2月13日の金曜日の怪人

無月弟(無月蒼)

前編


 関東地方の某県某所、町の一角にあるビルの中。

 そこは知る人ぞ知る、祓い屋協会の事務所。


 祓い屋。それは幽霊や妖といった、様々な怪異に立ち向かう霊能力者のこと。

 そして何かを隠そうこのあたし、火村悟里も、その祓い屋の一人。一見すると、ただの美人OLだけど、その実凶悪な悪霊や、ずる賢い妖を何体も祓ってきた、超一流の祓い屋なのだ。


 あ、ちなみに現在新婚一年目で、家では愛するダーリンとラブラブな毎日を過ごしている。


 ふふふふーん、明日はお仕事はお休みで、ダーリンとデートに行くのだー。

 祓い屋は年中大忙しだけど、前々から明日だけは休みたいって事務所に申請していたんだよねー。

 何せ明日は、2月14日バレンタインだもの……。



「火村さん、今日は2月13日の金曜日ですね」


 明日のことを考えてニヤけていたら、不意に声をかけられて、我に返った。


 いけない、今は仕事中だった。

 時刻は夕方。祓い屋事務所のオフィスでは同僚の祓い屋達が数人、デスクワークを行っている。

 そして声を掛けてきたのは、メガネをかけたボブカットの女の子。後輩の前園ちゃんだった。


「火村さん、話聞いてます?」

「ああ、うん。ちゃんと聞いてるよ。で、今日がどうしたって?」

「だから、今日は2月13日の金曜日じゃないですか。これは何かが起こると思いません?」

「あれ、今日って何か特別な日だっけ? バレンタインは明日だよね?」


 前園ちゃんが何を言おうとしているのかが分からない。

 あたしの知る限りでは、2月13日はただの平日のはずなんだけどなあ。

 すると前園ちゃん、「知らないんですか?」と目を丸くする。


「最近噂になっている都市伝説ですよ。2月13日の金曜日に怪人が現れるって話です」

「怪人? それって、妖の類い?」

「ええ。実在するとしたら、令和の妖ってことになりますね」


 前園ちゃんは、ニコリともせずに答える。

 妖と言っても河童や天狗のような、何百年も前からいるような奴ばかりとは限らない。


 人の恐れ、妬み、悪意といった感情が集まって、意思を持った妖が生まれる。

 そしてそれは令和の時代の今でも変わらず、人がいる限り新しい妖なんて、無限に生まれ続けるのだ。


「で、その怪人ってのは、いったいどんな妖なの?」

「ええとですね。なんでも2月13日の金曜日にだけ現れるとされている妖だそうです」

「ずいぶんと限定されているね。それじゃあ一年に一度どころか、数年に一度しか出てこれないじゃないの。しかし13日の金曜日って言うと、ジェイ○ンさんを思い出すよ」


 ジェ○ソンさんとは、アメリカのホラー映画に出てくる怪物のこと。

 そしてそのホラー映画のシリーズが、『13日の金曜日』って言うんだけど、まあそれとは無関係だろう。

 と思ったんだけど。


「○ェイソンさんじゃありませんよ。現れる怪人の名前は、チョコソンって言うんです」

「……は?」

 

 一瞬、言葉を失った。

 チャコソンだって? なんだそのジェイソ○さんのパチもんみたいな名前は?


「ええと、あたしの聞き間違えかな。なんか今、すごくふざけた名前が聞こえたんだけど?」

「いいえ、たぶん合っています。そしてそのチョコソンさんなんですけど、噂によると顔にはアイスホッケーのマスクをつけていて、チェーンソーを装備していて……」

「待ったー! マスクを着けてチェーンソーを持ってるって、やっぱりそれジ○イソンさんじゃないのか!?」

「何言ってるんですか。確かに本家ジェ○ソンさんもアイスホッケーのマスクをつけてるパターンはありますけど、実はチェーンソーを武器に使ったことなんて一度も無いんですよ」


 え、そうなの?

 いや、そこはどうでも良いか。何にせよそれ、ジェイソ○さんのパクりみたいな妖であることに変わりはない。


「何? そいつは○ェイソンさんへのイメージが具現化して、生まれた妖なの? だから13日の金曜日に現れるのか!?」

「まあ影響は受けているでしょうけど。火村さん、『2月』が抜けていますよ。今日が2月13日ってことは、明日何の日か分かりますか?」

「そりゃあまあ、バレンタインでしょ」


 分からないはずがない。

 だからこそ休みも取ったんだし、デパートにチョコの注文もしてるしね


「実はこのチョコソンさん、バレンタインで浮かれているカップルを、妬む気持ちから生まれた妖なんです」

「ん、んんっ? いったいどう言うこと?」

「そのままの意味ですよ。チョコソンさんはですねえ、カップルを見るとリア充爆発しろの精神で、チェーンソーを振り回しながら襲いかかる、恐ろしい妖なんです。あ、でもただ脅かすだけで、チェーンソーで頭をザックリいったなんて話は聞きません」


