後編

 だけど困っていると、黙っていた前園ちゃんが口を開いた。


「葉月君、あなたがホッケーマスクを見たのはいつ頃?」

「え? 三十分くらい前だけど」

「なるほどなるほど。チョコソンさんの出現する法則が分かりました。これを見てください」


 前園ちゃんはそう言うと地図を取り出して、マジックで何ヵ所かに印と時間を書いていく。


「これはチョコソンさんが現れた場所と時間です。葉月君のアパート、襲われたスーパー。これらよくを見てください」

「これは……。北に行くほど、事件が起きた時間が後になっている」


 つまりチョコソンさんは、南から北に移動してるってことか!


「これでチョコソンさんの動きが予想できます。私達は襲われそうな場所に先回りして、やっつければ良いんですよ」


 なるほど、さすが前園ちゃん。名探偵だ。

 さて、襲われそうな場所と言うと、チョコを売っている洋菓子舗や、スーパーかデパートってとこか。

 そうなると進路上にあるのは……んんっ!?


「ちょっと待て! よく見たらチョコソンさんの進路方向に、高井デパートがあるじゃないか!」

「そうですね。たしかあそこ、バレンタインフェアをやっていましたから、このままだと確実に襲われるでしょうね。けどこの距離だと、今から行って間に合うかどうか」

「何悠長なこと言ってるの! ええい、話してる時間が惜しい。さっさと向かうよ!」

「は、はい。けど火村さん、何をそんなに慌ててるんですか? 確かにチョコソンさんは、早いとこやっつけなきゃいけませんけど」


 前園ちゃんは、あたしが慌て出したのが気になっているみたい。

 けど、慌てもするよ。だって、だってさあ。


「高井デパートにはねえ、ダーリンにあげるためのチョコと、あと自分へのご褒美用のチョコも予約してあるの! けどこのままじゃ、チョコソンの野郎に食われてしまうじゃないか!」


 仕事が終わったら受け取りに行くつもりだったけど、もうそんな悠長なことは言ってられない。

 今すぐ行って、チョコを守らないと!


「師匠、俺も行くよ。チョコを奪った落とし前、つけさせてやる!」

「私も行きます。今の火村さんと葉月君だけに任せるのは、心配しかありませんもの」


 同行を申し出てきた風音と前園ちゃんと一緒に、車に乗り込んでレッツゴー!


 急いでいたからかなり荒っぽい運転になって、後部座席から時々前園ちゃんの悲鳴が聞こえたけど、気にしてる場合じゃなかった。


 そうして飛ばしたお陰で、高井デパートにはあっという間に到着したんだけど。

 着いて早々、嫌な予感がしたのよ。だってさあ、デパートの中から悲鳴をあげて飛び出してくる人が、何人もいたんだもの。


 慌ててデパートの中に入り、バレンタインのコーナーに行ってみたけど、そしたら案の定。

 そこにはホッケーマスクをつけて、右手にチェーンソーを持った男がいた。


 いや、チェーンソーは今はどうでも良い。問題なのは空いたもう片方の手には板チョコが握られていて、マスクの隙間から器用に食べているってこと!。


 バリバリバリバリバリバリ。


 一心不乱にチョコを食べるマスクの男。ちくしょう、遅かったか!


「師匠、前園さん、コイツだよ。俺のチョコ盗ったの!」

「妖気を感じますし、チョコソンさんで間違いないですね」

「それよりチョコは? あたしのチョコはまだ無事なの? ちょっと、そこの店員さん!」


 チョコソンさんの相手をするよりも先に、腰を抜かしている店の従業員に詰め寄った。


「チョコを予約していた火村悟里って者だけど、まだちゃんと残ってる? 残ってるよね!?」

「え、ええと。申し訳ございません。いきなりそこのチェーンソーを持ったマスクの人が現れて、店のチョコを全部食べてしまったんです。今かじっているのが、最後の一枚だと思われます。も、申し上げにくいのですが、ご予約されたチョコもきっとあの人の胃の中に……」

「なん……だと……」


 ショックで呆然とするあたしに、店員さんは「そんなことより早く逃げないと」って言ってきたけど、逃げるだあ? 


 ダーリンにプレゼントしようと思っていたチョコを、自分へのご褒美用のチョコを奪ったコイツをこのままにして、逃げるだあ? 冗談じゃない。


 絶・対・ニ・許・ス・モ・ノ・カ!


「師匠、手作りチョコを食べられちゃった俺の気持ち、分かってくれた?」

「ああ。風音、あの外道をこのまま野放しにしておいて良いと思うか?」

「良いはずないでしょ!」

「だね。これ以上、あたし達みたいな被害者を、増やすわけにはいかないよ!」


 あたしと風音は頷き合うと、チョコソンさんに向かって駆ける。

 すると最後のチョコを食べ終えたチョコソンさん、こっちに気づいて「ン?」と顔を向けたけど、そのままじっとしてろ。


 走っていたあたしと風音は勢いをそのままに、地面を蹴った。


「「ダブル除霊キィィィィック!!」」

「ギャァァァァッ!?」


 二人同時に放った飛び蹴りは、マスクをつけた頭部を直撃。チョコソンさんは後方へとふっ飛び、床に転がった。


「ガ……ガガ……」


 一度に二人から蹴られて、よほど痛かったのか、まるで壊れた機械のように声にならない声を漏らす。

 武器であるチェーンソーは蹴られた拍子に離れた所に転がっていて、戦力は大幅ダウンだ。もうまともに抵抗することもできないだろう。


 けどねえ、あたしの怒りはまだ収まってないぞ! 

