闇夜のドールマスター
夕日ゆうや
第1話 スキア
夕闇に染まる世界。
世界が闇に溶け込む世界で、わたしは一人夜道を歩いていた。
ビル群のある中、表通りを歩く。裏通りは混沌としており、今も陰がうごめいている。
『サキちゃん。
ふと思い出し、髪留めを撫でる。
不安になる夜道でも、それが勇気づけてくれる。
歩いていくと、裏道から悲鳴が
ステップを踏み、こちらに向かってくる一人の少女。その手には魔法少女が持つようなステッキが握られている。
わたしの前に転がり込んだ彼女は、わたしを見て驚きの顔をする。
「くっ。ここには民間人が。逃げなさい!」
少女はわたしに向かって逃げるよう促す。
目の前で陰が突き刺さる少女。
全身から血を流し、転がり落ちる少女。
わたしは腰を抜かしてその場にへたり込む。
魔法少女は這いずりながらこちらに向かってくる。
「アタシの力をあなたに授けるわ。これで逃げることくらいできでしょう?」
少女は未だに逃がすことを考えているようだが、
わたしの手に触れると、冷たい感覚が全身を駆け巡る。
「これでスキアを……殲滅、して。ノアに気をつけて」
ノアとはなんだろう。スキアというのは目の前の魔物らしいけども。
「待って。名前は?」
すでに返事はなく、息絶える少女。
名も知らぬ少女に託された力。
なおも進行するスキア。
このまま何もせずに殺されるのか? 違う。彼女にもらった力が今はある。
わたしはわたしを守るために駆除する。
立ち上がり、手をかざす。
「無為に返す。きたれきたれ、力の本流」
わたしの全身に流れる魔力が全身を包み込む。
弾き飛ばされるスキア。
魔法に包まれたわたしはそのまま拳を突き出し、スキアを撃滅する。
「やった、の……?」
わたしは訳が分からないまま、その場に立ち尽くす。
「ちょっと! どういうこと!?」
金髪ポニーテール。その髪はまるで銀杏の葉を思わせる。水色のはっぴに手には木槌を持っている。
「君、誰!?」
「わたしはサキ、あなたは?」
「銀ちゃんの姉、ノノよ。それよりもどうして銀ちゃんが倒れて……」
近づいてようやく分かったらしい。
彼女が、銀とよばれた子が息をしていないのに。
「まさかてめー!」
ノノはその力でわたしの胸ぐらをつかみ壁に叩きつける。
怖い。
身体が宙に浮いて足をふらふらとさせる。
「てめーがやったのか!?」
「ち、違う」
息をするのも精一杯なわたしは、手のひらに魔法を集め、ノノの頬骨を殴る。
「ぐっ」
勢いでつかみかかり、やり返されたのだ。激しく動揺している。
「ずっと見ていたが、そいつの言っていることはホントだ。諦めろ、ノノ」
格好いいイケメン男子登場!
その手にはやたらごついライフルが握られている。あとで知ったけど、対物ライフルという武器らしい。
その男はスーツを着こなしており、メガネをくぃっとあげる。その姿がまた格好いい。
「ええと。どちら様?」
「
「いえ。しかし見ていたというのは?」
「あー。この子の役目は遠くからの狙撃が目的だからね。近接戦闘は好まないのよ」
ノノって子が気さくに話しかけてくれるようになった。でもその表情は曇っている。
そういえば、姉と言っていたような。
隣で倒れている銀を見やる。
こんなにも呆気なく人の命は消えてしまうものなのか。
衝撃と震えが全身を総毛立たせる。
「こいつどーすんだよ?」
「しかない。〝ノアの箱舟〟に案内するしかないわね」
ノアの箱舟、聴いたことのない名称だ。
人? それとも組織? 場所?
何が何だか分からないままだ。
わたし、ここから走って逃げ出したい。
「おっと。逃げるなよ。せっかくの適合者だ。逃がすわけにはいかねー」
「そうね。それに銀ちゃんの最期を知る者だから……」
あ。そっか。この子の最期を告げる役割があるんだ。
「けっ。嫌な気配がする。さっさとずらかるぞ」
「分かったわよ。来て、サキ」
「は、はい」
他に逃げ道はない。
それに火月。彼の腕前は知らないが、相当な手練れと見える。ライフル一つでわたしの心臓を壊すことくらい造作もないだろう。
何よりも発しているオーラが違う。殺意がチリチリとわたしの心臓をえぐる。たぶん、殺意だけで人を殺せるんじゃないか? そう思わせる雰囲気がある。
しかし、ノアの箱舟か。昔話だったかな。
大洪水の予言により、人類救済のためにあらゆる動物を保護した箱船を用意しみんなを助ける話。
でも多くの動物は洪水に流されるんじゃなかったっけ?
そんなことを考えていると、車が見えてくる。
いわゆる痛車という奴でわたしの知らない女の子の絵が描かれている。
少し驚いたけど、内装は普通の車だった。
車で揺られること数分。
都内にある、高層ビルにたどり着く。
高層ビルの中に入り、受付に何やら訊ねている火月。
そして合鍵らしきものを受け取る。
エレベーターに入り、ボタンの一番下にあるカード差し込み口に鍵を入れる。
「え。壊れませんか?」
「は? バカなの?」
火月の言葉は超がつくほど辛辣だ。
泣きそうになるが、ぐっとこらえる。
鍵を回す。と、電子蛍光板に裏と表示される。
火月は迷うことなく5を押す。
ガタンとゆれ、エレベーターが地下へと向かい出す。
地下五階に着くと、わたしはぽかーんとしてしまった。
広い。まず広さに驚く。高さ10mほど。横幅は800mくらいあるんじゃないか?
各部署ごとになっており、そこには大きなモニターがたくさんあり、町中を監視しているからだ。
それもサーモグラフィーによる熱反応を見分けているようだ。
先ほど襲ってきたスキアだろうか? 少し表面温度が低いようだ。
映像の中にはスキアが人間を食べているシーンもある。
気持ち悪くなり、吐き気を覚える。
一歩間違えば、わたしもあのようになっていたのだ。
それに加えてこの子――銀ちゃんも。
「さて。詳しい話を聞いてもらうわよ。サキちゃん」
「は、はい!」
ここまで大きな組織なら逆らえるわけもない。
それにここは国立のホテルの中。国の管理下にあると考えるのが自然だ。
でもあれ? 銀さんが言っていた〝ノアに気をつけて〟って言葉。もしかして、この組織のこと?
これからわたしはどうなっちゃうの!?
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