大学1年 ⑭ バレンタイン

2月になり合宿が始まった。冬で寒い時期に部活をするのはすごく嫌だったが、久々に部活の同期と会うとワクワクした。田村さんにも久々に会い、相変わらず私をいじる。話すことは楽しいし嬉しいけど、その内容はムカつくものなので嫌な気持ちになる。アンビバレント。使い方は合っているだろうか。


一週間の合宿が終わり、やっと休みになった。休みは二日間である。その尊い二日間の内、一日は大阪や京都に行って冒険していた。

大阪駅のルクアをプラプラ歩いていたらPLAZAがあった。バレンタインのことなんて意識していなかったけど、店内に並ぶ動物のチョコレートを見てワクワクした。ゴリラ・ブタ・カメ・サル。せっかくのバレンタインだし、イベントは楽しもう!と、この四種類を買うことにした。部活で仲いい男子にあげようと思ったのだ。田村にはもちろん一番大きいゴリラで、あとは好きな順に大きいチョコレートから渡そうと決めた。


2月14日は日曜日である。買ったはいいけどどういうシチュエーションで渡せばいいのか分からなかった。特に田村に渡すとき。好きだけど付き合いたいなんて思ってない。恋愛の好きと言う気持ちと、兄貴のようで好きという気持ちがごちゃごちゃに混ざってるから、くそ真面目に渡すなんて恥ずかしくてできないなぁと未希は感じていた。まぁいいや。日曜にみんなに堂々と渡せばいいや!と思った。



そして一週間の部活が終わった。2月14日である。バレンタイン本番。

解散してからもみんな何故か喋ったりしてて、全然渡せる雰囲気にならなかった。もし男子全員に渡すとかだったら全員が集まってるときに言えるけど、15人中たった4人にしか渡さないのである。今日じゃなくてもいいけどさ・・・と思い、諦めて一人駅に向かった。



そしたらなぜか田村が一緒に帰ってくれることになった。今、すごくいいタイミングなんじゃないだろうか。ほかの部員なんておらず、未希と田村は二人きり。こんなこと多分初めてだ。電車のボックス席に向かい合って座った。


どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう・・・・。

いつもあんなにもいじってくる田村だけど、今回はいじりなんて言わなかった。「大丈夫かよ。」田村がそう未希に声をかけた。未希は不安なことがあるとすぐに顔に出てしまうタイプの人間である。心の中の不安な気持ちがすでにバレている。平然を装ったがぎこちない会話になってしまった。

無言。田村とは5分間だけ一緒の電車に乗れる。こうしている間にも着々と別れが近づいてきている。鞄の中にはチョコレートが入ってる。頑張れ自分。頑張れ自分。頑張れ頑張れ・・・・。


田村の最寄り駅に到着した。ここで二人降りて、田村は改札へ。未希は乗り換えとなる。二人、無言で階段を下りる。

今しかないじゃん。もう本当に今しかないのに。

何も言い出せない。


「じゃあ、おつかれ!!!」

田村がそう言った。

「お疲れさまでした」

いつもよりそっけない挨拶になってしまった。本当はチョコレートを渡したかったのに。今ならまだ間に合う。もう一人の勇気ある自分が声をかけてくれる。しかし足は電車のホームに向かっていた。


一人になった電車でため息をついた。

楳図かずおの家にピンポーンはできても、田村にチョコレートは渡せない。

そんな自分はまだまだ勇気が足らないみたいだ。だけど絶対、絶対ゴリラのチョコレートは渡すんだ!そう心に決めていた。



もう一人、部活とは別で渡したい人が居た。大阪在住の31歳の男性(田尻さん)である。田尻さんともたまに電話をしていて、大阪に行ったときに「大阪なう」と連絡してみたところ、じゃあ飲もう!と誘われ急遽会うことにした。