 前園ちゃん、言い方がグロいぞ。

 しかし頭をザックリとはいかなくても迷惑そうな奴だなあ。


「で、カップルが嫌いなチョコソンさんは、バレンタインも大嫌い。バレンタインなんて滅んでしまえって思っています。だから彼はバレンタイン前日の13日に現れて、バレンタインに必要不可欠なチョコレートを、一つ残らず食べてしまうそうなんです」

「その辺はあたしの知ってるジェイソンさんとは全然違うな! それにチョコを全部食べちゃうなんて、迷惑過ぎるだろう!」

「はい。バレンタインに備えてチョコを用意していても、チョコソンさんに食べられちゃいます。せっかく高いチョコを買っても、盗られて損をする。そこから、『チョコ損』って名前がついたそうです」

「ダジャレかい!」


 待て待て待て! 聞けば聞くほどツッコミ所満載だぞチョコソンさん!

 だいたい、バレンタインが嫌いなら、前日の13日が日曜だろうと水曜だろうと出りゃいいのに、やっぱりジェ○ソンさんを意識してんじゃないの?


 つーか本当に、そんな妖なんているのか。誰かが勝手に作って流した、デマなんじゃない?

 だけど次の瞬間。


「え、変なマスクをつけた男に、お店のチョコを全部食べられた!?」


 あたし達から少し離れた席に座っていた男性職員が、突如声をあげた。

 見れば彼は、電話で話している最中。しかし気になるのが、聞こえてきた言葉。


 変なマスクの男? チョコを全部食べられた? 

 それって、さっき話してたチョコソンさんに似てるけど。


 すると前園ちゃんも同じことを思ったのか、目を丸くして顔を見合わせる。

 だけどそれも束の間。今度は事務所中の電話が、次々と鳴り出した。


「はい、こちら祓い屋事務所。え、アイスホッケーのマスクを被った男?」

「チェーンソーを振り回す男に、チョコレートを奪われた?」

「○ェイソンさんの出来損ないみたいな奴が出た、ですか?」


 なんだこれは。次々とマスクの男の情報が入ってくるじゃないか。

 いや、マスクの男と言うか、これはさっき話していたチョコソンさんと見て間違いないだろう。

 と言うことは、そのふざけた妖がマジで実在するってこと?


 驚いている間にも、電話は鳴り続ける。

 すると今度は勢いよく、事務所の入り口のドアが開いた。


「ちょっとー! アイスホッケーのマスクをつけた妖の情報、入ってないー!?」


 叫びながら事務所の中に入ってきたのは、高校生の美少女。


 いや、違うか。

 さらさらの髪と可愛らしい顔をしたこの子は、一見すると女の子のように見えるけど、実はれっきとした男の子だ。

 彼はあたしの弟子であり、高校生でありながらプロの祓い屋としても働いている少年、葉月風音である。


 だけど何故か今はこれでもかってくらい眉間にシワを寄せていて、可愛い顔が台無しになってしまっていた。


「風音、どうしたんだ。今日は休みじゃなかったっけ?」

「休んでなんかいられないよ! それより師匠、ホッケーマスクの男について、何か知らない!?」


 苛立ったように声をあげる風音に、思わず圧倒される。

 まあチョコソンさんの情報なら今まさに寄せられてきてるけど、いったいどうしたの?

 すると彼は、ポツポツと語り始めた。


「今日は学校が終わった後家に帰って、チョコを作ってたんだ。明日トモにあげようと思って」


 お、逆チョコってやつだね。

『トモ』って言うのは知世ちゃんって言う、風音の妹弟子の女の子だ。

 風音ってば、知世ちゃんのことが大好きなんだよね。生憎、全然にされてもらってないみたいだけど。


「あれ、でも風音、お菓子なんて作れたっけ?」

「作るって言っても、チョコを刻んで型に流し込むだけなんだけどね。とにかくそれを作って、冷蔵庫で冷やしてたんだ。けどいきなりマスクをつけた変な奴が、部屋の中に現れたんだよ。妖気を感じたから妖なんだろうけど、そいつってば勝手に冷蔵庫を開けて、チョコを食べちゃったんだ」


 マスクの男がチョコを食べたねえ。そりゃあ間違いなくチョコソンさんだ。


「で、食べた後は窓をぶち破って出て行っちゃったんだけど。アイツめ、よくも俺の作ったチョコを。絶対に許さない、取っ捕まえてボッコボコにしてやるー!」

「割られた窓よりもチョコの方が大事か! だけど情けないぞ。アンタだってプロの祓い屋なのに、逃がしちゃったのか?」

「それは……いきなり現れたもんだから、ビックリしちゃったんだよ」


 バツの悪そうな顔をしながら、目をそらす。

 ま、逃げられちゃったもんは仕方がないか。


 しかしチョコソンさん。これだけ騒ぎを起こしているとなると、早々に手を打たないといけないねえ。

 けどそれには、一つ問題がある。


 何せ情報はたくさん寄せられているものの、その数が膨大で、チョコソンさんが今どこにいるのか、次にどこに現れるかが分からないのだ。

 うーん、どうしたものか。

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