第2話 ドール

 銀さんの最期を語り、わたしに魔法を授けたことを告げる。

 呆気なかった。人の死がこんなにも呆気ないとは知らなかった。手に触れた血の感触が未だに忘れられない。銀という子の血が。

 怖かったのだ。自分に向けられたやいばが。狂気が。

 スキアという魔物がいることは知っている。ニュースで見た。ここ数年、路地裏を徘徊する魔物と。人には危害を加えないと。

 でも違った。それは隠蔽工作と情報統制による偽の情報。

 本当は人を襲う化け物なのだ。

 わたしは今日初めて知った。

「今日は話してくれてありがとう」

 ノノからお礼を言われると、次の話をする。

「明日の朝、ここに来て。そこで身体検査を行うわ」

「身体検査?」

 わたしに自覚症状はない。もしかしてどこか異常でもあるのかな。

「魔法を無理矢理解放したものだから、身体のどこかに異常をきたしていてもおかしくないの。適正が低いとすぐに魔法の扉は閉じてしまうし」

 どうやら本来の魔法の解放とは違うらしい。確かにあのときは銀ちゃんが応急処置的に行ったのかもしれない。

「それじゃあ、もう帰ります。両親が待っているので」

 わたしは最後に一礼し、帰宅する。


 次の日の朝。

 わたしはゆっくりと目を開けて、おもむろに着替えをする。

 確か、今日の朝に来い、って言われていたっけ。

 昨日行った場所、ビルの地下に行くと、ノノが迎え入れてくれる。

「来てくれてありがとう。じゃあ、早速検査するね」

 ノノがニカッと笑い、わたしは安心する。

 検査項目は二十を超えており、それだけで疲れてしまった。

 終えると、ノノが怪訝な顔をする。

 もしかして異常があったの!?

「魔法適正が異常に高いわね」

「…………それだけ?」

「それだけよ。でもあなたは魔法少女になるべくしてなったようね。おめでとう。これからはチームとして活動してもらうわ」

 ノノはニカッと笑い、手を引く。

「待って! わたしは闘うなんてことできない。わたしじゃなきゃダメなの?」

 適正があると言ってもそれは身体のものでしかない。精神的に適正をクリアしているわけじゃない。

 実際、わたしには闘うなんてできない。

「大丈夫よ。すぐ慣れるわ」

 そう言って二番倉庫ハンガーに着くと、自慢げにノノが胸を張る。胸すかすかやけど。

 暗闇の中、二人の人影が見える。

「こちらが今回、銀ちゃんの代わり、サキちゃん」

「よ、よろしくお願いします」

「おれは火月、てめーが代わりか」

「僕はカツヤ、よろしくね」

 火月はぎろりとした目を向けてくる。赤い短髪。怖い。

 一方のカツヤは柔和そうな笑みを浮かべている。細目だ。翠色の髪をしている。

「これからはチームで行動することも多くなるし、早めに慣れてね」

 ノノがなんとなしに答える。

「けっ。やつの代わりが務まるのかよ」

 火月の言葉はわたしの心にグサリと突き刺さる。

 あの銀って子の代わり。務まるわけがない。わたしは今でも足が震えている。怖いのだ。死を見て、触れて。

「いやだ。わたし、魔法少女なんて嫌だ!」

「僕は魔法少年ですし。おすし」

 カツヤのよく分からないノリに戸惑う。

「僕も最初はそうでしたよ。闘うなんて怖くて、でもスキアはこの世界を滅ぼしに来ている。今もアメリカ、中国、イギリスの人口が九十パーセントも減少した。誰かが止めなくちゃいけないんだ」

 カツヤは手に持ったかまを持ち上げてみせる。

 よく見ると、火月はスナイパーライフル。ノノは槍を持っている。

 使いなられているのか、その武器は怪しくきらめく。


 急にアラート音が鳴り響く。

『苦竹区葉酸二丁目にてスキアの出現を感知、戦闘員はすぐに――』

「え。なにこれ?」

「行くぞ。乗れ」

 火月がわたしの手を引き、倉庫にあった車に乗せる。

 隣をカツヤと火月で、運転席はノノが担当する。

「え。ええ――――っ!? これから戦闘する、ってこと? 無理無理! わたし、魚さばけないし!」

「魚とは違う、スキアだ。てめー今度間違えたら承知しねーぞ!」

 なぜか火月が切れている。

「まあまあ、サキさんも混乱しているようですし」

 カツヤは優しく諭してくれる。

 走り出すこと六分。車に搭載されたレーダーに反応がでる。


 ――スキアだ。


「おれは先に行ってっからな」

 サンルーフを足で操作し、飛び出す火月。近くのビル、その屋上に着地するとスナイパーライフルをかかげる。

「あんな高く飛べるなんて……」

「魔法で強化された身体はなんでもできるのよ。もちろん身体能力の強化も行えるわ」

 ノノの解説に、ほほ~とうなる。

 あ。もしかして、バケモノに対抗するためにわたしたちもバケモノ級の力をえたの?

 だとしたらそれを管理する意味合いでも〝ノアの箱舟〟は機能しているのかもしれない。

 だとしたらやっぱり〝ノアの箱舟〟は悪いところじゃない、はず……。

 なんだか流されてばかりの人生だよ。いやか。

「生きますよ。気をつけて」

 ノノがそう言うと、車を路地裏につける。

 その路地裏には溢れるばかりのスキアで埋め尽くされている。

 わたしとカツヤ、ノノの三人で目を凝らす。

「サキさんは戦闘の空気を感じるだけでいいからね」

「は、はい」

 カツヤは自慢の鎌を振りかぶり、陰を穿つ。

 穴の開いたスキアが霧散し、赤い目を落とす。

「ふう。このくらいの数ならすぐに落とせますね」

 カツヤが再び鎌を振るうとスキアが刻まれていく。その隙を狙って飛び出すスキア。

 だが、遠くからの銃弾がその身体を貫く。

「火月はん、やりおるな」

 そうか。狙撃しているんだ。

 ノノが槍でスキアを突き刺すと、跳躍。

 降りた地点にいるスキアを串刺しにし、槍を軸に両脇から迫ってくるスキアを蹴りで撃退。その靴底にはナイフが仕込まれている。

 そして地面に着地。突き刺さったままの槍を引き抜き、その勢いで投擲とうてき

 投げた槍が近くにいたスキアを殺すと、地面に突き刺さる。

 ノノがその槍を軸に周囲のスキアを蹴りで殺していく。

 カツヤが鎌を二つ現出させ、切り刻んでいく。その間を縫うように弾丸が着弾する。

 わたし、なんでこんなところにいるんだろ。おうちに帰りたい。

 でもノノちゃんもカツヤくんも、火月くんもみんな必死で闘っている。それは愛する者が、守る者がいるから。

 こんな空っぽなに守る者なんていない。

「あぶない!」

 カツヤの声が耳朶を打つ。それが危険信号と気づくまでに時間がかかった。

 目の前に迫ったスキア。その爪がわたしの衣服を、その下にある地肌を切り裂く。血はでない。代わりにネジが飛ぶ。

 そう。わたしは人間ではないのよ。

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闇夜のドールマスター 夕日ゆうや @PT03wing

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