 楽しみにしていたチョコを奪われた胸の痛みが分かるか? 簡単には許してやらないからなー!


「コイツめー、よくもあたしのチョコをー!」


 ゲシッ、ゲシッ!


「だいたい、リア充を妬んでバレンタインを台無しにさせようって魂胆が気に入らない。そんなんだからお前はモテないんだー!」


 ドガッ、バキッ!


「せっかくのバレンタインをぶち壊しにされた人達の無念、晴らしてくれる! オラァッ、これがあたしの分! これもあたしの分! そしてこれも、あたしの怒りだーっ!」


 ボコッ! バコッ! ズコーン!


 無抵抗のチョコソンさんを、蹴って蹴って蹴りまくる。

 だけどそうして蹴っていると、両サイドから腕を掴まれ、動きを止められた。


「師匠、俺だって被害者なんだからさ、一回くらい『これは風音の分』って言ってよー」

「火村さん落ち着いてください。これじゃあどっちが悪者か分かりません。見てる皆さんがドン引きしちゃってますよ」


 取り押さえてきたのは、風音と前園ちゃん。

 言われて気づいたけど、逃げ遅れた従業員や一般客が唖然とした様子で、こっちを見ている。


 う、風音はともかく、前園ちゃんの言うことは一理あるか。

 チョコソンさんは頭を抱えて小さくうずくまっていて、確かにこれじゃあアタシがいじめてるみたいに見えるかも。


「いつまで蹴るつもりですか。術を使って浄化させないと消えないって、分かってますよね?」

「そりゃあそうだけど、チョコを食べられたんだよ。気がすむまでボコボコにしてから浄化しても良いじゃないか」

「恐ろしいことを言わないでください。火村さんが気がすむまで待ってたら、明日になっても終わりませんよ。もうさっさと終わらせます。蕾に雨、華咲き誇れーー浄!」


 前園ちゃんが手をかざして呪文を唱えると、チョコソンが光に包まれる。

 こうなってしまっては残念だけど、もう浄化は止められない。


 ただ浄化されてるチョコソンさんが「タスカッタ」と呟いたのを、アタシは聞き逃さなかった。

 この野郎、自分で騒ぎ起こしておいて、何被害者面してんだか。


 前園ちゃんの術を浴びたチョコソンさんは、ほどなくして消滅。

 するとさっきあたしが話しかけた従業員が、目を丸くしながらパクパクと口を開く。


「マスクの男が消えた。あ、あなた達はいったい?」

「気にしないでください、ただの祓い屋ですから。さあ、チョコソンさんは無事祓ったことですし、火村さんも葉月君も、もう帰りますよ」


 確かにここに残っていても、無くなったチョコが戻ってくるわけでもないか。

 素直に前園ちゃんに従い、とぼとぼとデパートを後にする。


「あー、もう。ダーリンへのプレゼントどうしよう。この辺のお店は大抵被害に遭ってるし、チョコのかわりにビールじゃダメかな?」

「それは単に火村さんが飲みたいだけじゃないですか?」


 帰り道、運転しながらグチグチとぼやいていたら、後部座席に座っていた前園ちゃんがすかさずツッコミを入れてくる。

 けど良いじゃないか。飲まずにやってられるか。


 すると同じく後部座席に座ってた風音も、口を開く。


「本当に迷惑な妖だったね。まあ浄化したから、もう出る事もないだろうけど」


 全くもって同感。

 だけどそれを聞いた前園ちゃんが、途端に難しそうな顔をした。


「それはどうかなあ? ああいう思念が生んだ妖って、やっつけても復活するケースが多いから」


 ん、そういえばそうだ。

 チョコソンさんはバレンタインを嫌う、リア充を妬む人の思いによって生まれた妖。ならばそんな思いを抱く人達がいなくならない限り、何度だって復活するはず。ということは。


「じゃあ何? 次の2月13日の金曜日にはまたあいつが現れて、バレンタインをぶち壊そうとするってこと?」

「可能性は高いかと。次の2月13日の金曜日がいつだったかは知りませんけど、たぶん復活するだけの念を集めるのに、十分な時間は経っているでしょうから。って、火村さん? 何怖い顔して笑ってるんですか?」

「ふっ、ふふ……。だってさあ、復活するってことはまだまだ足りなかった復讐の続きができるんだよ。ははははははっ、これが笑わずにいられるかーっ!」

「えーっ、まだやる気なんですかー?」


 当たり前じゃない。それに性懲りもなく同じことを繰り返そうとするなら、どのみちやっつけないといけないしね。


 あたしはハンドルを強く握りながら、打倒チョコソンを誓うのだった。



 バレンタインを楽しみにしているカップルは、2月13日の金曜日にご注意を。

 もしかしたらチョコソンさんがやって来て、チョコを奪おうとするかもしれないよ。



 おしまい🍫

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2月13日の金曜日の怪人 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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