「なんも変わらんな」それが田尻さんのファースト・ランゲージであった。

背が高く目が大きい。クールでかっこいい見た目と媚びない言動に、19歳の未希はドキドキしてしまった。

どこの店がいい?なんて聞かれたけどわからないので、相手の提案で鳥貴族へ行くことになった。未希はオレンジジュースを頼み、田尻さんはレッドアイを頼んだ。

「そんなごっつい指輪付けてたら男寄ってこんよ。」とアドバイスをしてくれた。未希は実家に帰ったとき、父親に六千円の指輪を買ってもらったのだ。それは女性が着けるような細いやつではなく、7mmくらいあるぶっといシルバーの指輪だった。

そんなアドバイスをテキトーに聞き流し、仕事の愚痴とかどうでもいい話をして、すごく楽しい時間を過ごせた。そしてもちろんおごってくれた。


外に出て少し散歩することになった。

「あの店ね、風俗だよ」という話題を出すようになった。未希は何も考えず、へぇ~と相槌をする。風俗でどんなことが繰り広げられているのか、19歳の未希は詳しく知らなかった。性欲を満たす場なのだろうという、ざっくりとしたイメージを持っていた。


急に「ホテルに行こう!どの部屋にしようかな!」と言い出し、近くにあったホテルに田尻さんが入っていった。は??!?!と思った。「ちょいちょいちょい!!あかんて!ダメダメ!あかんから!はよ帰ろう!絶対だめだからね!!!」と、部屋を選ぶパネルのところで最大限の表現で拒否をした。そしたら田尻さんは諦め外に出た。

「もし処女を捨てたくなったらいつでも言って。」そう言ってきた。

未希はその時、腹が痛かったのだ。早く家に帰ってトイレに籠りたい。そう思っているのにホテルなんて・・・。という気持ちでいた。そして今日、あっけなく処女じゃなくなってしまう想像もすることができなかった。


田尻さんと別れ一人になった。なんだろうこのドキドキ感。めちゃくちゃ楽しかった。なんか好きかも。恋してしまったかもしれん。ヤバイ。

未希は【吊り橋効果】という脳みその罠にハマってしまっていた。ラブホテルの受付のところに入ったのはあの日が初めてだったし、田尻さんが放ったあのセリフも初めて言われたことだったし、いろんなことでドキドキしてしまったので恋をしたのだと錯覚を起こしてしまっていた。

はぁ、田尻さんにチョコレート渡したいな。その気持ちもあったため、同じくPLAZAで同日にイグアナのチョコレートを買っていた。まだそれは渡せないでいた。連絡をしても忙しそうで中々会えそうにもなかった。



部活が始まった。

昼休みに仲のいい男子たち(田村・横井・G・みっち)が集まっている。今だ!と思った。

「ねえねえ!!みんなにプレゼントある!待ってて!」

部室にチョコレートを取りに行き、渡したかった人に渡した。

「なにこれ!ゴリラじゃん!!!」

みんな喜んでくれてうれしかった。そうそう。こんな感じで渡したかったんだ。田村があの時中途半端に居たから変にドキドキしちゃったんやんか。みんな友達として好きだよ!という気持ちをチョコレートで表した。



田尻さんにもなんとか二度目、会うことが出来た。新世界でお寿司をおごってくれた。回らない寿司屋だったので、値段がなるべく安いお寿司を注文した。「もういいの?」と聞かれ、「うん。おなか一杯だよ」と答えた。未希のために多くのお金を使ってほしくなかったからだ。

帰り、イグアナのチョコレートを渡した。そんな喜んでなかったけど、とりあえず渡せたからよし!と思った。田尻さんと付き合いたいという気持ちもなかった。ただなんとなく、一緒に居ると楽しいなという気持ちがあっただけだった。



こんなにもバレンタインを楽しんだのは人生初だった。高校までは女子同士で友チョコを交換していたし、好きな人にチョコを渡すなんて発想も思いつかなかった。だからすごく楽しかった。バレンタイン最高~!



帰宅。`PCの電源を入れ、スカイプ掲示板に投稿をする。音楽の趣味友達をもっと増やしたいなと思ったのだ。

「最近レコードを買いました!よく変な人って言われるけどよろしくぅぅぅ」

この投稿が良い出会いのきっかけとなった。

























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

19からの人生 @tapiokamazui

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る