフィールドを使う。だからバグ技を使えはする。つまりブレイズだろうが誰だろうが瞬殺だ。


 ただし一対一バトルなので、今回は準備が面倒になる。回復魔法必須だが、魔法でサポートしてくれるランがいないからな。初期回復魔法でいいのでMP消費なしで魔法を出せる杖とか、事前になんとか借りてくるとかしないとならない。


 そこまでして参加するのはアホらしい。


 俺はそもそも、冒険者になんか、なる気がない。この世界で、ランと楽しく暮らしていくための方法を考える。その時間稼ぎと基礎的な情報集めのために、学園の門を叩いたわけで。


 だから別に成績悪くたって、かまやしない。放逐されない程度に、適当に過ごせればいいんだから。なら一学期末のテストくらい、フケてもいいよな。


 それにブレイズはもう、俺の将来と無縁の男だ。せいぜい好成績でも出して、勝手に成り上がればいいさ。どうでもいい男のことなんか、文字通りどうでもいい。


「本当のこと、言いなさいよ」

「トーナメントとか、だるいし」


 嘘つくのも面倒になってきたので、正直に話してやった。別にいいだろ。マルグレーテ、俺のことチクったりしないだろうし。


「あなたって変わってる。みんな、いい成績出そうと必死よ」


 ほっと息を吐いた。


「クラスも違うし、全学生合同のトーナメントなら、やっとモーブに会えると思ったのに……」


 なんか愚痴ってるな。


「俺、弱いし。マルグレーテにぶつかる前に、どうせ敗退だよ」

「どうかしら、それは……」


 俺の目を、じっと見つめてきた。


「トーナメント賭博のオッズ、ランもモーブも結構上位だったけれど」

「そうなんか」

「入学試験、覚えてないの。ヘクトール史上最高得点で入学したブレイズを、あっさり素手で殴り倒しちゃったじゃない、モーブ。ブレイズの特殊な剣も砕いて」


 ああ、あれなー。そういやあんときも賭けで盛り上がってたんだよな。この学園、世間から隔離されててみんな退屈なせいか、賭け事盛んなのかもしれんな。


「噂とか興味ないからなあ……」


 本音だ。そもそもZクラスの連中、全員初戦敗退か、不戦勝で勝ったもののあっさり二戦目敗退みたいなのばっかだからな。だからそもそも、クラスでは誰も話題にしてないんだわ。するとしたら「いかに痛くなく負けるか」とか、そんなんばっか。


「で、オッズはどうだったんだよ」


 トーナメントなんかどうでもいいから、それすら聞いてない。


「オッズのトップはブレイズ」


 そらそうか。さすがは主人公補正だ。


「お前、マルグレーテは」

「そうね……」


 ちらと俺を見た。


「五位くらいだったかしら」


 それ凄いな。最初から相手が見えていて同時に攻撃を始める疑似戦では、間接攻撃ができる魔力系キャラは、とてつもなく有利。だから疑似戦フィールドでは、威力をかなり下げる地形効果を受けている。だから基本、前衛系の職のが有利だって話なのに。SSSドラゴン内で、よっぽど頭角を現してるんだろうな、マルグレーテ。


「実際の本戦は、どうだったんだよ」

「ベスト八までね。準々決勝で負けちゃった」

「そうなのか」

「うん……。モーブ、出場してないしわたくしの試合見てもくれないから、なんだか気が抜けちゃって」


 ほっと溜息。


「そうか。悪かったな。……で、優勝もどうせブレイズだったんだろ」

「うん。圧倒的」

「だろうなー」


 イフリートの剣は、もうない。多分購買部で買える出来合いの安物剣使ったんだろうけどさ。さすがは主人公だわ。


「そんなに強いならブレイズ、きっと大人気なんだね」


 お茶のカップを両手で抱えたまま、ランが聞いた。


「そう……ねえ」


 マルグレーテは、なんとなく口を濁している雰囲気だ。




●次話は明日月曜朝7:08公開です。ブレイズwww

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る